12日目 少しずつ変えていくスタイル



 「おねーちゃん行ってらっしゃいー!」


 「行ってくるわね」


 『シー♪』


 「しー」


 朝、馬車に颯爽と乗りこみ学院へと出発する私とナイア。二人で笑いながら口に指に当てて「しー」と内緒話をするようなしぐさをする二人が微笑ましい。

 目が覚めた後もミモザは騒がず朝食に行っても素知らぬ顔で私を見て笑うだけであった。私が支度をしている間もナイアにパンを持っていったりしていた。とりあえず口が固そうなので一安心。さすが我が妹……。

 それに、多くは必要ないけど、ナイアのことを知っている人間が近くにいて困ることはないしね。


 いつも通りぽっくりぽっくり馬車が道を進み学院までの道程をのんびりナイアと一緒に窓の外を眺めながらお話をする。


 「気が早いけど、王子と婚約破棄ができたら領地改革とかしてみたいわね」


 『あ、いいかもしれませんね。知識を使って自領地だけとんでもないレベルに発展……とか?』


 「やりすぎると王家より立場が上になるパターンがあるから気をつけないとだけど、何か役に立つものとか美味しいものを開発したいわね」


 具体案はないけどこういう場合知識を使わないと勿体ない。幸い前世と同じ名称のものが多かったりするので、考えようはある。


 『でもまずは……もぐもぐ……王子のことですかね。ま、三か月あればカリンさんにガッカリしますよきっと!』


 「言い方はアレだけどそう願っているわ」


 バナナを食べるナイアとそんな未来の話をしながらゆっくり馬車に揺られていると、程なくして学院へ到着する。


 「それでは本日も頑張ってください」


 「ありがとう! 帰りも頼むわね!」


 ピッツォに見送られて今日はナイアと共に教室へ。教室へ入ると同時にシアンに声をかけられた。


 「おっはよーカリン! やっぱり王子とのことは秘密?」


 「そうね。でも、あまり放置するのも申し訳ないから、見かけたら話しかけるようにするつもりよ」


 「オッケー! ならその話題は避けておくわ。それはいいとして、私達にとって今日は二時間目が地獄よね……」


 「二時間目……なんだっけ?」


 シアンの背後にある壁に貼ってある掲示板を見ると――


 「げっ!?」


 二時間目は……調理学だった。


 どうして地獄なのか? 前世の記憶が戻る前の私は運動ダメ、料理ダメ、裁縫ダメという完璧なお嬢様だったので、この調理学は苦手科目なのである。シアンは商家の娘だけど、致命的な味音痴……グループで二品、三品作るんだけど、私、フラン、シアンの三人は全員料理ができないので授業が終わった後の試食で――


 ……後は察して欲しい。


 シアンがため息を吐いていると、フランも教室へ入ってくるのが見えた。


 「おはよ、フラン!」


 「おはようございますカリンさん。……憂鬱ですわね」


 はふん、とフランもため息を吐く。


 『いいですね調理学……多めに作って私のお昼ご飯に……! それにしてもそんなに辛い授業なんですか?』


 「(あんたの分も持ってきてるから大丈夫よ。ま、一昨日までの私なら保健室へ逃げ込むレベルの授業だったけど、今日は大丈夫! 立派な料理を作り上げて見せるわ!)」


 "これ何ボナーラだよ”と、クラスメイトのオールズに言われたボソボソのカルボナーラ……にんじんに火が通っていないシチューに外は焦げ焦げ、中は赤身のステーキなど、一歩間違えば食中毒も有り得る殺人料理の数々を想い出し、私はグッと拳を握るのだった。




 ◆ ◇ ◆



 ――二時間目 調理学――





 「はぁい、それでは今日はミートパイを作ってみましょうー」


 そして始まる(一部の人にとっては)地獄の授業。先生は小柄で眼鏡をかけ、ミニポニーテールに髪をまとめている、レイネ先生24歳独身。狙っている男多し。


 「ミートパイかあ、食べるのは好きだけど……」


 「作るのは難しいですわ」


 と、すでに戦意喪失している二人を尻目に私は用意を始めていた。貴族のお嬢様に必要ではないスキルなんだけど、人によっては旦那に手料理を振る舞う奥さんもいるし、手料理が食べたい旦那もいるのだ。

 無論卒業すれば料理をしない貴族は多いけど、学院長の意向としては『普段食べさせてもらっている料理の大変さ』を分かってもらうためなんだとか。横柄な貴族はやはりいるからね。


 それはそれとして作業を進める。


 「フラン、にんじんをみじん切りにしてくれる? シアンはひき肉をケチャップと塩コショウとソースと一緒に混ぜて。分量は……そうね、これくらいで」


 カップに調味料を分けてシアンに渡すと目をぱちくりさせて私を見たあと、ひき肉を混ぜはじめる。よしよしと満足していると、フランの呻き声が聞こえてきた。


 「んー!」


 「あ、フラン、ダメよ力任せに切っちゃ。えっと、授業で何度かやったと思うけどこう指を丸めて食材を押させてから……ストン」


 ストン、とにんじんがあっさり半分になる。そのまま片方をカカカカ、とみじん切りにしていくと、ナイアから拍手があった。


 『さすがですね! 一人暮らし27年は伊達じゃないです!』


 「(あんたのパイは無しね)さ、やってみてフラン」


 『いやああああああああ!?』


 「は、はい……あ、なるほど。これなら切れそうですわ♪」


 決して早くはないが、ゆっくりと刻んでいくフランは、面白いように切れるため楽しくなってきたようだ。それじゃその間にパイシートに卵黄を塗っておきますかね。


 「できましたわ!」


 「こっちもOKよ!」


 「ありがとう二人とも! 野菜は先に油で炒めってっと……」


 そのまま残りの工程を私が引き継ぎ、あっという間にミートパイが完成する。そして余った材料でさりげなくナイア用の小さなパイも作っておく。


 「あらぁ! カリンさん達の班は綺麗なミートパイですね! これは花丸をあげちゃいます!」


 レイネ先生が褒めるとクラスメイトからどよめきが起きる。


 マジかよ……


 食べられるものができた、の?


 あの三人でか? いやいやいや、それはないよね。


 酷い言われようだ。だが、そんな風評被害も今日で終わり……焼き上がった四つのパイの一切れをレイネ先生へ差し出す。


 「……では……」


 サク……もぐもぐ……ごくん……


 「ごくり……」


 いつもより眉を上げてフランがつばを飲み込む。いけたかしら? 私の心配をよそに、レイネ先生はにっこりと微笑み、指で丸を作る。


 「いいですね! お店で食べたのかと思いましたよ♪」


 「やったあ! カリンのおかげね!」


 シアンが飛んで喜んでいると、ナイアが涎を垂らしながら私の肩を叩いてくる。


 『もう……もういいんでしょうか……! たまらない……!』


 「(本性が出てるわよ!? こっそり食べなさいよ?)」


 『はーい!』


 と、ナイアが返事をした瞬間、小さいパイがひょいっと掻っ攫われた。


 「もぐもぐ……本当だ、うめぇ!?」


 「あ!」


 それはクラスメイトのオールズだった。あっという間に食べられ、ナイアが固まったまま動かなくなった。


 「オールズさん、お行儀が悪いですわよ?」


 「あ、ああ、ごめん。でもフラン達は毎回失敗しているから興味があって。美味しかったよ!」


 「ふふ、そう言ってもらえると頑張った甲斐がありますわね」


 フランとオールズは楽しげに話しているが――


 『おのれ……ちょっとイケメンめ……魂を狩り取ってあげます……』


 「やめなさい……」


 血の涙を流しながらナイアが歯ぎしりをしていた。

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