二章 1—2

 *


 スーパーで思いのほか、足止めされてしまった。警察は殺人の可能性で調査しているようだ。夕方になって、ユキたちは、ようやく解放された。


 もちろん、そのあいだ、遊んでいたわけじゃない。トオヤを尋問したが、成果はなかった。


「さっき言ってたじゃない。戸神くんが変な力を持ってたって。あれって、どういうことなの?」

「知らないよ。おれも聞いただけだからさ」


「それでもいいから教えて」


「なんか、犬が言うこと聞くらしいんだよね。ノラでもペットでもさ。戸神の命令なら、飼い主の制止ふりきってでも実効するってさ。ほかにも変な背後霊みたいのついてるとか。バカバカしいようなウワサばっかりだよ。けど、あのころは、ほんとに、そうなのかなって思わせる何かがあったんだ。中二のころからかな。戸神、急に変わったんだ」


 トオヤから聞きだせたのは、それだけだ。

 トオヤは仕事の急用にかこつけて、逃げるように去っていった。かかわりあいに、なりたくないらしい。


「やっぱり、林間学校のあの夜ね。しょうがない。もう一回、柴田くんち行こう。あの人から、綾瀬くんだっけ? もう一人の連絡先、聞こう」


 駐車場を歩きながら、話していたときだ。電話が鳴った。ヨウタからだ。急ぎでなければ、ラインにするはず。


「どうしたの?」


 すると、早口言葉みたいなヨウタの声がとびだしてくる。


「柴田の死体が司法解剖にまわされてきた。たったいまだ」

「柴田くんが?」

「親が弁当、持っていって、見つけたみたいだ。石川と同じ、ものすごい死体だって。ぐうぜんなんかじゃないよ。危ないって。ユキ、その取材、今すぐ、よせよな?」


 ユキのことを心配してくれたらしい。


「ありがとう。気持ちは嬉しい。だけどね、そうもいかないんだよ。大切な話があるんだ。今日も集まらない?」

「じゃあ、仕事、終わったら」

「いつもの焼肉屋で待ってる」


 ヨウタの電話のあと、ハルナも呼びだした。だが、あいかわらずリンカとは連絡がつかない。


「リンカ。大丈夫なのかな。ロケ地、F村でしょ」

「なんかあれば、ニュースになるさ」


 アユムは少し、そっけない。


「リンカのこと、心配じゃないの?」

「いや、おれ、あいつ、昔から苦手だし。おまえやハルナは、あのワガママに、よくつきあってるなって、感心するよ」


 知らなかった。アユムがリンカのこと、そんなふうに思っていたとは。


「意外。男は、みんな、リンカが好きなんだと思ってた」

「バカだろ? おまえ」

「だって、あの顔だよ?」

「いいから、焼肉屋、行こう」


 昨日と同じ焼肉屋。

 すでにハルナは来ていた。まもなく、ヨウタも来る。今日は矢沼もついてきたので、立場上、紹介しておく。


「こっち、後輩の矢沼くん。話っていうのは、柴田くんのことなの。今日、会ったんだ。それで……」


 そのときのようすを、ざっと説明する。


「つまりね。柴田くんによると、あの場にいた全員が呪いの対象らいしのよ。わたしたちは、ちょくせつ戸神くんをいじめたわけじゃない。だから、復讐をあとまわしされてるんじゃないかな。玉館くんたちが全員、死んだら、次は……」


 ヨウタもハルナも、暗い顔つきになる。


 ヨウタは反論した。

「でも、そんなの、柴田が言っただけだろ?」

「アイツが、そう言ったんだって、柴田くんは言ってた。だから、たぶん、ほんとのことなんだと思う」

「アイツって?」

「戸神くんのことでしょ」


 ヨウタは、だまる。

 かわりに、アユムが口をひらいた。


「もしそうなら、おれたちが聞いた伝承は、まちがってたんだ。あの石碑、さわると祟られるんじゃない。さわったやつが祟る力を得るんだ」


 そうだ。トオヤも、それを匂わせることを言っていた。


「犬が戸神くんの命令を聞くようになったって、鈴木くん、言ってたよね」


 ハルナが泣きそうな声をだす。

「わたしたち、なんにも悪いことしてないのに」


 アユムがため息をつきながら言う。

「戸神を見すてたんだ。おれたち。戸神にとっては同罪だったのかも」

「どうするんだよ。そんなの」と、ヨウタは、不機嫌な声をだす。


 ユキは自分の考えを述べた。

「戸神くんに謝るしかないんじゃない? それか、祟りをふせぐ方法をさがす」

「祟りをふせぐ? どうやって?」というヨウタに、

「そんなこと、まだわからないよ。でも、わたし、F村に行ってみようと思う。あそこに行けば、何かがわかるかもしれない」


 というより、あの村に行かなければ、何も解決しない気がする。


「柴田くんの腕には、変な歯形が、たくさんあった。あれ、柴田くんが自分でしたんじゃないかって話してたけど……。もしかしたら、あれが印なのかもって思うの。あれが体に現れるまでは、猶予があるのかなって。だから、そのあいだに、なんとかして、方法をさがす」


「おれも行くよ。どうせ、しばらくヒマだし」と、アユム。

「ありがとう。助かる。それにF村には、リンカもいるしね。早く、このこと教えてあげないと」


 ヨウタは目に見えて青くなった。

「そうだった。リンカがいるんだった。行きたいけど、ムリだ。おれ、あさって当直だ」


 ハルナは口をにごす。

「わたしも、ちょっと……」

「わかった。しかたない。F村には、わたしとアユムで行く」


 矢沼がビックリ顔をする。

「え? 僕はいいんですか?」

「いや、あんたは来なさいよ。自分の仕事なんだから」

「やっぱり……」


 そのように話しあい、別れた。

 自宅に帰ると、母が夕食の片づけをしていた。父は枝豆をサカナに晩酌。弟はテレビを見ながらマンガを読んでる。


「ただいま」

「ユキ。ごはんは?」

「食べてきた」

「言っといてくれればいいのに。あんたのぶんも作っちゃったじゃない」

「ごめん。ごめん」


 母がラップする皿を見て、まあいいやと思う。おかずは弟の好物のエビフライだ。たまに帰ったときくらい、ユキの好物を用意してほしいと、内心、思う。


「明日は、また遅くなるよ。もしかしたら泊まりかな」


 言いながら、ユキは豆太郎をさがした。いつもなら玄関まで、とびだしてきて出迎えてくれるのに。

 見まわすと、いることはいた。ソファーの下に、もぐりこもうと必死になってる。おしりがひっかかって、ジタバタしてるのを見て、ユキはふきだした。


「こら、マメ。なんで、お迎えにこないの? 猫みたいなことして」


 ユキがおしりをつかんで、ひきだそうとすると、愛犬は、みごとに「キャイーン」と、おびえ声をだした。


「ちょっと、なにそれ。わたしがイジメたみたいになってるぞ。マメ。お姉ちゃん、怒っちゃうぞ」


 しかし、豆太郎の体は激しく、ふるえている。しかたなく、ユキは豆太郎をはなした。


「姉ちゃん。豆太郎、いじめたんじゃないの?」

「イジメてないよ。今朝だってペロペロで起こしてくれたのに」

「姉ちゃん、乱暴だから、無意識に、なんかやったんだよ。あ、ママ。エビフライ、夜食に食うよ」


 弟が言うと、母は嬉しそうに笑う。機嫌が直ったのか、こんなことを言いだした。


「そういえば、ユキ。あんたの同級生、行方不明なんだってね」

「ええと……誰が?」


 玉館たちのグループで生きてるのは、あとは綾瀬一人のはずだ。ところが、母の口から出たのは、まったく予想外の名だ。


「高山さんだっけ? お母さんの職場の人が、同じ団地に住んでてね。娘さんが帰ってこないらしいのよ。誰かに誘われて旅行に行って、それっきり。ご両親が探偵をやとって行方をさがしてるって話よ」


「高山さん……ああ、いたね。同じクラスだった。背の高い、スポーツ万能の子だったなあ。へえ。行方不明なんだ」


「玉館さんも死んじゃうし、近ごろ、物騒ね」

「そうだね。シャワーあびるよ」


 てきとうに相づち打って、ユキは浴室に向かった。

 誰かと旅行というんだから、きっと男女関係のもつれだ。残念だが、今回の事件とは、なんの関係もない。


 今日は疲れた。シャワーをあびたら、すぐ寝よう——そう思い、脱衣場に入る。

 Tシャツをぬぎ、ソフトジーンズをぬぎ、ブラのホックをはずそうとして、ユキは手を止める。


 今、洗面台の鏡に映る自分を見て、違和感をおぼえた。一瞬、信じられないものを見たような気がした。


 背中に両手をまわしたままの姿勢で、鏡を凝視する。

 おかしなところは、どこにもない。いつもの見なれた自分。顔ではリンカに負けるかもしれないが、スタイルは、かなりイケてると自負している。


 ユキは鏡を見ながら、ゆっくり手をおろした。自分の手で隠れていた部分が見えるようになる。

 左の二の腕にアザがあった。赤紫になってる。柴田につかまれたところだ。でも、それなら、残ってるのは指のあとのはずだ。


 なのに、これは、なんだろう?


 ユキは恐る恐る、鏡から自分の腕へと視線を移した。たしかに、アザがある。くっきりと、一本ずつの並びまでわかる、鮮明な歯形が。


 ユキは泣きたいような、叫びたいような、恐怖に見舞われた。


 そうだ。あの夢だ。

 今朝、夢のなかで、かまれた。


 アイツは、すでにユキのところに来ていた。

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