五章 2—3
(どっかに、ほかの入口がないかな)
裏口か窓があれば、そこから侵入できるかもしれないのだが。
ユキは社のうしろに、まわりこんでみた。植え込みにそって、ちょっとずつ移動する。一人だけ群衆から離れるところを見られないか、ヒヤヒヤした。
なんとか、人目をさけられた。誰もいない暗がりまで来て、ほっとする。
だが、その瞬間だ。
背後から、とつぜん、腕をつかまれた。しげみのなかに引きずりこまれる。
マズイ。村人に見つかった。殺される。
すると——
「なんで、こんなところに」
この声……。
「東堂さん」
猛だ。暗闇のなかに、ほのかに白い歯が見える。笑ってるらしい。
「まあ、合流できたのは、いいけどね。ムチャばっかりするなあ。ユキさんは」
「よかった。無事だったのね」
「ああ。でも、犬神に逃げられた」
猛がベルトから懐剣をぬく。懐剣の刃は少量の血で汚れていた。
「チャンスだったんだけどな。かすり傷しか負わせられなかった。見失った」
「そうだったの」
「アルバムは?」
「アルバムは戸神家に残してきた。あなたの確認したかったことは、もうわかった。さっき、リヒトくんに会って——」
ユキはリヒトの告白を伝える。
猛は、それがクセらしいゲンコツを口元にあてるポーズで考える。
「やっぱり、双子か」
「どおりで、そっくりだよね」
「君の友達を助けなくちゃな。さっき偵察したとき、社のうしろに侵入できそうな場所があった。ただ、せまいんだよな。君なら入れる」
社の背後にまわりこむ。見張りはいない。村人は玲一が帰ってきたと思ってるので、安心しているようだ。
「どこから入るの?」
高床式の社は後部が、より高い。縁側のように張りだした手すりですら、二メートルはある。手は届くが、のぼることはとてもできない。
すると、猛が
「わたしにはムリ」
「手、伸ばして」
「こう?」
ユキの両手をつかんで、猛が引きあげてくれた。
「すごーい。力持ち」
「ふつうだよ」
いや、普通ではない。少なくとも、矢沼あたりにはマネできない。こんな緊迫した状況なのに、ドキドキしてしまう。
上部に窓が、いくつか並んでる。小さな窓が一つだけあいていた。
「君なら、ここから入れると思う。なかに入ったら、こっちの大きいほうの窓、あけてくれないか」
「わかった」
たしかに、小さいほうでは、猛には侵入できない。ユキが、やっとくらいだ。
ユキは猛に支えてもらいながら這いあがる。祭壇のよこにおりることができた。
なかは暗い。
表側から中をのぞいてる村人には、ユキの姿までは見えないだろう。
それはいいが、ユキからも、なかのようすがよく見えない。
「ハルナ? リヒトくん?」
小声で問いかけてみる。
返事がない。
とりあえず、雨戸をあけた。猛が入ってこれるように。
それから、ゆっくり、壁にそって前方に歩いていく。
中央までくると、外のかがり火の明るさで、ぼんやり視界がきいた。
うずくまる人影が見える。リヒトとハルナだ。
声をかけようとして、思いとどまる。
話し声が聞こえた。
「……ガマンできないの? わたしはいいよ。リヒトくん」
ハルナの声だ。
「リヒトくんが、そんなふうになったの、わたしのせいだから」
「ちがう。君のせいじゃ……ない。子どものとき、封印の儀式は受けてた。でも……頭がクラクラする……」
「わたし、リヒトくんになら、何をされてもいいよ」
これは……(別の意味で)マズイ。もしかしたら、おせっかいだったかも。
(そうか。ハルナは、リヒトくんのこと……)
そういえば、ハルナから誰かを好きだとか、聞いたことがない。
たぶん、ずっと、リヒトを好きだったのだ。でも、リンカやユキがリヒトに好意を持っていたから、おとなしいハルナは言えなかった。
(ハルナは再会したときから、わかってたんだね。戸神くんがリヒトくんなんだって。わたしは、まったく気づかなかった。リンカも。ハルナだけ、気づいてた)
玲一の前でリヒトに謝罪したり、思いあたるふしがある。
ハルナの思いは本物だった。
(それにくらべて、わたしってば……)
いや、わたしだって、猛がイケメンだから惹かれたわけじゃない。あのさみしげな笑みを見たせいだ。なんとなく、ほっとけなくなる。
そんなことを考えていると——
「玲一が……玲一が来た」
リヒトがつぶやいた。
直後に、どこからか獣のうなり声が聞こえた。
ユキは、あたりを見まわした。
今にも村人の悲鳴が聞こえるのではないかと、耳をすました。
表の格子戸をやぶり、犬神が襲ってくるんじゃないかと。
でも、悲鳴は聞こえない。
扉も閉ざされたまま。
うなり声だけが大きくなっていく。
(あれ? なんで……?)
なんだか、おかしい。
うなり声は、外からじゃない。もっと近くから聞こえてくる。
恐る恐る、ユキは見た。声のするほうを。
暗闇に、アイツが、うずくまっている。
夢で見た、あの姿。黒いシルエットのなかで、金色の双眸だけが輝いてる。
どうして、アイツが、ここに?
そんなはずない。
だって——
だって、さっきまで、そこにいたのは……。
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