三章 2—1

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 昼食をごちそうになったあと、雨は小降りになった。

 リンカたちは撮影に出ていった。

 ハルナは玲一といっしょに見学に行った。

 ユキとアユムだけが残り、蔵書を見せてもらうことになった。


「どうぞ。自由に見物してもらうようにと、玲一さんに言われています」と、あの美人の家政婦さんが蔵へ案内してくれた。ほかの家政婦に、静子さんと呼ばれていた。

「古書は、この蔵だそうです。わたしは仕事がありますから、終わったらカギをかけておいてください」


 蔵は三つもある。そのなかの一つの前で、古いカギ束を渡された。


 広い蔵のなかに大小のつづらや長持ち。棚にも、たくさんの箱が置かれている。


 思わず、ユキはぼやいた。

「自由にって言われても、どこから手をつけたらいいの」


 アユムもウンザリしたように答えてくる。

「手当たりしだいしかないんじゃないか? 事件の参考になるとは思えないけど」

「それは、わたしも、そう思うよ。けど、村人の口はかたいし。ほかに手がかりもない」

「……手分けして調べるか」


 無言で古書や巻物をあさっていたときだ。外から話し声が聞こえてきた。


「どうするんですか。あんなに、たくさんの人、泊めて。あのことが知られたら。玲一さんは何を考えてるんでしょう。よりによって、こんなときに」


「だからじゃないの? 身代わりなんでしょ。あの人たちのおかげで、わたしたちが助かるなら、いいじゃない」


「そうだけど。あの人たちが犠牲になるとは、かぎらないし。わたし、青山さんとこみたいになりたくないですよ」


「そりゃ、誰だって、そうよ。とにかく、夜は外に出ないことよ。ほんとに、こんなこと、二度とあってほしくなかった。早く見つけてもらわないと」


「見つけて、どうするんですか?」

「鎮まってもらわないと」


「わたし、前のとき小さかったから、よく知らないんですよね」

「そっか。その年じゃ、しょうがないね。うちは前のとき、おばあちゃんが食べられちゃったから……」


 なにげなく聞いていたユキは、ギョッとした。


 今、たしかに、『おばあちゃんが食べられた』と言った。


 小窓から外をのぞく。

 エプロン姿の家政婦が二人、箱をかかえて母屋のほうへ歩いていく。二十代と四十代くらいの二人だ。


 今の会話は、なんだったんだろう。


 ユキは耳をすました。しかし、遠ざかっていく女たちの声は、もう聞きとりにくい。かろうじて、『なんとかさまの墓』とか、『祟り』とか聞こえた。それに、『狼』と。


 ユキはアユムを見た。

「今の、聞いた?」


 アユムの顔は、ひきつっている。

「ばあさん、食われたんだってよ」

「誰に?」

「何に、だろ?」

「狼って言ってなかった?」

「ニホンオオカミは、とっくに絶滅してるよ」

「それも、そうか」


 ユキは、ため息をついた。


「でも、これで、はっきりした。やっぱり、この村は危険なんだ。あたしたちを身代わりにするとか言ってたし。あの石碑の祟りのことだよね?」

「さっき、よく聞こえなかったんだけどな。なんとか様の墓って言ってたろ? それが、あの石碑なんじゃないか?」

「じゃあ、あれって、石碑っていうより、塚なんだ」


 塚と言えば、非業の死をとげた人の霊を鎮めるためのものだ。呪いとか祟りとか言われるわけが、うっすらとわかってきた。


 そのとき、タイムリーに、矢沼から電話がかかってきた。


「ユキさん。今、マスさん……桝前田さんから話、聞きました。蜂巣さんなんだけど。思ったとおり、あの石碑について調べてたそうです。詳しいことは、マスさんも聞いてないらしいけど。なんか、江戸時代ごろの話みたいですよ。旅の女の人が、どうとか。そうそう。戸神家ってのが、昔からの、そのへんの庄屋で。そこの家系図、写してたって」


「家系図か。グッドタイミング。今、家系図のありそうな場所にいる」

「どんな場所ですか。それ」


「まあいいから。ほかに、なんか聞いてない?」

「ええと……あっ! あれが重要なのかな? 蜂巣さん、生前、マスさんに預けてたものがあるそうです。これは大事なものだから、息子が大人になったら渡してほしいって言って」


「それ! 今、どこにあるの?」

「え? マスさんのうちでしょ? マスさん、対処に困ってて。僕が息子の代理だって言ったら、じゃあ、渡してくれって。だから、今夜、マスさんのうちに行くことになりました。いいですか?」


「あんたにしては上出来。それ、たぶん、蜂巣さんの研究資料だよ。わたしたちは、こっちに泊まるから。明日、落ちあおう」

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