五章 3—3

 *


 ハルナは泣いている。

 ユキも、ぼんやりしていた。

 まわりをとりかこんでいた犬たちは去っていた。豆太郎だけが尻尾をふっている。


 猛が言った。


「急いで、この村から出よう」


 猛は社を指さす。

 空が明るい。火の手があがってる。


「たぶん、かがり火が燃えひろがったんだ。雨がやんだからね」


 言われて気がついた。

 そういえば、ちょっと前から雨が小降りになっていた。


「大変。逃げないと」


 ユキは豆太郎を抱きあげた。


「ハルナ。行くよ」

「わたしはいいの。ここに残る。リヒトくんといっしょにいる」

「バカなこと言わないで!」


 泣きじゃくるハルナをひきずって、社まで戻った。


 猛の言ったとおりだ。

 かがり火が燃えひろがってる。社にも、境内の木にも。風が強い。火の勢いは、どんどん強くなる。


 火のまわりに、大勢の村人が倒れていた。生きてる人はいない。


「みんな、死んだの?」

「村人全員じゃないだろうが。かなりの数が殺されたみたいだな」


「こっちからじゃ逃げられない」

「木立ちのあいだから行ける」


 猛に言われて、やぶのなかに入った。樹木が密集していた。傾斜もキツイし、イバラでひっかく。炎に追われてなければ挫折ざせつしていた。


 いやがるハルナをひっぱっていく役目は猛がしてくれた。ユキは必死で、そのあとについていく。黒煙が充満し、パチパチと火の粉が降ってくる。


「足元、気をつけて」


 ころびそうになると、猛が手をかしてくれる。

 ようやく、神社をかこむ森をぬけだした。


 あたりいったい、火の海だ。

 これだけ大規模な火事なのに、村のなかは異様に静かだ。もう誰も生きてる人はいないかのように。


「急ごう」


 横手にまわったから、ちょうど戸神家の裏手に出た。停めていたアユムの車に乗りこむ。


「ちょっと荒っぽいよ」


 猛はエンジンをかけると、急発進させる。

 すごい勢いで方向転換し、村の出口に向かう。

 材木置き場まで来たときには、炎は村全体にひろがっていた。


 この村は滅ぶのだろう。

 リヒトの言葉どおり。


 浄化の炎だと、ユキは思った。

 炎のなかで、すべての思いが浄化されていく。


 リヒトも。玲一も。律子も。戸神家の人たちも。村人も。信乃も。

 すべての思いが……。

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