一章 2—2


 自転車で駅前に向かった。


 ユキがついたときには、すでにアユムは来ていた。見おぼえのある白い車。おじさんの車だ。

 その奥のほうで、たよりなげにキョロキョロしている矢沼の姿もあった。


 ユキが手をあげると、二人が同時に手をふりかえしてきた。たがいに相手に気づいて、不審そうな顔をする。


 ユキは、ふきだした。

「お待たせ。こっち、後輩の矢沼くん。こっちは幼なじみの川瀬アユム。今日は取材につきあってくれるの」


 男二人は、うかがいあっている。


「さっそくだけど、鈴木くんのうちって? 今日、平日だけど、押しかけて大丈夫?」

「あそこ実家、花屋だから、配達でなきゃ、いるよ」

「あっ、そうだったね。お花屋さんだった」


 トオヤの自宅は商店街のなかにあった。

 たずねると、トオヤは仕入れから帰ってきたばかりで忙しそうだった。ワゴン車から出した切り花を、次々、店頭にならべていく。


「悪いけど手短かに頼むよ。話って?」

「中学のとき、戸神玲一くんと同じクラスだったでしょ? 戸神くんの現住所か連絡先を知りたいんだけど。知ってたら教えてくれない?」


 一瞬、トオヤはだまった。切り花をならべる作業も止まる。


「……なんで? 戸神のこと?」

「ちょっと取材したくて」

「もしかして、ウワサの狼男とか、あれのせい?」

「どうして、そう思ったの? 戸神くんが狼男のウワサに関係してると?」


 逡巡しながら、トオヤは言う。

「べつに。なんとなく。でも、ムダだよ。戸神、何年も前に行方不明って話だけど?」

「え? そうなの?」


 これは困った。


「行方不明って、自分で失踪したの? それとも事件に巻きこまれたとか」

「さあ。そこまで知らないけどさ。とくに親しかったわけじゃないし。まあ、でも、たしか実家は旧家なんだよな。どっか山奥の」


「山奥? もしかして林間学校で行ったF村?」

「あ、そうなの?」

「いや、そうなのかなって」

「知らないよ。ウワサで聞いただけ。みんな、あいつのこと、さけてたし」


「どうして?」


 トオヤは言葉をにごした。

「どうしてって言われても……」

「わかった。玉館くんのせいね? とばっちり食うのがイヤだったんだ」


 トオヤは苦い笑みをうかべる。

「まあね。うちも、あそこのスーパーに店舗、出さしてもらってるしさ。とやかく言えないんだよな」

「やっぱり、玉館くんって、戸神くんのことイジメてたんだ」


 トオヤはカンベンしてくれというように肩をすくめる。


「玉館くんって、今、なにしてるの?」

「親父の店で副社長だかなんだかしてるよ。名前だけ。客にも従業員にも評判わるい」


 ユキは笑った。大きな声では言えない不満が、トオヤにもあるようだ。


「なあ、もういいかな? 配達も行かないと」

「ごめんなさい。ありがとう」


 戸神の住所はわからなかったが、しかたない。聞けるだけは聞いた。

 ユキは礼を言って、花屋を出た。

 アユムの車に乗りこもうとしてると、トオヤが追ってきた。


「思いだした。戸神って、いとこが同じ学校にいたはずだ。名前は忘れたけど、実家がS駅の近くの食堂だったんじゃなかったかな」


「黒猫キッチン?」

「そう。それ」

「黒岩さんか。ありがとう。助かる」


 最後に、いい情報をもらった。


「アユム。次、S駅ね」


 車に乗りこみ、一方的に言う。

 ため息ひとつで、アユムは車を走らせる。


 なにげなく窓の外を見ていたユキは、おどろいた。

 さっき、すれちがったのは、リヒトじゃないだろうか? 昨日はS駅で、降りていったはずだが……。


(そっか。このへんに、お母さんと住んでた市営住宅があるんだっけ? たしか、クラスの女の子が、そこに住んでて、話してた)


 とすると、母親をたずねてきたんだろうか。リヒトが東京の高校に行ったとき、いっしょに引越したような気がしてたが……。


「リヒトくんのお母さんって、まだ、そこの市営住宅に住んでるんだっけ?」


 たずねると、そくざに、アユムが答えた。


「違うだろ。リヒトといっしょに出てったんだよ」

「そうだよね」

「なんで?」

「いや、どうしてるのかなって」

「どうしてるかは知らないけど。そういえば、リヒトのおふくろさんって、F村の出身じゃなかったかな。そんなこと親父が言ってたような」


 F村……ぐうぜんだろうか?

 戸神とリヒトの親が、同じ村の出身。

 なんだか、呼ばれているような気がする。F村に。

 中学二年のあの場所に帰らなければ、何も解決しないような……。


 黒猫キッチンは、とても繁盛していた。通勤前の客が、ひっきりなしに出入りしている。とても取材どころじゃない。


 ユキは店が落ちつく十時ごろに、再度、たずねてみることにした。一時間の空きがある。


「ねえ、柴田くんの家って、このへんだよね? S公園の近くって、お母さんが言ってた」

「ああ。あるな。檀家だよ。親父についていったことあるけど。でも、それこそ平日のこの時間、うちにいるかな?」

「いちおう行ってみようよ」


 車を百円パーキングに置いて、三人で歩いていく。

 S公園をよこぎり、住宅街に入った。塀の上には猫が、うずくまっている。ふつうの三毛猫だ。怪奇な世界に入りこんだわけじゃない。やっぱり、昨日見たのは酔いのせいか。


「たしか、このへん——あった」


 アユムがさしたのは、柴田という表札。二階建ての小さな一軒家だ。


 でも、なんだろう。

 その家を見たとたん、ユキはまた不安になった。


(なんで? こんなにイヤな気分になるんだろう……)


 真夏なのに、窓という窓が閉めきられ、カーテンで覆われている。

 まあ、それだけなら、留守の用心かもしれないが……。


 なんだか、それだけではない。

 あたりの空気が重い。庭木も長期間、ほったらかしにされてる感じ。

 なんとなく、近寄りたくないふんいきの家だ。


「なんか、ここ……」


 入るのイヤじゃない?——と言おうとして、ユキは思いとどまった。

 そんなこと言ってる場合じゃない。

 アユムにはワガママ言って、つきあってもらってるんだし。

 気は進まないが、しかたない。


 ユキは門柱の呼び鈴をならした。チャイムの音が、家の奥のほうで、かすかに聞こえる。誰も出てくる気配はない。


 留守だろうか?

 留守なら留守でいい。取材をあきらめる口実になる。


「……いないみたいだね」


 じゃあ、帰ろうと、言いかけたときだ。

 玄関のドアが、すっと細めにひらいた。

 男の目が、こっちをのぞいている。

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