11話 無駄は楽しめる、不毛は楽しめない
「あ、灰児。例のモノ、仕入れてあるわよ。持っていく?」
「頂こう。いつもすまんな。」
冥がカウンターの上に置いた紙袋を受け取った俺を、澪と町田がジト目で睨んできた。
「……灰児、いかがわしいモノじゃないでしょうね?」 「違法的な匂いがプンプンしますが……」
「このブツに中毒性はあるが、違法性はない。」
「灰児、奥の個室に行きましょう。」
ノーラと俺の趣味の時間だな。俺は本棚からファッション誌の最新号を掴んで奥の個室へ移動した。
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「……なにやってんのよ、灰児。」 「………」 「……灰児さん、なにそれ?」
頼みもしないのに着いてきた澪と町田、それに晶は俺のやっている事に理解を示さなかった。
「なにをやってんのよって見れば分かるだろう、プチプチ潰しだ。」
「灰児さん、それって楽しいの?」
「楽しいね。なにも生み出さない非生産的な趣味だが、実に楽しい。」
冷ややか、呆れ、不可思議、そんな視線を意に介さず、俺はプチプチを潰し続ける。
プチプチ潰しは孤児院にいた時からの俺の趣味だ。たまに孤児院に缶入りクッキーなどの差し入れがあったが、俺が嬉しかったのは中身のクッキーではなく包装してある気泡緩衝材、いわゆるプチプチだった。
紫煙を燻らせながら黙々とプチプチ潰しに興じる俺の隣では、人型になったノーラがファッション誌を読み耽っている。ノーラはお洒落ソンブラで、ファッションの研究には熱心だ。気に入ったデザインの服を真似て形成し、個室の大鏡に姿を映して出来映えをチェックしている。
「……主任、これが最強の宿主と最強の魔剣なんですか?」
「言わないで、頭痛がしてきたから。灰児、さっき言いかけた省吾のボスなんだけど…」
「頭痛がするならサッサと帰れ。」
「いいから聞いて!今回の件は上司の上司が出張ってきてるの!それだけの案件なのよ、分かった?」
「上司の上司? 特対4課の上って事か?」
「ええ!特対課を統括する特殊犯罪対策本部長、
4課の課長、
……もしくは4課を介入させたくない何かがある、とか? 杞憂だとは思うが、もしそうなら深入りは禁物だ。特殊犯罪対策課の内部抗争に巻き込まれるのは面白くない。
「やっぱりここだったか。澪、捜査に戻ろう。無職の中年男に構っている時間は僕達にはない。」
お高いスーツを着た不快指数上昇装置の登場か。ノーラが露骨に嫌そうな顔になったが無理もない。
「俊介、私は必要だからここにいるの。アンタはアンタで捜査してなさいよ。」
「おいおい、僕達は相棒じゃないか。冷たい事を言うなよ。」
「アンタの相棒になった覚えなんてこれっぽっちもないんだけど?」
「澪、話は
「太刀村、ちょっとばかり強いソンブラを連れてるからっていい気になるなよ? おまえなんかノーラがいなければ社会のゴミなんだからな。」
「おまえの相棒はそのゴミの手をしょっちゅう借りてる訳なんだが、そのあたりの見解を伺いたいものだな。」
「灰児、俊介は私の相棒じゃないって言ってるでしょ!聞いてなかったの!」
不本意なのは分かったがキンキン声で怒鳴るな。せっかくの癒しの時間が台無しだ。
「澪が風見鶏と組んでいようがいまいが、俺にはどっちでもいい事だ。」
「僕は風見だ!4課のエース捜査官の名前ぐらいちゃんと覚えておけ!」
「……風見、人間は無駄な事は楽しめる。だが不毛な事は楽しめない。」
「なんだよ唐突に!なにが言いたいんだ?」
「おまえとの会話が不毛だと言っている。いちいち言葉の裏を説明しなきゃならないあたりが特にな。」
「だったら裏のない言葉で話せばいい!孤児院育ちの無職だけに裏道がお気に入りなんだろうけどな!裏街道を歩く裏稼業、お里が知れるとはよく言った…」
プチプチを潰す手を止めて席を立ち、風見の前に立つ。コイツと同じ背丈があって良かった。風見鶏に見下ろされるのは面白くないからな。
「俺が無職なのは孤児院育ちだからじゃない。裏街道を歩いているのもだ。」
「だ、だったらどうだって言うんだ? いいか、犯罪者と認定された宿主の基本的人権は剥奪される。僕がその気になればいつでもそう出来るんだぞ!」
「それで?」
「そ、それでって……いいのか、そんな事態になっても!」
「良くはないが、おまえが気にする必要はない。死人は細かい事を気にはしないものだ。」
「んなっ!太刀村!ぼ、僕を殺すと言ってるのか!」
当たり前だろう。証拠もナシで恣意的に権力を行使する輩に遠慮する理由がどこにある?
「そう聞こえなかったなら俺の言い方がマズかったんだろう。普通はそう取る以外にないと思うが、立派なのはブランド物の整髪料を塗りたくった
風見鶏が振りかぶった右手を掴み、背中向きに捻り上げながら足を引っ掛けてうつ伏せに倒し、腰の上に座る。宿主を守ろうとした影はノーラが掴んで武装化を阻止、と。これにて制圧完了だ、チョロい奴だな。
「太刀村、早く僕から降りろ!これは公務執行妨害だぞ!」
「恣意的に犯罪者認定が出来ると恫喝したおまえは職権濫用罪だ。おあいこじゃないか?」
「灰児、そこまでにしといて。俊介はすぐに連れ出すから。」
布地は高いが座り心地の悪い椅子から樫の木の椅子に座り直した俺は、実演した内容を晶にレクチャーしておく事にした。
「晶、今のが典型的な雑魚ムーブだ。眉を吊り上げながら鼻に皺を寄せて怒りを悟らせ、右手を振りかぶって攻撃方法まで教える。」
「ざ、雑魚ムーブ……ぷぷっ。」
ズボンに付いた汚れを払いながら風見鶏が怒鳴った。
「誰が雑魚だ、誰が!」
ノーモーションで繰り出した拳の風圧が風見鶏の鶏冠を揺らし、鼻先ギリギリで停止する。
「こういう感じで、殴る時はいきなり殴れ。顔には出さずにいきなりだ。」
「うん!振りかぶっちゃダメなんだよね!」
「そうだ。振りかぶると見せて同時に蹴るという高等技術もあるが、晶にはまだ早い。」
「女子高生に物騒な事を教えないの。俊介、町田、行くわよ。」
「主任、今追ってるヤマの件はいいんですか?」
「灰児は乗り気じゃないみたいだから仕方ないわ。俊介がいらない茶々を入れて機嫌まで損ねるし。」
「僕は悪くない!太刀村が…」
「もう黙ってて!……灰児、どうしても手に余ると判断した時はお願い。」
「気が向いたらな。」
個室から捜査官トリオが出ていったので、プチプチ潰しを再開する。
晶とノーラは雑誌を見ながらファッション談義、セバスチャンは羽根ペンを取り出し"お嬢様日誌"と書かれた本に記録を付け始める。
アルに珈琲のお代わりを頼もうか。毎日が休日の無職ではあるが、それが穏やかな休日であればなおいい。
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