8話 社会の縮図



夜が更けようと新宿は眠らない。俺は晶を婆さん宅に送り届けるべく、車を走らせる。ノーラ、アイリ、セバスチャンのソンブラトリオは小型化してアームレストに腰掛けていた。ソンブラの実体化は人間サイズ以上に大きくはなれないが、小さくならバービー人形サイズにまでなれる。


「灰児、後1時間半しかないとか言っていたが、なにがあるんだ? 一件落着のはずだろう。」


権藤は耳ざといな、聞いていたのか。


「2:00から深夜アニメ「魔法探偵マジカルマリカ」が放送されるからよ。灰児は「マジマリ」のファンなの。」


「違う!おまえが無理矢理見せてるんだ!確かに俺は夜型だが、深夜アニメを見る為に夜更かししてるんじゃない。」


「灰児さん、大丈夫。私が録画してるから。」


晶も見てるのか。しかも予約してまで……


「お嬢様、録画予約したのは私めにございます。」


ソンブラに録画予約させてるのか……


「アイリも「マジマリ」は見てるよ~。ゴンドーと一緒にね!」 


ソンブラでも少女、アイリはマジマリのメイン客層ではある。そして権藤も俺同様、付き合わされてるのか……


「権藤も大変だな。」


「なにがだ? 俺はマジマリを楽しんで見てる。問題あるか?」


「アンタ俺より十ほど年上だったよな……」


「アニメ鑑賞にいつから年齢制限がかかったんだ? だいたい灰児だって住んでるビルの漫喫が廃業する時に蔵書を全部買い取って、一人漫喫を満喫してるらしいじゃないか。」


権藤、そんなダジャレに突っ込む程、俺は優しくないからな。


「休日は暇なんだよ。俺以外に誰もいないビルを好きに使って何が悪い。」


「灰児さん、無職なんでしょ? 毎日休日なんじゃ……」


……たまにアルバイトはしてる。


「ねえねえ、それより今夜のマジマリの展開よそーをしよーよ!アイリはねー、こう思うんだ、前回のヒキから考えてー……」


他にする事もなかった人間三人とソンブラ3人は、車内で「マジマリ」の展開予想を論議する事にした。


─────────────────────────────────


晶の一件が片付いてから一週間、俺は仕事をする事もなく、無職の気楽さを堪能していた。


目覚ましなど掛けない。起きた時間が起床時間で、眠くなったら就寝時間が無職の王道だ。


そうは言っても、かなりの確率でノーラが点けたテレビかゲームの音で起こされるのだが。


……今朝はゲームか。俺も好きだがノーラも好きだな。


「なかなか凶悪な連携ね。でも甘いわよ、晶ちゃん!」


「あいたた!ノーラさん、即死コンボ上手すぎ!セバスチャン、ちょっと代わって。」


「お嬢様に代わってお相手しましょう。」


「……なにやってる?」


「見ての通り、格ゲーよ。」 「おはよー灰児さん。」 「お邪魔しております。」


「いや、格ゲーやってるのは見れば分かる。どうやって入った。」


大体に何しに来たんだ? 学校はどうした?……今日は祝日だったか。サラリーマン時代は納品や発注の関係で祝祭日には敏感だったが、無職になってから無頓着になったな。


「晶ちゃんが訪ねて来たから私が入れたの。CPU戦に飽きてたとこだったから。」


あきれ返った俺にセバスチャンがうやうやしくアタッシュケースを渡してきた。


「なんだこれは?」


「大奥様から灰児殿に渡してくれと預かりました。」


「こないだの件のお礼じゃないかな。お婆ちゃんは折目にうるさいから。」


「灰児、お菓子だったらお茶にしましょ。」


茶菓子な訳あるか。どこの世界にアタッシュケースに贈答用菓子を入れる馬鹿がいる。


ベッドの上でアタッシュケースを開けてみた俺は目眩がした。アタッシュケースには札束が詰め込まれていたのだ。


「灰児さん、中身はお菓子だったんでしょ? お婆ちゃん、"誰でも喜ぶ山吹色のお菓子を詰めといてやったわ"とか言ってたから。」


剣崎の婆さんは越後屋か大黒屋だったらしい。山吹色のお菓子は誰でも喜ぶ、それは確かだ。裏がなければだが、な。


「ちょっと電話してくる。大人しく遊んでてくれ。」


俺はトレーニングルームに移動して婆さんに電話してみる事にした。


────────────────────────────────


「アロハ♪」


能天気な婆さんの挨拶にイラッとする。BGMのウクレレの旋律にもだ。


「アロハじゃない。婆さん、どういう事だ?」


「アロハでいいんじゃよ。ここはハワイ、常夏の島じゃからして。」


「ハワイ?」


「一泊ドッグのついでに予防接種を一通り受けてきた。ワシは爺婆フレンズと一緒に世界一周旅行を楽しむ。半年ほどで帰るから、その間、晶を頼むわえ。」


ろくでもねえフレンズだな!大方資産家仲間なんだろうが……


「断る。子守りのバイトを始めた覚えはない。」


「灰児さん、晶の能力を悪党どもが知ればどうなる?」


「今回の事件みたいな事になるだろう。」


「じゃから晶に身を守る術を教えてやっておくれ。頼むわえ。」


「婆さん、俺はどこから恨みを買ってるか分からん。晶がとばっちりを喰ったらどうする? 」


「灰児さんの関係者だと分かれば、出来る相手は手出しを躊躇する。そうでない相手なら晶でもなんとか出来るじゃろ。いや、出来るようにしてやってくれ。その金は報酬の前払いじゃ。」


俺に関わる危険と、晶が未熟でいる危険を天秤にかけた上での判断か。婆さんがそこまで考えたならやむを得ないな。俺はどうやらこの婆さんには弱いらしい。それに正直、報酬も魅力的だしな。


「仕方ない、引き受けよう。ただ俺にも目的がある。場合によっては晶に構っていられなくなるかもしれん。それは断っておくぞ。」


「そうなった場合は休学させてワシの旅行に同行させる。ぶっちゃけ晶は高校を退学しようが、人生に影響はないからの。爺さんの遺産で玄孫の代まで暮らせるはずじゃ。」


「金持ちの強みだな。それじゃ婆さん、いい旅を。」


「はいよ。土産を楽しみにな、灰児さん。」


ご機嫌な口振りで婆さんは電話を切った。


資産家の婆さんはバカンスを楽しみ、無職の俺はバイトに勤しむ、か。格差社会の縮図だな。




……俺も土産の準備を始めるか。半年後、鍛えた晶を婆さんに披露しなくちゃならない。



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