9話 喫茶店マスター、刀根川冥



婆さんからの依頼を受けた俺は居間に戻って依頼内容を晶に告げ、早速戦闘訓練をつける為に雑居ビルのダンススタジオだったテナントに移動する。


「晶、武装化だ。」


「はいっ!いくよ、セバスチャン!」 「了解です、お嬢様。」


俺も武装化し、魔剣を構えた剣士二人の姿が部屋の壁に張り巡らされた鏡に映った。


「俺は熊田の戦い方を真似てみる。遠慮せずに全力でこい。殺す気でな。」


「で、でも灰児さんに万一の事があったら……」


「晶にそれが出来るなら引き受けない。出来ないから引き受けたんだ。婆さんがなぜ一泊ドッグに行ったのか分かるか?」


「え!?」


「両親の件を境に禁煙もしただろう。無頼な生活をしてきた婆さんが健康に気を使い始めた理由……自分が死んだら晶が一人になるからだ。」


「……お婆ちゃん……」


「婆さんは晶と一日でも長く一緒にいたいと願ってる。だが希少な能力を持つ宿主となった晶が弱いままでは、婆さんよりも先に死ぬ。分かったら全力でこい!」


「はいっ!いきます!」


俺は力任せの熊田の闘法を真似て晶の相手をする。


「そらっ!」


「くうっ!」


魔剣を魔剣で受けたのはいいが、力負けして吹っ飛ばされた晶はスタジオの壁に激突する。ダンススタジオだけに防音設備は整ってるから、騒ぎにはなるまい。このビルは無人だしな。


「安易に魔剣で受けるな!パワータイプの思うツボだぞ!」


「はいっ!」


一時間ほど訓練をし、晶のダメージが累積してきたので切り上げた。分かってはいたが晶は宿主としてかなり未熟だ。


「反省会だ、晶。」


「はいっ!」


俺がパイプ椅子に腰掛けてそう言うと、晶は俺の前に正座した。結構体育会系の性格をしてるようだ。


「迂闊に受けなくなったのは良し。だがもっと精神を影に同調させろ。ハッキリ言って晶はセバスチャンの力を半分も活かせていない。俺の見立てではセバスチャンは子爵級の力を持つソンブラだ。特能が戦闘向きではないとは言っても、男爵級の熊田に一方的に負ける訳はない。」


「……そうなんだ。ゴメンね、セバスチャン。未熟な宿主で……」


「勿体ないお言葉です、お嬢様。」


健気な執事はお嬢様の傷を治しながら答えた。ソンブラは宿主の怪我を治す力もある、だがこのコンビの場合、そこもネックになっている。


「セバスチャンにも問題がある。宿主の傷に敏感になりすぎだぞ。」


「しかしお嬢様あっての私で御座いますので……」


「ダメージの回復に力を使ってる間に、それ以上のダメージを喰らってる。それじゃあ意味ないだろう。治すべき傷と後回しにする傷、その判別はソンブラの仕事だ。宿主がそこまで指示してたんじゃ戦闘に集中出来ん。」


「セバスチャン、灰児が最強の魔剣士なのは、最強の魔剣である私を使いこなしているからよ?」


「なるほど、灰児殿はノーラ殿を知り、ノーラ殿は灰児殿を知る、という訳ですな。」


「俺が最強の魔剣士なのかどうかは知らんが、晶達よりコンビとして成熟している。晶はセバスチャンが傷を治しにかかると思えば引いて剣戟を抑えめに、セバスチャンは晶が勝負を賭けに行くと思えば魔剣に力を集中、そういう役割分担を阿吽の呼吸でこなせるようになれば、滅多な相手に不覚は取らん。今日のレッスンはここまでにしよう。」


「はいっ!ありがとうございましたっ!」 「またの御教授、よろしくお頼み申す。」


「運動した事だしお茶にしよう。このビルの向かいにある喫茶店に行こうか。」


晶の安全の為に保険を掛けておきたい。気は進まんが冥に頼むしかないな……


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令和の時代にある昭和の喫茶店、それが「パープルシャドウ」だ。


カランカランとドアチャイムが鳴り、店主の冥は俺の顔を見て微笑んだ。


「あら、灰児。今日はえらく可愛いお連れさんが一緒ね?」


「剣崎の婆さんの孫の晶だ。」


「はじめまして!剣崎晶と言います!」


「はじめまして。私は刀根川冥とねがわめい、灰児の彼女よ。」


「そうなんだ!灰児さんってこんな綺麗な彼女さんがいたんだね!」


「違う!冥、初対面の人間にいきなりデマカセ言うんじゃない!」


確かに綺麗な女ではあるんだがな。特にパープルのアイシャドウが冥の美貌を引き立たせている。


「デマカセじゃないわ。彼女なのは事実でしょう?」


中年男をからかって遊ぶなよ。俺の人生には既に一度奇跡が起きてる。二度起きないから奇跡なんだ。


「供託金が無料だからってろくでもない選挙に立候補するな。悪い事は言わんから出馬を辞退しろ。」


「あら、お生憎。もう出走しちゃったから、ゴールまで駆け抜けるわね。」


恋バナと見た晶の顔に興味津々と書いてある。話を変える為にも本題を切り出そう。


──────────────────────────


「要するに灰児が不在、もしくは身動きが取れない時には、私が晶ちゃんを守ればいい訳ね?」


「頼めるか? もちろん報酬は払う。」


「いいわよ。それじゃあ晶ちゃん、電話番号の交換をしておきましょうか。」


「はい!よろしくお願いします、冥さん!」


これで俺の不在時に晶が厄介事に巻き込まれても大丈夫だろう。冥に勝てる宿主はそうはいない。勝負するには最低でも伯爵級、でないと相手にさえならないだろう。


番号交換を終えた晶が冥に質問した。


「ところで灰児さんと冥さんってどんな関係なんですか?」


「うふふっ。晶ちゃん、私はね、灰児に殺された女なのよ。」


「おいっ!」


「いいじゃない。私は晶ちゃんを信用する事にしたの。将来の大家さんだしね。」


「私が……大家さん?」


キョトンとした顔の晶に冥が説明する。


「この喫茶店も晶ちゃんのお婆さんが所有する貸し物件なの。私は店子って訳ね。晶ちゃんのボディガードの報酬は将来の家賃で相殺させてもらおうかしら?」


ちゃっかりしてやがんな、おい。


「それで灰児さんに殺されたっていうのはどういう事なんですか?」


冥は周囲を見回して誰もいない事を確認した。あまり流行ってないこの店には、俺達以外に客はいない。


「……私は以前は殺し屋だったの。いい加減、厭気が差してたところに、ボスが代替わりしてね、やり方が一層阿漕あこぎになった。それでもう何もかもどうでもよくなっちゃってね。全部終わりにする事にしたの。でも私の影は私を死なせてはくれない。」


客の袖口で磨かれたウォールナットのカウンターに映った冥の腕の影。その影が人の形を取り、呟く。


「当たり前だろう。冥が死ねば俺も道連れだ。」


「……だから私を終わらせられる男に依頼したの、"私を殺してくれ"って。」


「それでそれで!」


話をせかす晶に冥は大袈裟に肩を竦め、ため息をつきながら答える。


「ところが灰児は期待外れだった。私を倒したところまでは期待通りだったけれど、"おまえの自殺に影まで巻き込むな"とか言ってね、お節介にも私を殺した事にして逃がしたの。ちょっと前まで海外に潜伏していたんだけど、灰児ったら私のいた山王会と取引までしてくれてね。それで帰国したのよ。」


期待外れで悪かったな。余計な節介だったのは認めるが。


「概ね事情は合ってるが、言葉は正確に。"山王会の殺し屋、夜見川零を始末して欲しい"が、おまえからの依頼内容だったはずだ。依頼は達成した、山王会の殺し屋、夜見川零はもういない。」


「じゃあ熊田の言ってた夜見川って冥さんの事なの?」


「ええ、夜見川零よみかわれいが以前の名前。でも今は刀根川冥、私は灰児のくれた新しい人生を生きるわ。灰児、私を生かした責任は取ってもらうからね?」


どこまで本気か分からない冥の台詞を聞き流しながら俺は珈琲を啜る。……相変わらずマズい。煙草に火を点け、口直しをしながら店の実質上の調理担当にリクエストした。


「アル、珈琲を頼む。」


「いいだろう。だが俺の名はアルジャーノンだ。勝手に略すな。」


気難しい冥の影が床に伸び、奥にある厨房へ入っていく。




冥、新しい人生を生きるのはいいが、珈琲の淹れ方ぐらい練習しろ。ソンブラ任せの喫茶店とか笑い話になってない。




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