一章 1—3


 ホルモンを焼きながら、ユキは気づいた。アユムのとなりで、ヨウタが青い顔してる。


「ヨウタ。あんた、なんか知ってるでしょ? さっきから、ようすが変だよ」


 ヨウタの挙動は、ますます怪しくなる。


「ヨウタの大学病院って、警察からの依頼で司法解剖するんじゃなかった?」


 図星だったみたいだ。

 ヨウタのはしからカルビが落ちた。


「もしかして見たの? その死体」

「見てない。見てない。先輩から聞いただけ」

「見たんだ!」

「いや、だから、話、聞いただけだって」

「どんな死体だったの?」

「肉食いながらする話じゃ……」

「わたし、そういうの、ぜんぜん平気」


 ヨウタはイヤそうな顔で、しぶしぶ語る。


「…動物の噛みあとがあったんだってよ」

「動物の噛みあと……てことは、野生動物に襲われて死んだってこと?」

「それが、そうとも言いきれなくて」

「どっちなのよ!」


 ユキが怒ると、ヨウタはちぢみあがった。怒ってるふりなのだが、便利だから弁解しない。


「おまえ、ぜんぜん変わんないな、気の強いとこ。そんなんだから、男、よりつかないんだぞ。顔、悪くないのに」


「怒らせたいの?」

「わかった。わかった。つまりな……生活反応がなかったんだよ」


「生活反応。オッケー。わかるわよ。よくサスペンスとかで言ってるやつね。死んでから受けた傷は、出血とか少ないんでしょ?」


「そう。それ。遺体の全身にケモノに噛まれたあとがあった。歯形の大きさから言って、たぶん、犬。でも、そのうちの半分くらいは生活反応がなかった」

「死んでからも噛まれたってことね」


 ヨウタは一瞬、口をとざす。


「それが……そうじゃなくて。むしろ、もっと前? 生活反応がないってのは、ほんとは正しくなくて。完治したあとなんだよ。傷は埋まってるけど、アザになって残ってた。半年以上は前のケガなんじゃないかって」


 半年……それも、半分の傷が。

 なんとなく、ユキはゾッとした。


「それって、犬を飼ってただけなんじゃない? 噛みグセのある犬」

「歯形のサイズ、違うんだ。大型犬から小型犬まで、十種以上。石川は犬なんて飼ってなかったらしいし」


「仕事が獣医さんとか。動物にかかわってるんじゃ?」

「たしか、パチンコ屋の店員だったかな」

「………」


 返す言葉がなくなる。


「そんなの、説明つかないじゃない」

「だから、薄気味悪いんだよ」


 ユキがだまると、三人も、だまる。

 肉の焼ける音だけが、しばらく耳につく。


 じつは——と言いだしたのは、アユムだ。


「萩野も死んだんだよな、先月」

「萩野って誰?」

「玉館の子分の」

「それも狼男のしわざなの?」

「知らないよ。石川より前だったし。親父が葬式行ったから、へえ、死んだっだって思っただけ」


 たかだか二十六さいで、いじめグループのうち二人が、立て続けに死ぬ。

 そんな偶然があるだろうか?


「やっぱり、あのことが関係してるのかな?」


 ユキの問いに、誰も答えない。

 あのことが何をさしてるのかは、みんな、わかってるはず。


 中学二年の林間学校。

 誰かが殺されてるんじゃないかと思うような悲鳴だった。でも、一夜明けてみれば、玉館たちは全員、宿舎に戻っていた。あのイジメられていた少年も。


 ただ、そのあとから、玉館たちは少年をさけるようになった。まるで恐ろしいモンスターを見るように、あわてて視線をそらす姿を何度も見かけた。


 あの夜、ほんとは何があったのだろう。


「あの肝試しの夜、何かがあったんだよね。そのせいで、こんなことになってるの?」


 非論理的な考えだということは、わかっていた。


「あのとき、あたしとアユムは先頭で逃げた。でも、ヨウタは少し遅れたよね。なんか見た?」


 ヨウタは首をふる。

「逃げるのに必死だよ。うしろのほうで、誰かが『助けてくれ』とか、叫んでたような気はするけど」


「ハルナは?」


 ハルナは顔をこわばらせる。

「ころんだとき、気絶したみたい。気がついたら、そばに坂上くんが立ってたから……」


 それ以上の問いかけを拒絶するような口調だ。かたくなすぎる気がした。ハルナらしくない。案外、ハルナは何か見たのかもしれない。ハルナとリヒトは、みんなより、かなり遅れて戻ってきたから。


 そのとき、スマホが鳴った。ラインの通知だ。見ると、リンカからメッセージが入っていた。


「ロケ中だから来れないだって。リンカ、けっこうテレビ露出ふえたよね」


 リンカは高校卒業後、モデルになった。今ではバラエティー番組なんかで、たまに見る。


 言いながら、続きを読んで、ユキはギョッとした。

 グループ設定だから、ほかの三人にも同時にメッセージが入る。みんな自分のスマホを見て、ユキと同じ反応をする。


「……リンカのロケ地って、ヤバくないか?」と、アユム。


 ヨウタは青くなって言葉にならない。

 ハルナも同様。

 ユキは、もう一度、そのメッセージを読みかえした。



 念願の女優デビュー!

 深夜のホラー番組のヒロインだよ。

 今、F村に来てる。



 F村——あの村だ。

 すべての始まりの地。

 林間学校のあった、あの山間の小さな村……。

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