18日目 カリンの油断
「ごちそうさまでした!」
「したー!」
私達はレストランの料理に舌鼓をうち、ミモザは宣言通りパフェまで平らげて昼食は終了。先にシアン達に外へ出てもらい、私は満足気な顔をしてお腹をさすっているナイアに話しかける。
「行くわよーお代は払った?」
『ええ、ばっちりです! 今なら10人一気に魂を狩ることができますね!』
「物騒なこと言ってないで……わ、結構減ってる……相当食べたわねあんた……」
『ご、ごちそう様です……』
さすがに調子に乗りすぎたのかと思ったのか、小さくなっておじぎをするナイア。まあ、シアンが無事だったのは彼女のおかげなのでこれくらいはいいだろう。
「また何かあったら働いてもらうからね? いきましょ」
『はい!』
「ありがとうございまし……あ、あれ?」
私には分からないがナイアは店から出る直前で姿を消したらしく、ウェイトレスさんが困惑していた。外に出るとクラティス王子が私に話しかけてきた。
「悪くないレストランだった。こういうのもたまにはいいと感じたな」
「それは良かったです!」
私が手をとって喜ぶと、フランとシアンがクスクス笑っている声が聞こえてくる。王子は少し笑い、話を続ける。
「このまま君達と物見遊山と行きたいところだけど、少し用事を思い出してね。今から城へ戻ることになったんだ」
あら、帰っちゃうの? もう少しガッカリさせたかったんだけど……
「それは……残念です。でも、お忙しいでしょうから仕方ありませんね」
「これからなんだけどなあ」
シアンが本当に残念そうに言うと、王子は頷きながら踵を返して元来た道を戻り始める。
「また休み明けに会おう」
「それでは皆様、お気をつけて……」
ビルさんと、いつの間にか戻ってきた兵士さん達を連れてクラティス王子は去って行った。ふむ、いやにあっさり引き下がったわね……? 私が訝しんでいるとフランが手をパンと叩いてミモザの手を取り歩き出しはじめた。
「それでは皆さん行きましょうか。わたくし小物が見たいですわ」
「ま、女同士ぶらぶらしますか! ……カリンはいいよねえ、婚約して左団扇なんだもん」
「そんなことも無いと思うけどね。シアンみたいに自由にしたいとも思うわよ」
てくてくと歩き出し、ナイアも隣でにこにこしながらついて来ていた。
「お、お嬢様方、お待ちくださいー!?」
「あ、忘れてた!?」
保護者役のピッツォがレストランに残っていたのを思い出し、笑いあった。女性同士じゃなかったわね!
◆ ◇ ◆
ゴトゴト……
「一緒に着いていなくてよろしかったのですか?」
「……構わん。一緒にいると不愉快になりそうだったからな……それより、あの男だ」
「はい。記憶が確かなら隣国"フィアールカ”の王子で間違いないでしょう。一瞬見えた目は赤かったので」
「やはりか。あの街で何をしていたか分からないが父上に報告しないといけないからな。それはさしたる問題じゃない。問題はカリンだ、今日半日一緒に居たが、確かにカリンだが雰囲気がまるで別人だった。ところどころ、面影はあるがな。だが、あれは私の好きだったカリンではない……」
王子が苦虫をかみつぶしたような顔で窓を見ていると、ビルが口を開く。
「婚約破棄、という手もありますぞ?」
「……それは最後の手段だろう。もう少し様子を見ることにする」
「そうですか。では、こういうのはどうでしょう? 最近庶民の間で催眠術、というものが流行っているそうです」
「なんだそれは?」
すると兵士の一人が恐る恐る手を上げて喋りだす。
「……僭越ながら。催眠術というのはかけた相手の心の中を覗き込むことができる術であります。それをすることにより、野菜嫌いだった子供が大好きになったり、前世の記憶を取り戻したり、はたまた性格が変わってしまうこともあるそうです」
『性格が変わる』というところでクラティスの繭がピクリと動き、馬車の中へ目を移す。
「それは面白そうだな……うまくすれば頭をぶつける前に戻せるかもしれない、ということだな」
「さすがは王子……聡明でいらっしゃる」
兵士は役を終えたとばかりに目を閉じて口をつぐむと、クラティスはビルへ命じる。
「よし、催眠術を使える者を集めよ」
「では戻ったら早速」
ゴトゴトと馬車は王都へと戻って行く。僅かに不穏な空気を残しながら――
◆ ◇ ◆
「はあー楽しかったぁ!」
「うふふ、カリンさんははしゃぎすぎでしたわね」
と、宿に戻ってお風呂に入り、夕食まで済ませた私達は部屋でゴロゴロしながら談笑していた。フランが私をはしゃぎすぎと言うのも無理はない。学院と自宅だけだと異世界感が無かったけど、こういう街にくるとやはり違う。
「いやあ、できれば武器や防具屋さんなんかがあれば良かったんだけどねえ」
「? 武器なんてどうするのよ」
シアンが水を飲みながら「?」顔で首を傾げる。まあ、魔物も冒険者も魔法もない世界だからそんなものが必要ないのは分かるけど……
「でも意外だったのは市場に釘づけだったことですわね」
「そう? お肉もお魚もお野菜も新鮮でおいしそうだったじゃない。あの鯛でお刺身が食べたかったなぁ……」
「お刺身?」
おっと、まずい……つい……
「お、おつまみ……おつまみって言ったの!」
「まあ、そうでしたか」
フランがパンと手を合わせてふにゃっと笑い、シアンがニヤリと口を歪めて私の肩に手を乗せて言う。
「えー、カリンってお酒飲むのー? 何てね! ふあ……そろそろ私は寝るね。昼間の騒動は結構疲れたみたい……」
そのままベッドへどさりと体を埋めると早くも寝息を立てはじめた。見ればミモザも私のベッドでナイアと共に寝息を立てていた。
「わたくしもねむねむですわ……おやすみなさいカリンさん……」
フランもくぅくぅと寝息を立て、結局起きているのは私だけになってしまった。
「……みんな寝たわね?」
私はカバンを持ってテラスにある椅子に腰かけてカバンを開ける。
「……シアン、あなたは間違っていないわ」
ボソッと呟いてカバンから出したのは一本の瓶。もちろんお酒である……!
「実はこっそり買っておいたのよね♪ こっちの世界のお酒の味、気になるし、少しくらいならいいよね?」
魚の燻製やハム、チーズなどを取り出しコップにお酒を注ぎ一口――
「うん! 濃いワインみたいで美味しい!」
ぶどうジュースに近い気もするけど、しっかりお酒だった。おつまみを口に入れると、背後で気配がした。
『いいですね! 私にもいただけませんか?』
「ナイア、驚かせないでよね。ミモザは?」
『ぐっすりです! 小さい子を寝かしつけるのは得意なんですよ?』
「髑髏顔で気絶させてるんじゃ……まあいいわ、それじゃ……」
とくとくとコップに注ぎ、前に座ったナイアに差し出すと、くいっと一口飲む。
『ああ、いいですね』
「ね。異世界の月明かりの下で飲むお酒ってのおオツなもんよね」
『そうですね。まさかカリンさんが貴族の令嬢で王子の婚約者、というのは驚きました。あの時転生をかけたのは私ですが、生まれ先を決めることはできないので』
そうなんだ……そこも含めての転生かと思ってたわ。
「ま、いいんじゃない。無事記憶を取り戻してあんたにも勝って、こうしてのんびりできている……後は婚約破棄さえできれば学院を卒業したあとは好きに生きれるしね。寿命まで生きたら魂でもなんでも好きにすればいいわ」
『ふふ、そうですね! では、婚約破棄に向けて決意の乾杯!』
「かんぱーい!」
私達は笑い合ってお酒を飲み干す。
こういうのも悪くない。ナイアと二人でお酒を飲みながら夜はふけていった――
「ふあ……カリン、さん? 誰とお話を……婚約破棄……? 魂……? うーん……ねむねむ……」
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