二章 2—2
*
F村に向かう車内は重苦しかった。
いよいよ自身に呪いだか祟りだかが、かかってるとわかって、浮かれるバカもいないだろうが。
いちおう、取材が長引いたときのために、着替えや非常食を二日ぶん持ってきた。
車は見なれた街をすぎ、山間部へ入っていく。
たった四、五十分で、こんなに変わるのかと思うほど、景色が一変した。人工物が、どんどん減っていく。どこか異次元の秘境に迷いこんだ心地だ。
やがて、一本道のさきにトンネルが見えてきた。おぼえてる。林間学校へ行くときも、このトンネルを通った。
このさきにF村がある。
「わあ……古くさくて、ずいぶんフンイキのあるトンネルですねえ。やだなあーーあっ、ユキさん。今、そこに誰か立ってなかったですか?」
矢沼だけが、はしゃいでる。自分は祟りと無関係だからだ。
「やめてよ。そんな気分じゃないんだから」
「そんな気分って……本気で言ってるんですけど」
「よけい悪い。ちょっと、だまってて」
そのあいだにも、車はトンネルに入っていく。タイヤのきしむ音が反響する。照明は少ないし、ほんとにフンイキのありすぎるトンネルだ。
ハルナが、おびえた声をだす。
「ねえ、ユキ。ほんとに人がいる」
ヘッドライトに照らされて、前方に人影が浮かびあがった。トンネルの端を歩いてる。ボストンバッグを背にかけた、その姿は——
「リヒトだ!」
だが、車は一瞬で、その人を追いこした。ヘッドライトの輪からそれた人影は、闇のなかに消えてしまった。
運転しながら、アユムが言う。
「リヒト? こんなとこ歩いてるわけないだろ。そういえば、ユキ。おまえ、昨日もスーパーのなかで、リヒトがどうとか、さわいでたよな」
しかたなく、ユキは白状した。
「おとついから、何度か見かけるのよ。たぶん、リヒトくんも戸神くんをさがしてるんだと思う」
「ふうん」
「戸神くんとイトコなんだから、可能性はあるでしょ?」
「そうだな」
「あの夜、リヒトくんも、あの場所にいた。早く事情を教えてあげないと」
「イトコなら、とっくに知ってるんじゃないの?」
「なにそれ。冷たい」
「だって、とくに親しかったわけじゃないし」
「アユムって、リンカにも冷たいし、意外と薄情だよね」
「おまえ……昨日から足にしといて、よく言えるなあ」
怒ったのかと思ったが、アユムは、ため息をついている。なんだというのか。
やがて、トンネルをぬけた。
天をつく杉並木のせいで、青空は見えない。かさなりあう木立ちの向こうに、田んぼが広がっている。ぽつぽつと人家。F村だ。
村の中心に、色あせた朱塗りの鳥居が建っている。あの神社だ。
ついに帰ってきた。
この場所へ。
「それで、ついたら、どうするんだ?」
「このあたりの古い伝承を調べてることにして、村人に聞きまわる。戸神くんや、リヒトくんの実家に行ってもいい」
「えっ? マジっすか?」と、矢沼。
「戸神さんって人、言ったら、ラスボスでしょ? いきなり行っちゃう? 行ったら最後、出てこれなかったりして」
アユムまで賛同する。
「それは言えてんなあ。戸神は、ヤバイって」
「じゃあ、リヒトくんの実家はいいよね? わたしと矢沼くんは取材しながら、リヒトくんの家をさがす。アユムとハルナで、リンカをさがして」
「リンカには電話でいいだろ?」
電話は、つながらなかった。たぶん、ロケ中なのだろう。電源が切られている。
「ほら、つながらない。スマホ、圏内だってことはわかったから、それで連絡、とりあおうよ」
しぶしぶ、アユムは承諾する。
「わかったよ」
村の入口には材木置き場があった。人もいないし、現在、使われているかどうかも、わからない。そこへ車を停めた。
材木置き場から、しばらくは一本道だ。少し歩くと、道が二手にわかれた。
「じゃあ、何かあったら、こまめに連絡してね」
「そっちもな」
ユキたちは左。つまり、村の北側へ。
アユムとハルナは右。村の南へ向かう。
目に入るのは、田んぼと畑ばかり。
たまに人家があっても、ひとけが感じられない。なんだか、ゴーストタウンに迷いこんでしまったみたいだ。
緊張感のない声で、矢沼が言う。
「のどかですねえ。僕、牧場経営は得意なんですよ」
「あんた、牧場なんて持ってるの?」
「ゲームですけどね」
ダメだ。やっぱり、人種が違う。
どのくらい歩いたことか。
ようやく、麦わら帽子をかぶって農作業している老人を見つけた。
「こんにちは! 精が出ますね」
明るく大きな声で話しかける。が、老人は無視した。ユキは気にせず近づいていく。
「暑いなか大変ですね! 台風が近づいてるって、さっきラジオが言ってたけど、そんな気配ないですねえ」
わざと、真正面に立って叫ぶ。
老人は口のなかで、なにやらモグモグ言った。
「わたし、東京の出版社の記者です。今ね、S市に伝わる昔話を取材してるんですよ。このあたりの古い伝承、ご存じないですか?」
またモゴモゴ返された。
老人の態度には、あきらかにユキをさける印象があった。
「あそこに神社がありますね。あの神社の由来は、なんですか?」
神社の裏手に石碑があったから、関連があるかもしれない。そう思って聞いてみた。が、これはハズレ。
老人は、ほっとして、急にスラスラ話してくれた。
よくある天女伝説だ。あるとき美しい女が現れ、村に不思議な力で施しを与え、やがて守り神として祀られた、という話。
「そうなんですか。じつは、わたし、地元がこの近くなんです。それで、あの神社にも行ったことがあるんです。裏に小さな石碑みたいなものがありますよね?」
老人の顔はこわばった。またモゴモゴ言いだして、ふいに農作業に戻っていった。
やはり、あの石碑、何かある。
村人はその秘密を知っていて、隠している。
よく考えれば、さわると祟る力を得られるというのだ。なかには、その力を悪用する人間だって、かならず出てくる。復讐や逆恨み、あるいは金もうけのために。
そういう陰惨な歴史が村にあるのだろうか?
(でも、それにしては、戸神くんの嫌がりかたが普通じゃなかった。祟る力を得るのって、いいことだけじゃないのかも?)
祟る力を得る代償に自分も死ぬとか。それとも、もっと恐ろしいことが……?
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