41話 決着



暗闇に響く機関銃の轟音に混じって、嘲笑する嘉神の声が聞こえる。くぐもった声なのは、明かりを落とすと同時にコンテナの中に逃げ込んだからだな。


「太刀村、まだ生きてるか!防弾チョッキぐらいは着ているかもしれんが、その機関銃は熱源反応を狙って銃撃してくる!」


……防弾チョッキなど着ているものか……俺が着ているのは税込み29800円の安物スーツだ……


「全弾撃ち尽くすまでの時間は1分少々だ!もう聞こえてはいないだろうがな!」


銃声が止み、静かになった倉庫の中で、着地する足音が聞こえた。二段積みのコンテナの中から飛び降りたようだな。


蛍光灯に明かりが灯り、倉庫の中に影が生じる。ソンブラが活動する為に必要とされる影が……


「鉛弾を山ほどもらった感想を聞きたいものだが、死体はモノを言えん…し……な!……ない!太刀村の死体はどこだ!?」


「ここだよ。あいにくまだ死体じゃないがな。」


俺はコンテナの上から飛び降り、鎧を再形成して装甲に食い込んだ銃弾を払い落とした。


「バ、バカな!貴様、なぜ生きている!」


「なぜ生きているかって? おまえを死体に変える為にだよ。」


「生身の体で銃弾の雨を喰らって生きているはずはない!ないんだ!」


「少しは考えろ。生身の体で生きているはずがないなら、生身じゃなかったってだけだろう。」


「ソンブラが活動する為には影が必要だ!!なのにどうして……」


「ソンブラは影がなくては活動出来ない。確かにそうだ。は、だがね?」


魔剣ノーラには他の魔剣と一線を画する特徴がある。影がなくとも活動が可能、という特徴が。ヒントをやった町田はこの事に気付いたようだが、暗闇の中で死を待つばかりで、嘉神に伝える事は出来なかった。


「か、影がなくとも活動出来るソンブラだと!? き、貴様の影は、い、一体なんなんだ!」


「魔界での名は静寂の王。今は太刀村灰児の持つ魔剣、……ノーラ。」


名乗りを上げた魔剣を鞘から引き抜き、ゆっくりと嘉神に歩み寄る。


「武装化しろ。それとも無抵抗で殺されたいのか?」


「う、うぬぬ!……勝負だ、太刀村ぁ!!」


武装化した嘉神の繰り出す魔剣シャザーを魔剣ノーラで受け止める。


「片腕になった分、パワーが足りない。嘉神、工夫して戦わないと勝機はないぞ?」


「黙れ!このぐらいのハンディがあって丁度いいのだ!私は王の中の王なのだからな!」


斬り結びながら喚く嘉神。どこかで聞いた台詞だな。……ああ、思い出したぞ。


「腐肉の王、肉倉も同じ事を言ったよ。似た者同士が利害と打算でつるんでいた、か。外道二人のサクセスストーリーなんて、笑えないジョークだ。」


精神的には兄弟でも、近接戦の腕は肉倉よりも立つようだが。


「こ、此奴こやつらの基礎能力の高さはどうなっておる!余の宿主強化能力は王級でも最強クラスのはず……」


「魔剣シャザー、最強クラスと最強の間には超えられない壁があるだけなのがわからない? 私と灰児以上の親和性を持つ魔剣と宿主はいない!」


かつて斃した4人の王より、嘉神とシャザーの能力は上だ。だがそれでも、俺とノーラの敵ではない!


浅手を負う代わりに深手を負わせ、それを繰り返すうちに戦いの趨勢はこちらに傾いてゆく。


そして魔剣シャザーの弱点もわかった。ここまで追い詰められた事のない魔剣と宿主は、治癒と攻撃のバランス取りに不慣れだ。傀儡化した兵隊を使い、圧倒的に優位な状況でしか戦った事がない者の弱みが露呈したな。


……今だ!力点を左腕に集中、装甲の厚みを増して魔剣シャザーを受け止める!刃は骨にまで達したが、代わりに嘉神の左脚を膝ごと両断する!


「ぎゃあぁぁあああ!!」


片脚を切断され、悲鳴を上げた嘉神の土手っ腹を蹴り飛ばし、コンテナに叩きつけてやった。


「今のは元町支店の同僚達の分だ。そしてこれが……」


剣を杖に立ち上がった嘉神の苦し紛れの一撃を魔剣で跳ね上げ、右脚を切断する!


「ひぃぃぃいいい!!」


「細山田部長の分!!」


納刀した俺は、魔剣シャザーを手放し、片腕で這って逃げようとする嘉神の背中を踏みつけた。そして両手で嘉神の右腕を掴んで力一杯引っ張る!


骨が軋み、肉の引き千切れる音は仇敵の悲鳴でかき消された。


「あああぁぁぁ!!は、離せぇ!あががぁ……う、腕が……も、もげ……」


ブチンと音を立てて、嘉神に残された最後の四肢は胴体から引き千切られた。俺は骨が露出し、血が滴る腕を後ろ手で放り投げる。


「これは澪の分。最後は…」


隙を狙って飛んできた魔剣シャザーを左腕で受けたが、剣先は手甲を割って深々と腕に食い込み、血が流れた。


「……気が済んだか?」


「ま、待て!よ、余は…」


刃の食い込む腕に力を込め、魔剣の動きを封じてから、魔剣ノーラを引き抜く。


「先に地獄に行ってろ!宿主もじきに送ってやる!」


魔剣シャザーは本体であるレリーフを破壊され、沈黙した。


逃げ出そうにも四肢の全てを失い、芋虫のような有り様になった嘉神はもうなにも出来ないでいる。俺はうつ伏せに倒れている嘉神の体を爪先でひっくり返して顔を近付け、囁いた。


「わかってるよな? 最後はおまえに相棒と恩人を奪われた俺の分だ。」


「た、助けてくれ!頼む!欲しいモノはなんでも…」


「俺が欲しいのはおまえの命だ!!地獄に堕ちて澪に蹴り飛ばされてこい!!」


「ぐええええぇぇぇ!!」


魔剣ノーラが宿敵の喉笛に突き刺さり、嘉神は派手に吐血しながら絶命した。


「……終わったわね、灰児。」


「……ああ。終わったな。」


魔剣を鞘に納め、武装化を解いた俺がポケットから煙草を取り出して咥えると、人型になったノーラが澪の形見のライターで火を点けてくれた。


「大仕事を終えた後の一服はひときわ美味しいみたいね? 少しほろ苦いのかもしれないけど……」


……わかってる。嘉神を殺したところで誰も帰ってはこない。それでも……やらずにはいられなかっただけだ。


「確かにほろ苦いな。だが……格別だ。」


紫煙を燻らせ、踵を返して立ち去る俺の傍らには、一緒に歩いてくれるノーラがいる。俺の愛する影が……




……復讐は終わった。俺は……これからどう生きるべきなのだろう?


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