一章 1—2
*
駅前で矢沼と別れた。
ユキはタクシーに乗った。
ここから実家のあるA町まで、少し距離がある。タクシーの運転手から話を聞きたかった。
「A町まで行ってください。A町の駅前」
走りだすタクシーのなかで、急いでラインを使う。
リンカは、たぶん連絡つかない。でも、ハルナ、アユム、ヨウタは大丈夫だろう。今夜いっしょに食べようと誘い、焼き肉店を指定する。
ハルナとアユムから、すぐに返信があった。オーケーというので、スマホの電源を切る。
「運転手さん。ちかごろ、このへんで変わったことないですか?」
「変わったこと? さあねえ」
運転手はかるく首をひねる。そのあと、つけたしのように言った。
「そういえば、猫がいなくなるらしいね。A町やB町。C町あたりでも」
S市のなかで隣接する三つの町だ。
わたしの聞きたいのは猫じゃなくて、狼なんだけどな、と考えつつ、
「猫ですか?」
「飼い猫も、ノラ猫も、いっせいに消えたらしいよ。地元じゃ、ちょっとした怪奇現象だって、さわいでるなあ」
「いっせいにって……そんなことあるのかな」
「ウソでもないみたいだねえ。A町に行くと、あっちこっちに迷い猫の張り紙してあるよ」
おかしな話だ。あとで、アユムたちに聞いてみよう。もしかしたら、ほんの数匹いなくなったことが、おおげさに伝わっただけかもしれない。
話してるうちに、A町についた。
ユキはタクシーをおりた。駅から近い、なじみの焼き肉店へ向かった。
ユキが帰省したときは、いつも、ここでメンバーと落ちあう。とりあえず、ビールと牛タンをたのむ。
ハルナとアユムは、すぐにやってきた。
「わあ。元気そう。ひさしぶり」
「急に呼びだすなよ。うちでメシ、食いかけてただろ」
「ごめん。ごめん。今日になって仕事で、こっち来ることになっちゃって、さっき、ついたばっかなんだよ」
「仕事って、雑誌の?」
「うん。取材でね」
という流れで、すんなり狼男の話に移る。
「ネットで話題だっていうから。二人とも、なんか知らない?」
ハルナとアユムは顔を見あわせる。
「狼男……」
「あれか……」
「心当たりあるんだ?」
「心当たりっていうか……」
口が重い。
「何があったの? さっき、タクシーの運転手さんから、猫が消えるって聞いたけど」
しかたなさそうに、アユムは話しだす。
「うちのとなりのベスも。完全家猫だったのに。ある日とつぜん、家族の制止をふりきって、逃げだしたってさ。たしかに、ノラ一匹、見なくなった。なんか信じらんないほど遠くの町で見つかった飼い猫もいるらしい。つまり、町じゅうの猫が、いきなり、みんなで逃げだしたってわけ」
「逃げた? 何から?」
「そこまで知らないよ。猫に聞いてみなけりゃ」
「変な話だね。家から一歩も出たことない猫までいなくなるなんて」
考えこんでいると、遅れて、ヨウタがやってきた。
やや小太りの体形は子どものころから変わらない。だが、これで、ヨウタは医者の卵だ。今はS大付属病院でインターンをしている。
「急に呼ぶなよ。夜勤だったら来れないだろ」
アユムと同じことを言って座る。
追加のビールと肉がテーブルにならんだ。
「今ね。狼男の話してたのよ」
ユキが言ったときのヨウタの反応は過敏だった。飲みかけていたビールのジョッキが途中で止まった。
「あれ? もしかして、いい情報、持ってる?」
「……いや? 知らないよ?」
あからさまに怪しい。
すると、ハルナが言った。
「ユキちゃん。ほんとに知らないの? ニュースにもなったよ?」
「えっ? ニュース?」
ユキはおどろいた。ネット上の、まったくのデマだと思っていた。ニュースになるような普通の事件だったとは。
「ごめん。わたしも今日、編集長から聞いただけで、よく知らないんだ。だから、教えて」
しょうがなさそうに、アユムが話しだす。
「中学のとき、となりのクラスに、石川ってやつ、いたろ?」
「おぼえてない」
「ほら。玉館の子分の」
「ふうん」
そう言われると、何人かの顔が、ぱっと思いうかぶ。名前におぼえはないが、きっと、そのうちの誰かだ。
「その人が、どうかしたの?」
「先月、死んだんだよ」
「えっ?」
二十六さいで急死。それもニュースというからには病死ではない。
「事故とか?」
「いちおう、ニュースでは事故って言ってた。でも、うちの親父、葬式行ってたけど、なんか変な死体だったらしいぞ」
「そっか。あんたんち、お寺だもんね。おじさん、遺体、見たの?」
「いや。お棺のふた、しっかりしめて、遺族が一度も、なか見せなかったって。親父にもだぞ」
「そんなにヒドイ状態だったの?」
「そうらしい」
「どんな死にかたよ」
「さあ。二目と見られない……とは聞いた」
二目と……想像もつかない。
「電車にでも、とびこんだの?」
「そんなんじゃないよ。ウワサだけどな。狼男に殺されたんだって」
「なんで、とつぜん、狼男なんだろ?」
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