四章 2—3


「高山さんが、どうかしたの?」

「このへんに旅行に来てたらしいんだ。友達といっしょに。ユキさん、知らないかと思って」


「知らない。中学卒業してから会ったことないよ」

「じゃあ、しかたないな」


「リヒトくんって、高山さんと親しかったっけ?」


 犬神かもしれないと警戒しながら、なんだか悔しい。ほかの女の子と親しいとわかると。

 ほんとは会えて嬉しいのに、なぜ疑わなければいけないのか。


「いや。そうじゃないけどね。前に同じ団地に住んでたから。ちょっと気になって」

「ああ。お母さんと市営団地に住んでたころね」

「うん。ところで、矢沼くんは? 帰ってきたかな? 預かり物ってやつ、渡してほしいんだけど」


 ついに来たか。その質問。

 やっぱり、ユキたちから、それを奪うことが、リヒトの目的なのか?


 平静をよそおい、ウソをついた。


「あれね。まだよ。矢沼くんとは明日、合流するから」


 リヒトが信じたのかどうか、わからない。たがいに、さぐりあう感触が車内に漂った。


 そのうち、雨が激しくなった。

 フロントガラスに大粒の雨がたたきつけてくる。雨のせいで、山道をとばせなかった。S駅についたのは、十二時前だ。


「じゃあ、おれは自分の用をすませてくるけど、帰りも乗せてもらえないかな? なるべく早く戻ってくる」


 そう言って、リヒトは雨のなかにとびだしていった。


 いったい、この時間に、なんの用があるというのか。

 姿を消したのは、このあと、犬神になって襲ってくるつもりじゃないか。


 そう思うと、不安になる。


 アユムは嫌悪感もあらわに告げる。

「あいつ、怪しい。信用できない」


 まあ、たしかに怪しい点は多い。

 それでも、まだ信じたい気持ちのほうが強い。


「黒岩さん、起きてるかな? パン屋さんは朝、早いんだもんね。寝てるかな」


 夜間なので交通量が少ない。なので、店の前まで車で行って、路肩に駐車する。

 もちろん、店は閉まっていた。なかも暗い。店舗には呼び鈴のようなものもない。あるとしたら、たぶん、裏口だ。そっちが住居になってるはずだ。


「ちょっと待ってて。わたし、裏口、行ってみる」


 ずぶぬれになりながら、路地裏にまわって探す。しかし、暗くてどの家がそれなのかわからない。


(そうだ。メアド交換したんだった)


 近くの軒下に入って、雨をよけ、ユカリにメールした。


 どうか、すぐに気づいてくれますように——


 祈るような気持ちでいると、いきなり、背後のドアがあいた。


「秋山さん? そこにいるの」

「ユカリさん! こんな時間に、ごめんね。うちのバカ後輩が変な頼みしちゃったみたいで」

「いいの。いいの。あの人、病気みたいな青い顔してたから、心配してたんだよ。なんかあった?」


 迷惑かけたはずなのに、かえって心配してくれるとは。これ以上、ユカリを巻きこむわけにはいかない。ユキはごまかした。


「ちょっと、仕事でミスっただけだよ。気にしないで。それより、矢沼くんが預けたもの、すぐ必要になったの。持ってきてくれる?」

「待っててね」


 ユカリは、いったん家のなかに消える。数分して戻ってきた。


「はい。これ」と言って、渡してきたのはタオルだ。


 まさか、矢沼のやつ、タオルなんか預けたのか……いや、違った。タオルは、ユカリの親切だ。


「ずぶぬれだよ。ふいたほうがいいよ」

「ありがとう」


「このカサも使って。台風なのに、大変だね。そういえば、坂上くんとは会えた?」

「ああ、うん」


「よかった。坂上くんって、この前、行方不明になった高山さんを旅行に誘ってたらしいんだよね。だから、もしかしたら、二人いっしょに行方不明になったのかなって、あとで気づいて」


 ユキは衝撃を受けた。

 そうだ。思いだした。


(お母さんが話してたんだ! 高山さん、友達と旅行中に行方不明になったらしいって)


 しかも、ユカリの話が真実なら、その友達はリヒトらしい。


(まさか、リヒトくんが高山さんをどうかしたの? リンカたちみたいに殺した……とか? さっき聞いてきたのは、わたしにバレてないか確認したの?)


 信じたくはないが、やはり、リヒトは犬神なのかもしれない。


 ぼんやりしてると、ユカリが言った。

「これ、預かってたもの」と、封筒をさしだす。


 ユキは我に返った。

「ありがとう。今度、お礼するね」


 それまで、わたしが生きてたらだけど、と心のなかでつけたす。


 ユキは走って車まで帰った。

 すると、アユムが、厳しい顔をして迎える。


「おい、これ見ろよ」

「あんた、何してるの?」


 見れば、後部座席に置かれたリヒトのボストンバッグをあさってる。


「あいつ、怪しいだろ。だから、調べてたんだ。そしたら、こんなものが——」


 アユムが見せたのは、数枚の写真だ。

 以前、ユキが玉館スーパーで拾ったのと同じ、ポラロイドカメラで写したものだ。


「これ、戸神邸だよね」

「それに、こっちは、あの石碑だ」

「ピンボケしてて、わかりにくいのもあるけど……」


 戸神邸や石碑をバックに、女が写ってる。ショートカットの背の高い女。


 でも、写りかたが、なんだか、おかしい。

 何かのありかを示すように、いつも同じポーズで手をあげてる。

 全身が発光してるみたいに透けて見えるのは、ただの露出調整の失敗だろうか。


 さらに別の写真を見た。

 さっきのショートカットの女が血だらけで倒れてる。

 あきらかに死体だ。

 獣に食い殺されたような死にざまは、おそらく犬神にやられたのだ。


「この人、高山さんじゃない?」


 そう。まちがいない。行方不明の高山チサトだ。


 三枚の写真を見くらべて、ユキは変なことに気づいた。

 写真の下部に日付が入ってる。死体の写真は今年の五月だ。なのに、戸神邸や石碑の写真は、おとついの日付になっている。


「やだ。これ。どういうこと? 日付で言うなら、ふつう、順番が逆だよね」

「時間の設定が間違ってたとか?」

「じゃないと、つじつまあわないもんね」

「とにかく、これでハッキリしたろ? やっぱり、アイツ、犬神だよ」

「そうだよね……そう考えるしかない」


 リヒトは殺された直後の玉館の写真も撮ってる。自分で殺して、そのあとに撮影したとしか考えられない。


「急いで、剣、とりにいこう。あいつに先こされると、マズイぞ」


 アユムの言葉にしたがった。

 駅でリヒトが待ち伏せしてるかもと思った。が、今のところ、姿は見えない。

 ユカリから受けとった封筒には、カギが一つ入っていた。


「このカギ、駅のどこに設置されたロッカーかな」

「番号で確認してくしかないだろ」

「A79ね」

「手分けして探そう」


 二手にわかれて、駅のなかを歩きまわる。

 ようやく、東口の切符売り場近くにAの並びを見つけた。あとは79のロッカーを見つけるだけ……。


「手伝おうか?」


 背後で声がした。リヒトの声だ。

 ユキは自分の体が、ふるえだすのを感じた。

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