三章 3—2

 *


 玲一に案内されたのは、撮影スタッフが使うはずだった広間だ。そこに人数ぶんの膳が用意されていた。


 すでに玲一の家族は集まってる。

 玲一の祖父母。両親。叔母。

 それに、あの静子という家政婦が、すみに、すわってる。


「遅くなりました」と、ひとことだけ言って、玲一は膳の前にすわる。

 しかたないので、ユキたちも空いた膳の前にてきとうにすわる。


 無言のまま、食事が進む。

 お世辞にも楽しい食事風景ではない。いつも、こんな感じだろうか。会話がないだけでなく、たがいに監視しあうような張りつめた空気だ。


(変な家族)


 高そうな着物のおばあさんの玲一を見る目つき。なんて陰険なことか。

 両親は完全に息子の玲一を無視している。その物腰には、玲一を恐れてるような印象もある。

 ただ静子だけが、かいがいしく、玲一の世話をやいていた。


 食事が終わると、戸神家の人たちは退室していった。去りぎわに、妖怪じみたおばあさんが釘をさしていく。


「玲一。客を入れたはいいが、どうなろうと知らんぞ。勝手なふるまいはさせんようにな」

「心得ています」


 会話は、それだけだ。

 言うだけ言って、老婆も立ち去る。


「わたしたち、歓迎されてないみたいだね。悪かったね。戸神くん」


 ユキが言うと、玲一は笑った。

「あいつらは、おれには逆らえないんだ。気にすることはないさ」


 自分の家族を『あいつら』だなんて、屈折してる。


「逆らえないって……家族なのに」

「家族? あいつらが家族なもんか」

「じゃあ、なんなの?」


 玲一は言葉につまった。吐息をついて話をそらす。

「静子さん。ごちそうさま。片付け、手伝うよ」


 家族には冷淡なのに、お手伝いさんには優しい。玲一は本当に複雑な人間だ。


 でも、なんだろう。

 嫌いになれない。自分を呪った相手かもしれないのに。

 もしかしたら、自分は同情してるのかもしれないと、ユキは思った。


「お膳、片付けるの、わたしたちも手伝います」

「あら、いいんですよ。お客さまに、そんなことしてもらうわけにはいきません」

「お客も何も、勝手に押しかけて、お世話になってるだけですから」


 ユキたちは膳を持って、静子と玲一のあとについていった。

 古民家の厨房は土間だ。いまどき、カマドに石の流し台。薄暗い電球に照らされて、古い怪奇映画のワンシーンみたい。


 でも——


「静子さん。今日のナスの煮浸し、ちょっと甘かったよ」

「ごめんなさい。あれは、わたしが作ってないから」

「やっぱりね。いつもの味つけじゃなかった。おれは静子さんの味が一番、好きだな」

「あら、そう? 明日は何にしましょうね」

「ハンバーグ」

「玲一さんは、ほんとにハンバーグが好きね」


 肩をならべて静子と話す玲一は、とても楽しそうだ。二人のジャマをするのは気がひけるぐらい。


 ぼんやり立ってると、玲一が気づいた。


「膳は、そのへんに置いといて。あそこに見えるのが風呂場なんだ。ふだんは使ってない旧式なやつだけど。家族とかぶるのはイヤだろ? わかしてあるから、入ってよ」


 勝手口の真向かいに離れがある。そこのことだ。


「じゃあ、入らせてもらおうかな。遠慮なく」

「ちょっと待って。どうせ女子は長風呂なんだろ。十分——いや、五分であがる。さきに入らせてくれ」


 アユムが言うので、

「しょうがないなあ。ほんとに五分ね」


 そのあいだに着替えをとりに部屋に戻った。腕時計をはずすときに見ると、七時半。


「矢沼くん。遅いな。そろそろ報告あってもいいのに」


 ちゃんと桝前田さんから預かり物、受けとったの?——と、メールを送っておく。


「ユキ。うちに電話かけるね。泊まってくるって言っとかなかったから」

「うん。いいよ」

「ユキはいいの? 電話しないで」

「わたしは出るとき、言っといたから」


 でも、豆太郎は、どうなったんだろうか。

 あのあと、実家に帰ったのか。それとも、あのまま狂犬と群れているのか。

 聞きたいが、聞くのが怖い。


「ユキ。ぼんやりしてる」

「なんでもない。お風呂入ろ」


 薄暗い廊下を何度もまがり、厨房に行く。玲一と静子の話し声が聞こえた。


「ほんとにいいの? 後悔しないの?」

「いいんだ。もう終わらせなきゃ」

「あきらめないで。わたしのことはいいから。あなたは逃げなさい」

「お母さん……」


 お母さん?


 今、玲一は、はっきり、そう言った。

 つまり、静子はただの家政婦ではなく、玲一の父の愛人ということか?


 玲一は妾腹なのか。

 それなら、わかる。さっきの家族の冷たい態度。


 ユキは、そう考えた。

 しかし、そこには、もっと恐ろしい秘密が、かくされていたのだが……。

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