二章 2—3


 考えながら歩きだす。


 これは正攻法ではダメだ。村人は簡単には教えてくれない。

 厳密には村人ではなく、でも伝承に詳しい——そんな都合のいい人物が、どこかにいないだろうか。


 しばらく進むと、民家が十数軒、密集していた。雑貨屋や簡易郵便局があった。

 近くの坂の上には、古い木造校舎が見える。ユキたちが林間学校で宿舎に使った中学校だ。このあたりには見おぼえがある。


 雑貨屋の前で数人の女が立ち話をしていた。五、六十代の主婦たちのようだ。女たちはユキと矢沼を見ると、ぴたりとヒソヒソ話をやめる。


「こんにちは。わたしたち、友達の家をさがしているんです。このへんに、坂上リヒトくんの家、ありませんか?」


 石碑のことを聞いても警戒されるだけだ。とりあえず、リヒトの家をさがすことにする。リヒトの家族なら、何か話してくれるかもしれないし。


 ところが、女たちの態度は、かわらず硬い。


「あの? わたし、坂上くんの元クラスメートなんです。坂上くん、この村の出身ですよね?」


 やっと一人が口をひらいた。


「坂上さんなら、何年も前に空き家ですよ」

「えっ? 空き家ですか?」

「もう四年になるかな。一人で暮らしてた、おばあちゃんが亡くなって」


「リヒトくんは帰ってないんですか?」

「あの子、小学生までは、こっちだったけどね。三年生か四年生のころには東京へ行ったんじゃなかったっけ。お母さんが東京の人と再婚して」


 でも、中学はS市だ。そういえば東京から引っ越してきた。そのころには母子家庭だったし……思った以上に複雑な家庭環境のようだ。


「いちおう、その家、教えていただけますか? ダメもとで行ってみたいんです」

「そこの坂の上よ。中学校に行く前の二又で細道に入ると、着くから」

「ありがとうございます」


 頭をさげて別れる。

 教えられた坂道に向かった。

 中学校に続く桜並木の道。

 坂の途中に枝分かれした細い道があった。

 中学生のころ、気づかなかったのも、しかたない。獣道みたいな細い土の道だ。のびほうだいの竹やぶに囲まれている。見通しも悪い。


「うわ……また出そう」と、矢沼が、ぼやく。

「いいから、行くよ」


「ユキさん。どうせ空き家なら、行ってもムダですよ」

「いいの。空き家のほうが、かえって、あれこれ調べられるじゃない」


「それって不法侵入ですよ」

「だからって、口のかたい村人から聞きだすのは至難の技でしょ?」


「そうだけど……ああ、なんで先輩って、そうムダに熱いんですかねぇ」

「こっちは命かかってるんだから」


「ほんとに呪いなんてあるんですかねえ。僕には実感、持てない」

「あんたは他人事だからでしょ」


 言いあってたから、薄暗い林道は気づいたときには終わっていた。

 つきあたりに小さな木造家屋がある。


「あれね。リヒトくんち」


 周囲には一軒も家がない。雑木にかこまれ、完全に孤立している。


 家の前は畑だ。亡くなったおばあさんが一人で自給自足生活を送っていたのだろう。手入れする人がいなくなり、畑は荒れはてている。

 家屋は、まだ目に見えて、いたんではいない。雨戸は閉めきり。なかが見えない。暗くて、さびしい、たたずまいだ。


(リヒトくん。ここで幼少期をすごしたのか。なんだか気の滅入るような家……)


 家族や豆太郎の待つ平凡な我が家を思いうかべ、ユキは悲しくなった。

 いやいや、きっと今は荒れてるからだ。昔は夏野菜が生き生き実って、幸せな家庭だったんだろうと、思いなおす。


「ほんとに無人みたいね。どっかに、あいてる窓ないかなあ」


 雑草の無法地帯をふみこえ、玄関の前に立つ。もちろん、カギがかかっていた。定期的にリヒトが帰ってきて管理しているのかもしれない。

 横手にまわり、雨戸をしらべる。これも、しっかり中からカギがかけられている。空き家のわりに厳重な戸締りだ。


 すると、そのとき、玄関のほうで、戸のひらく音がした。


 ユキは急いで玄関に引き返した。

 すると、ちょうど中から出てきた男と鉢合わせした。


 うしろ姿は何度も見かけた。でも、間近で見るのは十二年ぶりだ。面影があると言えばある。ないと言えばないような。


 やっぱり、目の前で見ると、ものすごいハンサムだ。そこらのイケメン俳優なんて目じゃない。


「リヒト!」

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