二章 3—2
リヒトは急に、ユキを見る。
「この住所に今もこの人、住んでるのかな」
ユキはさっきの手紙に、変な名字が一通まざってたことを思いだした。
「戦国武将みたいなの、あった。電話番号、書いてあったよ!」
「よしよし。でかした!」
なるほど。頭をなでられると、異様に気持ちいい。
「古い手紙だから、今もこの番号、使ってるとはかぎらないけどね。リヒトくん、かけてみる?」
スマホをさしだすと、リヒトは顔をしかめた。
「おれ、体質的に精密機器はさわれないんだ。ユキさん、かけて」
どんな体質だ。ああ、クラッシャーか。ていうか、今、ユキさんって言ったよね?
リヒトの言葉に翻弄されまくりだ。
ドキドキしながら電話をかける。
信じられないことに、つながった。
「桝前田さんですね? わたし、『女性……』の記者で、秋山と申します」
事情を説明する。
「蜂巣の息子が話したがってるだって? いいとも。ぜひ、会いたい。だが、仕事中でね。悪いが、三時以降でいいかな?」
三時にS市の駅前で落ちあうことになった。約束をして電話を切る。
「三時か。時間的には、まにあうけど。問題はアユムたちがどうなってるかだよね。リンカ、見つかったのかな」
それに、桝前田が石碑の呪いについて、どのていど知ってるかも定かでない。期待して会ったものの、たいしたことは知らなかった——という可能性もある。
「時間はロスしたくないよね。二手にわかれたほうがいいかな。こっちの調査も続けて」
桝前田に会うなら、父親が友人であるリヒトが適任だ。でも、今、離れてしまうと、二度と会えないような気がする。行ってほしくない。
ユキは迷った。
「あっ、そうだ。もし呪いを解くときに、本人がいないといけなかったら、マズイよね。わたしとリヒトくんは村に残ったほうがいいんじゃない?」
われながら、うまい言いわけを思いついた。
矢沼が悲鳴のような声をあげる。
「そんなの必然的に僕が行くってことじゃないですか」
「そうだよ。できるよね? リヒトくんは都合が悪くなったからって言って。リヒトくんのお父さんが、なんの研究してたか聞くだけだよ」
「タクシーもなさそうだし、電車も通ってなさそうだし……」
「さっき村の入口にバス停があった。トンネル入る前」
「そうでしたっけ……」
「そうだったの。たとえ、一時間に一本だとしても、三時には、まにあう」
「あんなとこまで一人でテクテク歩いてくのか……あのトンネルぬけて?」
いつにもまして、文句タラタラだ。たしかに、あのトンネルは、ちょっとハードルが高い。
しかたない。ユキはアユムに電話をかけた。つながることは、つながった。が、アユムは声をひそめて、口早に状況を告げてくる。
「悪い。今、戸神んちなんだよ」
「えっ? なんで、戸神くんち?」
「戸神のうち、村一番の旧家なんだよな。それで、リンカの撮影班が来てたから」
「じゃあ、リンカといっしょなんだ?」
「うん。だから、緊急以外、ラインにしてくれ」
「わかった。こっちも、リヒトくんと会ったよ。あとで、そっち行くよ。戸神くんちって、どのへん?」
「神社の近く。とにかく、デッカいウチだから、すぐわかる」
「オッケー。じゃあ、あとで」
電話を終えて、矢沼を見る。
矢沼は、なさけない顔をした。
「……わかりましたよ。僕一人で、あの心霊トンネル越えて行きますよぉ。僕が霊に取り殺されたら、責任とってくださいよ」
何がおかしいのか、リヒトは笑いをこらえるのに必死だ。ほんとにソックリだ、とかなんとか、つぶやいてる。
三人で中学校の坂をくだっていった。
坂の下で話していた女たちはいなくなっていた。
人家は、どこも戸が閉めきられている。なんだか、無人の廃村みたいだ。
村に入ったときから感じた違和感が、ずしりと肩にのしかかってくる。
何かが、おかしい。
村人はユキたちを警戒していた。いや、警戒というより、恐れていた。
ユキたちを?
それとも、もっと別の何かを……?
「妙な村だよね。人の姿はないのに、なんとなく誰かに見られてるような気がする」
リヒトは、うなずいた。
「見られてるな。カーテンのすきまや、雨戸のかげから」
リヒトの指さすさきを見る。たしかに、そのとおりだ。
ユキが見た瞬間に、すっと人影が動き、カーテンの奥にかくれる。わずかに開いていた雨戸が、カタンと閉まる。
「みんな、おれたちを見張ってる」
「なんで?」
「あんがい、例の呪いに関係してるのかも」
やっぱり、みんな、呪いの存在を知っていて、秘密にしている。
ユキたちが今現在、祟られてる対象だと知ってのことか。単に、よそ者だからなのか。
リヒトが言った。
「もしかしてだけど、誰かが祟られてるときってのは、村にも異変があるんじゃないか? だから、あんなに警戒してるのかもしれない」
なるほど。もっともだ。
いやな視線を背中に受けて、歩いていく。
「そういえば」と、とつぜん、矢沼が言いだした。
「この村って、犬を見ないですね。農村って、ふつう、番犬とか飼ってるもんでしょ? 動物よけに」
そういえば見ない。熊とか猿とか、いかにも出てきそうなのに。
それに、犬だけじゃない。猫も見ない。町から猫が消えていくあの現象が、この村でも起こっているのか?
「とにかく、アユムとハルナは戸神くんのうちにいるっていうし、行ってみよう。こうなったら、ちょくせつ本人に聞くしかないよ」
矢沼はバス停に向かうので、途中で別れる。
神社の場所は、おぼえている。
ユキは記憶に残る道を歩いていった。
やがて、神社を包む林が見えてきた。
こんもりと黒い木々のかたまりが、うずくまった獣のように見える。
そのとなりに屋敷があった。
ものすごい豪邸だ。漆喰の塀にかこまれた、古めかしい日本建築の母屋。かやぶき屋根の離れ。蔵もある。家のなかで迷子になりそうな広さだ。
「あれが、戸神くんの実家。リヒトくんは何度も行ったことあるんでしょ?」
ふりかえると、リヒトの姿は消えていた。
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