10話 権力の犬は猫のフンがお好き



冥のソンブラ、アルジャーノンは珈琲を淹れるのが上手いだけではなく、ケーキ作りも上手だったらしい。


らしい、というのは俺は食べた事がなかったからだ。だがアルジャーノンの作ったケーキを頬張る晶の表情からして上手なのは間違いなさそうだ。


「このチーズケーキ、おいっしー!アルはケーキ作りも上手なんだね!」


「俺が上手いんじゃない、冥が下手なんだ。しかしなんで俺がこんな事を……」


ボヤくソンブラに俺は疑義を呈してみた。


「おい、アル。さっきは…」


「略すな。俺はアルジャーノンだ。」


「それだよ。今、晶も略しただろう? なぜ訂正を求めない。」


「人によって差別しているだけだ、文句あるか?」


「差別主義者は社会の敵だぞ?」


「無職も社会に貢献してない。貢献してないだけならまだしも、灰児は数々の違法行為に手も染めてる。俺の事をどうこう言えた義理か?」


殺し屋のソンブラだったアルに説教されてもな。まあ目糞鼻糞の話ではある。


「ノーラ、こう仰ってる。俺達は略すのは禁止らしい。」


「ふうん、いい度胸ね。」


俺の両腕の影が勝手に動き、ポキポキと指を鳴らした。


「……ノーラもアルでいい。逆らうと怖い。」


「おいおい、弱気だな、アル。」


「アルジャーノンだ!……ノーラには夢に見るぐらいボコボコにされた。絶対領域とかマジで反則だろ……」


ソンブラも夢を見るのか。まあ、あの時はちょっとやり過ぎたよ。反省はしてないけどな、うん。


────────────────────────────


「あら灰児、丁度よかった。アンタの鼠小屋に行くところだったのよ。」


町田を連れて澪が参上か。省司だか省吾だかの背景でも割れたのかな?


「澪、家主の孫の前で鼠小屋呼ばわりはよせ。ついでに言えばこのサ店も同じ家主だ。」


「知ってるわよ。マスター、相変わらず流行ってない店ね。」


「大きなお世話よ、公権力の犬。」


この店が流行らないのは冥の豆農家を愚弄するが如き腕のせいだけどな。ついでに言えば俺も含めて客層も悪い。冥のお仲間がお仲間を呼んで、そのお仲間がまたお仲間をって連鎖で宿主の客がとにかく多いのだ。そしてまともな人間が来店すると、喜んだ冥がやめときゃいいのに珈琲を淹れ、当然、二度と来ない。こうして特対課の連中が「ソンブラ喫茶」と呼ぶお店が完成した訳だ。


「澪さん、翠の事はどうにかなりそう?」


「暗室送りだけは避けたい戸村と話をつけるなんて簡単よ。ついでにあのコの母親とも話をつけた。養育する意志も能力もない親の元にいたって仕方ないわ。親権までは取れないけれど、翠ちゃんは私と暮らす事になる。」


「ホントに!?」


「ホントホント、翠ちゃんの面倒は私がちゃんとみるから。あのコは家事が上手みたいだから助かるわ~。」


「おい、なにがちゃんと面倒をみるだ。パーカー娘が澪の面倒をみるって話じゃないか。」


「墓場田は見るからに女子力が低そうだけど、女子高生以下だったとはね。ついでに言えば未成年者略取は親告罪じゃないはずよ。法の番人として問題じゃないのかしら?」


俺と冥の糾弾に澪は法の番人にあるまじき返答をしてきた。


「法は人を幸せにする為にあるの。だから法が人を不幸にするっていうなら私は良心の名の下にねじ曲げる。それと私は墓場田じゃなくて袴田よ!」


ま、パーカー娘にとっては悪くない話か。鑑別所より澪の家政婦をやる方がいくらかマシだろうからな。


「じゃあ翠は学校を辞めなくていいんだね!」


「ええ。翠ちゃんが落ち着いたら三人でお話しましょ。お友達同士で仲良くね?」


嫌な予感しかしないが、聞かない訳にはいかないな。


「友達? 誰と誰がだ?」


「私達に決まってるでしょ。晶ちゃんと私はもうお友達だもんねえ~。」


「灰児さん、私ね、"卒業したら特対4課にこない?"って誘われてるの!」


しまった。晶に澪には注意しろって言うのを忘れてたぞ。


「晶、ひょっとして特能を澪に話したのか?」


「いけなかった? 灰児さんが後始末を任せるぐらいだから信用してるんだと思ったし、澪さんは"灰児と私は相棒みたいなものよ"って言うから……」


誰が相棒だ、誰が。澪が晶の特能を知ったのは面倒だな。この女は油断ならない。


「澪、警告しておく。晶をどこぞの無職中年みたいに都合よく利用していると判断すれば、俺にも考えがあるからな?」


「分かってるわよ。私にだって良心ぐらいはあります。アル、カペ・アラミドをお願い。町田にはアメリカンでいいわ。」


「ジャコウネコの糞をありがたがって飲むのが権力の犬とは笑えるわね。」


おおよそ客に向かって吐く台詞ではないが、気分的には冥に加勢したい。


「それで、ホストスーツの背景は割れたのか?」


「ええ、残念ながら省吾のボスは灰児の追ってる「無影の王」じゃなかった。」


「今回も外れか。まあ期待はしてなかったが。」


無影の王の眷族があそこまで馬鹿だとは思えない。奴は眷族を慎重に選んでいる。


「でも放置は出来ないのよ。その氏族っていうのが…」


「言わなくていい。無影の王じゃなかったなら興味はない。」


「灰児、話を聞いて。省吾の仕えている王も社会の敵、大きな脅威なのよ。」


「社会の敵は特対課の敵で、俺の敵じゃない。それより町田は信用出来るのか? 新人の前でペラペラ喋るのはいいが、面倒は御免だ。」


「大丈夫よ。町田は4課の新人だけど、特対課の新人じゃないから。」


「って事は他の課にいたのか。なんでまた悪名高い4課に?」


「1課に2年ばかりいたんだけど、お上品ぶった1課が水に合わなくて4課に転属してきたの。身元も問題ないし、なかなか使える男だし。重宝してるわ。」


「綺麗事をのたまうよりも結果を出す。俺は4課向きの性格だって思ったから転属願いを出したんです。」


この若いのも物好きだな。1課は特対課の本流、4課ははみ出し者の集まりだってのに。


しかし今回も宿敵の影を踏む事は叶わず、か。だがどれだけ遠回りをしようとも……無影の王、俺の平穏な生活を壊した野郎だけは、この俺がケジメをつけなくてはならない。




そして奴を斃したら……俺は職安に行き、サラリーマンに戻るんだ。……戻れるかどうかはさておき、な。



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