三章 2—2


 電話をきると、ユキたちは家系図を探した。巻物や掛け軸をしまった細長い箱を、ひとつずつ、あけてみる。


 石碑に関するものを、玲一がユキたちに見せるわけがない——と思っていた。

 が、意外にも、家系図はあった。黄ばんで、ところどころ虫に食われた巻物が、それだ。


「これだ! 家系図。古いなあ。ええと……戸神くんは二十四代めか」


 古い巻物には二十代まで書かれている。近年の数代は別紙になっていた。巻物に巻きこんで、はさんであった。


 玲一の名前はある。が、リヒトの名前はない。直系ではないからだろうか。


 それにしても、変わった家系図だ。

 とくに別紙のほう。

 別紙には十六代から書かれている。つまり、古い家系図と四代ほど、だぶっている。


 別紙から書きかたも変更されていた。

 ふつう、家系図といえば男系中心だ。でも、戸神家の家系図には、娘はもちろん、配偶者も全員、記されている。第二夫人、第三夫人もふくめて。


 ただ、異様な点もある。

 これだけ詳細な家系図でありながら、人名が、ところどころ黒くぬりつぶされている。一、二世代に一人くらい。

 初めから空欄だったわけじゃない。あきらかに一人ぶんの名が記されたあと、墨で消されている。


「なにこれ。気持ち悪い……」


「この消された名前だろ? 最初に消されたのは、十六代当主の配偶者か」

「正室じゃなさそうね。位置から言って。この人から、戸神家に何かが起こったってことね」


「何かが起こりだしたから、家系図わけたんだろうな」

「だよね。名前が消されてるのが、どんな意味なのかはわからないけど」


「古い家系図と何代か、名前がだぶってるよな。つまり、新しいほうは裏帳簿的なものってことだ。人に見せられない、家系の暗い部分」


「呪いとか、祟り……とか? この最初に消された女の人が、あの塚の下に埋められてるのかな」


「祟りを恐れて、塚を作った。恐れるようなことをしたんだ。あんがい、この家のやつらに殺されたんじゃないか?」


「それは、ありうる。この人の子どもの名前も消されてる。親子で殺されたんじゃ……」


 そのあと、名前を消された人たちは、願いも虚しく、呪いで死んでいった人だろうか?


「家系図だけじゃ臆測でしか言えない。家の歴史とかわかるものないかなあ。誰かの日記とか」

「探すしかないんじゃないか?」

「そうね。とりあえず、わたしは家系図、写しとく。アユム、探してみて」


 アユムに頼んでおいて、ユキは家系図を手帳に書き写した。さらにスマホで写真を撮っておく。おかげで気づいた。


「ねえ、アユム。この家系図、変じゃない?」


 長持ちに首をつっこんでいたアユムがふりかえる。


「え? 何が?」

「家系図っていうより、名字から類推した事実なんだけど。変なの。この家系図、リヒトくんの名前、載ってないよね。戸神くんのイトコなら載ってるはずなのに」

「うん。まあ」


「それで、よく考えると、リヒトくんのお父さんって、蜂巣さんでしょ? それで、お母さんは坂上律子さん。リヒトくんは、お母さんの旧姓を名のってたわけで」


「ああ」と言って、アユムは納得する。

「戸神家とは無縁だな。なら、母方のイトコなんだ。戸神の母親が、リヒトの母さんの姉妹なんだ」


 ユキは玲一の名前の上を示した。

 玲一の父は玲太郎。配偶者は美代子(旧姓沢口)と書かれている。


「なるほど」

「おかしいでしょ?」

「つまり、リヒトは戸神家から坂上家に出された養子。または、両親のどちらかが実の親じゃない。不倫かなんかでさ」


 不倫……なんとなく、あの昭和末期とは思えないレトロな恋文の夫婦には、そぐわない。


「不倫ねえ……まるで明治時代みたいな純愛だったんだけどなあ」

「じゃあ、リヒトは養子なんだよ」


 それも、ちょっと、おかしい。

 これが坂上家から戸神家へ、というならわかる。が、坂上家は、あのとおりの貧乏所帯だ。大金持ちの戸神家から、養子をもらえるとは思えない。


(あっ、そうか。大金持ちだからか。戸神家で世間体のよくない子どもが生まれたとしたら。高額の養育費を払って、坂上家に押しつけるってことは考えられる)


 養子なら、という仮定つきだが、とにかく複雑な事情があることだけは、たしかだ。


 そういえば、玲一の父、玲太郎の弟か妹にあたる名前が、黒くぬりつぶされている。関係があるのだろうか?


「リヒトくん。だから、さっき、この家をさけたのかな」

「かもな」


 いつのまにか、また雨足が強くなっていた。雨粒が庭石を打つ音が聞こえる。

 さっきから無意識に聞いていた、その音に、あらためて耳をすます。そして、全身が、すうっと冷えていくような感覚をおぼえた。


 あれは雨音なんかじゃない。

 ザクザクと一定の間隔で、玉砂利のくずれる音。

 誰かが……蔵の外を歩いている。


 さっきの家政婦が帰ってきたんだろうか?

 でも、それなら、なぜ、蔵の四囲をまわり続けるんだろう?


 初めは、ゆっくりだった。

 しだいに、その音が速くなっていく。しまいには、人間業とは思えない速さになった。


 ユキは両手で耳をふさいだ。

 アユムが近づいてきて、ユキの肩をたたく。その手は、ふるえていた。しかし、アユムは、そのまま、窓のほうへ歩いていく。


 ユキは引き止めようとした。が、体が思うように動かない。


 アユムが小窓の前に立った。外をのぞきみたアユムの肩が、ビクッと、こわばる。


 アユムの肩ごしに、一瞬、窓の外が見えた。

 坂上家の屋根裏で見た双眸。

 あの目が、すぐ外に——


 いきなり、窓から、ゆがんだ手が、つっこんでくる。

 悲鳴をあげ、アユムは窓の鎧戸よろいどをしめた。ぶあつい漆喰の覆いが、外からの光をさえぎる。

 同時に、ロウソクの火が、すっと消えた。静子さんが持たせてくれていた燭台のロウソク。


 蔵のなかは完全な闇になった。


 外から、鎧戸をやぶろうとする衝撃がある。ガリガリ漆喰をひっかく音。はげしく叩く音。うなるような声。


 これまで犠牲になった人たちは、みんな、こんな恐怖を味わったのだろうか?

 今度は、アユムとユキの番なのか?


 ユキは泣きながら念じた。


(お願い。あっちへ……あっちへ行って)


 すると、とつぜん、窓の外は静かになった。ユキの願いが通じたかのように。

 鎧戸をひっかく音も、獣のうなり声も聞こえない。


 そして、蔵の扉が外から、ひらかれた。

 そうだ。窓のことばかり考えていた。扉だって、カギはかかってなかった。

 アイツが入ってきた——


 絶望した瞬間だ。


「そこにいるの、ユキさんたちですか?」

 玲一の声だ。

「こんなに真っ暗じゃ、調べものもできないでしょう。懐中電灯、持ってきたけど」


 懐中電灯の光が、まぶしく、さしこんでくる。


 ユキは、その場にすわりこんだ。いっきに力がぬける。アユムも放心してる。玲一が、そんな二人をけげんそうに見た。


「どうかしましたか? ようすが変ですね」


 ユキは、まだ答えられない。

 アユムが我に返った。玲一にかけより、えりを両手でつかむ。


「あれ! なんだよッ?」

「あれ? なんのことですか?」

「おまえが入ってきたとたんに消えたんだぞ! 無関係なわけないだろ」


 玲一が、どんな表情をしたのかは読みとれない。


 アユムの手をもぎはなすため、玲一が両手をあげる。懐中電灯が床にころがった。アユムと玲一の足元だけが照らされる。


 アユムと玲一は、そのまま、もみあう形になった。はずみで、玲一のサングラスが落ちた。


 アユムは、ハッとした。


「あ……れ? おまえ……」

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