19日目 手に入れるのは王子か、自由か


 ――アリコの街へ遊びに行ってからすでに三日が経過していた。


 あれから特にトラブルも無く、実に平和な学院生活を送っている。だけどクラティス王子との婚約破棄はまだまだである。


 「残り二か月と少し……クラティス王子も忙しいのかあまり顔を見せないわよね」


 今は放課後。場所は学院の屋上。この学院の屋上は基本的にただの屋根なんだけど、一部は地球の学校みたいに開けている場所があるのだ。前の私もこの場所は好きでよく……居眠りをしていた……


 コホン。で、私はそこでナイアと二人で話をしていた。平和なのはいいことだけど、王子に接触しなければ目的を達成することができないからだ。離れたいのに近づかないといけない矛盾が歯がゆい……


 『そうですね。わたしが監視する時はきちんと授業を受けてますけど、ここ数日はそそくさとお家へ帰っているみたいですよ』


 「なるほど……ならお昼か休みの日以外は会えないと考えるべきか……」


 『うーん、そうだ――』


 ガチャ……


 ナイアが名案とばかりに握りこぶしの上に掌をポンと置いて、話しだそうとしたところで屋上の扉が開く音がし、私達はそちらに目を向ける。


 するとそこには――


 「話し声が聞こえると思ったらカリンさん、あなたでしたの? ……ってお友達はいらっしゃらない? え? 独り言……?」


 『あの人、王子に迫っていた人ですね!』


 そんなことがあったの? 気になるところだけど、フラウラは王子が好きだったはず。対して私の引き出しは少ない……渡りに船。ここは情報を得てみるのもいいかもしれない。


 「あ、ああー、ちょっと考えごとをしていて口にでちゃったかも! そ、それよりフラウラはどうしてこんなところに?」


 そう、ここに現れたのはなんと私と同じ侯爵家の娘、フラウラだった。フラウラに『こいつ大丈夫か?』みたいな目を向けられ慌てて言い訳をする私。頭おかしい扱いはそろそろ勘弁してほしいからね……


 「わたくしは、少し風に当たりに来ただけです。……まさかあなたがいらっしゃるなんてついていませんでしたけど。それでは」


 そう言って踵を返すフラウラを反射的に止めていた。


 「待って! 少しお話をしない?」


 「話……? わたくしはあなたと話すようなことは――あ、あら開かない……?」


 扉はナイアががっちり押さえているので開けることはできない。サッとフラウラの肩に手を置いて屋上に設置されているベンチへといざなう。


 「まあまあいいじゃない。こっちこっち!」


 「え、ええー……」


 困惑顔のフラウラを座らせ、私は早速質問を始める!


 「フラウラって王子を奪うとかいいながら何にもして無くない?」


 「ぶー!? ドストレート過ぎませんか!? ……あなたと婚約が決まってから王子に冷たくあしらわれているんですのよ! この泥棒猫!」


 『階段下で王子に嫌そうな顔をされてましたしねえ』


 ナイアが困った顔で笑いながら言う。なるほど……ならばと、私はフラウラに言う。


 「……このままでいいの?」


 「……何が言いたいんです?」


 「あなたの想いはその程度だったのかってことよ! ちなみに王子はおしとやかな大人しい子が好みらしいわ。だから今の私と将軍の娘であるあなたの性格は王子の好みではないの。つけ入る隙はあるわよ……?」


 肩を竦めてハッキリ言うと、目を見開いて口をパクパクさせていた。そこに私がニヤリと笑うと、カチンときたのか眉を吊り上げていつもの見下した目で口を開く。


 「あなたご自分の立場が分かっていらっしゃるのかしら? もしわたくしが選ばれたら、わたくしが次期王女……あなたを辺境に送ることだってできるんですのよ?」


 「あー……そういう生活もいいなあ……」


 「そういう生活もいい!? ちょ、あなた前からボーっとしてましたけど、少しおかしくありませんか? そもそもわたくしにビビって逃げていたはずです」


 「そういうのは長期休暇中に卒業したわ」


 「そんな簡単に!? ……ま、まあいいですわ。イラっとしますけど、今のあなたはボーっとしていた頃より面白いですわね。いいでしょう、その戯れにのってあげます!」


 「その意気よ!」


 「どうして他人事なんですの!?」


 「まあまあ♪ そうね……そうなると私も対抗せざるを得ない……婚約発表されていない今は好機。王子にアプローチして、最終的に選ばれた方が勝ちということでどう?」


 「い、いいでしょう。なんかおかしな話ですわね……? 話は終わりましたか? それではわたくしはこれで……」


 「気にしない気にしない! さあて、私は明日、王子にお弁当を作ってお昼を誘ってみようかしら!」


 去っていく背中に、わざと大きい声で聞こえるように言う。するとフラウラの耳がぴくりと動いた。


 「……ふん、本気にさせたこと、後悔させてあげますわ」


 ボソリと呟いて扉の向こうへ姿を消し、私とナイアだけが残される。


 『良かったんですか?』


 「前の私の印象だと怖いってイメージだったけど、今はただの小娘にしか見えないからね。弱い者には強く出られる典型的な悪役令嬢ってところかしら? 私の性格をアピールするならもう一人居た方がいいでしょ? フランなら比較対象になるけど、王子は怖いって言ってたから婚約者にしちゃうのは気が引けるし、それにシアンを襲わせるような人よ。願い下げだわ」


 『それもそうですね。フラウラさんはいいんですか?』


 「いじわる王子と悪役令嬢……お似合いじゃない? さ、明日から頑張るわよ!」


 『うーん、嫌な予感がしますけどね……』


 ナイアが腕を組んで珍しく唸っていた。


 そしてそれは割と的中する――

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