7話 正義少女、剣崎晶
「灰児さん、ありがとうございました!」
高校の制服らしいブレザー姿の晶は、お辞儀しながら元気よく礼を言ってきた。
「婆さんに頼まれたから来ただけだ。そうでもなけりゃ単身で封鎖区に潜入し、カチ込みをかける無謀な小娘なんざほっといたさ。」
「でも!攫われちゃった翠を助けなきゃいけなかったから!」
……攫われた、ねえ。
晶の影からソンブラが現れ、優雅に一礼してから口上を述べる。
「お嬢様の危機を救って頂き感謝致します。私はセバスチャン、晶お嬢様の
髪型はオールバック、衣装は漆黒の執事服、ずいぶん芝居がかったソンブラだな。しかしセバスチャンねえ、名付けたか名乗ったか知らんが、ネーミングセンスに問題はありそうだ。
「……パーカー娘、動くな!」
ジリジリと後退り、ここから離れようとしていた娘に警告する。
「灰児さん、パーカー娘じゃなくて翠だよ。翠、もう大丈夫だから…」
翠は晶が壁に叩きつけられても悲鳴も上げず、晶の名を呼びもしなかった。そして戸村は捕まえた翠を人質にしようとしなかった。さらに翠は戸村に突き飛ばされても逃げなかった。……これらの事実が何を指しているか……
「黙ってろ。おい、パーカー娘、フードを上げて顔を見せろ。俺の言う事に逆らえば殺す。ここが封鎖区だって分かってるよな?」
パーカー娘、翠はフードを上げて顔を見せた。茶髪に似合いもしないマスカラ、ヤンキー娘のテンプレだな。
俺は武装化の解けた戸村のポケットを漁り、スマホを取り上げた。……網膜認証か。
骨折で骨が露出した戸村の足の傷口を踏み付けて目を見開かせる。
「ギャアァァーー!!」
「目をしっかり開くだけでいい、悲鳴は上げるな。」
スマホのロックを解除した俺は、登録番号のリストを調べる。
「なんだこりゃ、女の名前ばっかりじゃないか。なるほど、おまえさん、宿主としては雑魚だが、
俺はミドリんと記録されている番号に電話を掛けてみた。すぐにパーカー娘のポケットからどこかで聞いたラブソングが流れ始める。
「そういう事かよ、ろくでもねえ。」
権藤は天を仰ぎ、嘆息した。
「翠、どういう事!」
解説しなきゃ分からないのか? 無謀な行動に出るだけあって直情傾向な正義少女だな。
「見りゃ分かるだろ。騙されたんだよ。このパーカーは戸村と組んでた。最初っからおまえを狙ってたんだ。おおかた記憶が読める特能を持ってる事を話したんだろ。だがな、そんな特能を持ってるなら、まずこのパーカー娘の記憶を読んでおくべきだった。おい、パーカー娘、スマホを寄越せ。」
「……私とトムを逃がして。……頼むよぉ……」
トム? ああ、戸村だからトムか。ミドリんとかトムとか碌でもない愛称で呼びあってやがるな。
「スマホを寄越せと言った。もう一度は言わない。死体から漁るだけだ。」
観念したパーカー娘は鳴り続けるスマホを投げて寄越した。俺は戸村のスマホを地面に捨てて、まとめて踏み潰す。陳腐なラブソングが沈黙したので、少し気分がいい。
「翠とか言ったな。なぜ晶をハメた? 待て、質問に答える前に状況を説明しておこう。現在、9回裏でワンアウトだ。嘘をつけばまず戸村が死んでツーアウト。もう一度嘘をついたらおまえが死んでゲームセットだ。理解したら質問に答えろ。」
「ウザイからだよ!そう!友達づらして私を哀れんでる晶が心底ウザかったんだ!華族の家系で今も資産家、そんな恵まれた家に生まれたお嬢様が、貧乏母子家庭の私を哀れんで親切顔してンのがムカついてたんだ!」
「……翠……私は…」
「お嬢様、だから私は言ったのです。"善意が善意で返ってくる訳ではない"と。これに懲りたらこれからは私の言う事を聞いて下さい。」
ソンブラの中には宿主を
「目の前でソンブラに両親を惨殺され、自身も重傷を負って九死に一生を得た晶が恵まれたお嬢様? 母子家庭とはいえ母親がいるおまえはまだマシなように思うがな。もっともおまえの歪んだ性格を考えると碌な親でもなさそうだが。……晶、帰るぞ。」
「……翠も連れて帰る。友達を置いていけないから。」
話を聞いてなかったのか? まさか今ので理解出来ない程、馬鹿なのか?
「友達? 晶が友達だと思っていただけだ。コイツはここに置いていく。」
「灰児さん、お願い!ここから出るまでだけでいいから!」
「灰児、今回の件に協力した報酬だ。晶ちゃんの言う通りにしてやれ。」
仕方ない。権藤には借りが出来たしな。返せるんならサッサと返しておくか。
「戸村、おまえを特対課に連行する。罪状は未成年者略取及び誘拐、晶を拐かすのには失敗したから未遂かもしれんが、叩けばいくらでも埃が出るだろう。真っ暗な取り調べ室で何を詠っても構わんが、晶の特能を喋ったら殺す。俺は
俺は四肢を折られて地面に這いつくばったままの戸村に釘を刺した。戸村は唯一折られてない首で何度も頷く。
「よし。その心底怯えた目を信用してやる。」
俺はベルトポーチから拘束袋を取り出して、四肢に拘束具を嵌めた戸村を放り込んだ。
「翠は権藤の後ろ、晶は俺の後ろに乗れ。行くぞ。」
中年二人は少女二人を乗せたバイクを駆ってゴーストタウンを後にする。
タンデムシートに跨がった晶が俺に話しかけてきた。
「灰児さん、戸村を入れた袋を引き摺ってるんだけど……」
「バイクに三人乗りは無理だろう? 問題ない、拘束袋はとても丈夫に出来てる。」
「……そういう問題じゃなくて……」
駐車場に着く頃にはあちこち破れているかもしれんが、予備の袋も持ってる。ノープロブレムだ。
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車を預けた駐車場で戸村を袋ごと予備の袋に放り込み、さらにトランクに放り込む。
「権藤、俺が運転する。後ろで翠を見張っててくれ。」
「構わんが免許は持ってるんだろうな?」
「持ってるさ、晶は助手席だ。サッサと帰るぞ。」
免許は持ってるが失効してるのは黙っておこう。普段は模範的ドライバー、荒事の時は呼び止められても逃げるだけの俺は、面倒なので免許の更新をしていないのだ。
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「ねえ、灰児。今、何時だと思ってるの?」
新宿のど真ん中にある特対課本部の駐車場で澪はボヤいた。
「日付が変わったところだな。あと1時間半しかない。」
「あと1時間半?」
「こっちの話だ。誘拐犯の宿主一人と共犯の家出娘を確保してきた。後は頼む。」
権藤はトランクから拘束袋を担ぎ出し、駐車場に転がした。
「はいはい、分かったわよ。灰児、言っとくけどこれは貸しだからね?」
「翠、この怖いおばさんに正直に話せ。
「灰児!私はお姉さん!お姉さんよ!!」
俺は澪には構わず、翠を目で威嚇してから車から降ろした。正義少女の特能は誰にも話すなと車中で念を押しておいたが、晶を売った女だけに念には念を入れておくべきだ。
「分かってる。……晶、ゴメン。……私、知らなかった。晶は恵まれたお嬢様なんだって思ってた。私とは違うんだって……」
「………」
晶は無言で翠の言葉には答えない。
「だからって売っていい理由にはならない。おまえは鑑別所に行く事になるんだろうが、出所しても晶には近付くな。無関係の他人として生きていくんだ。晶に近付いたら死ぬ、これが最後の警告だ。」
「灰児、それは恐喝罪に…」
澪が口を挟んできたが、俺は構わず警告を続けた。
「法がどうだろうが、殺ると言ったら俺は殺る。もう分かってるはずだ。」
「……はい。……サヨナラ、晶。……本当にゴメンね……」
仕事を終えた俺は車を出した。バックミラーには澪に付き添われた翠が本部前の階段を昇る後ろ姿が映っている。
「翠!!私達、今度こそ本当の友達になろうよ!私、待ってるから!」
助手席の窓を開け、顔を出した晶が大声で叫ぶ。本部の入口前で振り返った翠は涙をこぼしながら何度も頷いた。
……やれやれ、警告は無駄に終わったか。やる事為す事全てが徒労に終わる。どうやら俺はそういう星の下に生まれちまったらしい。
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