6話 王の領域



街灯一つないゴーストタウンの荒れた道路を素行不良の中年コンビが操るバイクは疾走する。


ん!? 何か聞こえたような……


俺は開けた大路で権藤に合図し、停車させる。


「ノーラ、聴覚強化だ。」


「オッケー。」


聞こえる……剣戟の音、若い女の悲鳴……


「権藤、こっちだ!」


一つ先のブロックで曲がると、廃ビルの駐車場で戦闘が繰り広げられていた。


パーカー姿の女を守るように戦う女型の魔剣士、あれが婆さんの孫、晶か!


晶は強力な宿主らしく、周囲には何人か男が倒れている。だが、晶が今やりあっている大男は晶より強い。


まだ配下が残っているのに晶を自分で仕留めにかかるあたり、かなり自分の力に自信を持ってるらしいな。


その自信は過信ではなかった。男の振るう魔剣をなんとか自らの魔剣で受けた晶だったが、受けた魔剣ごと吹き飛ばされ、廃ビルの壁に叩き付けられた。なんとか立ち上がったものの、咳き込みながら地面に血を吐く。魔剣と鎧に入った亀裂が彼女がもう限界である事を告げていた。


保護対象は手負いだが生きてる、ギリギリだったがセーフはセーフだ。俺はフルスロットルでアクセルを吹かし、バイクを男に向かわせながら飛び降りる。


突進してくるバイクを一刀で両断した大男は、目を釣り上げながら俺を睨んだ。


「何者だ?」


「ツーリングが趣味の中年さ。……月の綺麗ないい夜だな。」


「綺麗な月を血で染めたくなければすっこんでろ。死にたいのか?」


凄む熊髭にキザ男が追従する。


「ハハハッ、確かにこのオッサン、リストラされたサラリーマンみたいな身なりだぜ!」


武装化した権藤が晶を立たせ、背後に庇ってくれた。だが晶が守ろうとしていた家出娘は配下のキザ男が確保したか……


「リストラされた訳じゃないが、無職なのは確かだな。……引いとけ、と言っても無駄なんだろうね?」


「無駄だ。その娘の能力は是非欲しい。その娘は人の記憶が読める、実に金になりそうな特能だろう?」


人の記憶が読める特能か、確かに金になりそうだな。金庫のダイアル、銀行の暗証番号、使い方次第でもっと大金を生むだろう。


「あなたが……灰児さん?」


背後から掛けられた声に、振り向かずに答える。


「俺を知っているのか?」


「お婆ちゃんが話してくれた。最強の宿主で可愛げのない若僧だって。」


そりゃ婆さんに比べりゃ俺は若僧だろうがね……


「……灰児……貴様が太刀村灰児か!」


「そういうアンタはクマ科、クマ属のヒグマさんだっけか? 早くお山に帰りな。ここは獣の住むとこじゃない。」


「山王会の用心棒、夜見川を殺したというのは本当か?」


「ヤクザの用心棒の名前なんかいちいち覚えてる訳ないだろう。おまえは下水道を這い摺り回るゴキブリの区別がつくのか?」


「熊田さん、このオッサンが何者か知りませんけど、サッサと殺しちゃいましょうよ。」


キザ男の言葉に熊田とやらは頷いた。この大男、本当に熊だったか。


「全員武装化して後ろの親父を始末。だが晶は殺すな。不作為でも晶を殺した奴は俺が殺す。」


兜と鎧で武装済みの熊髭の命令で配下達も武装化し、廃ビルを背にした俺達を包囲してくる。


「権藤、正義少女を頼む。」


「あいよ。ペンは剣よりも強し、だが剣はペンより容赦がないって若僧どもに教えてやるさ。俺の場合は剣ならぬ拳だがね。」


武装化した権藤の両拳がガントレットのように形状変化する。ガントレットに浮かんだ少女のレリーフが物騒な台詞を口にした。


「ゴンドー、なぐってちぎってモノが言えなくすればいいんだよね?」


「ああ。過剰防衛も時にはやむなしだ。」


みどり、必ず助けるからね!」


家出娘は翠というのか。おっと、熊田の大剣が襲ってきてるな。とりあえず受けておくか。……まあまあの手ごたえだな、見た目通りのパワータイプか。


「ほう!俺の魔剣を受けきるとはな。大したパワーだ、夜見川を倒したというのは本当らしい。」


「熊田、油断するな。この男、出来るぞ?」


魔剣に浮き出た熊髭を生やした男のレリーフが宿主に警告する。宿主と影、そろって熊髭かよ。お似合いのコンビだな。


「どれほどか知らんが力ずくで叩き潰すだけだ!男爵級の力を見せてやろう!」


威張るなよ。高位ソンブラの中では男爵級は最下級だろう。パワーだけなら子爵級を越えているみたいだが……


唸る魔剣を躱して反撃、だが装甲も厚い。なるほど、このパワーと装甲、剛力ストレングスの特能だな? ありふれた特能だが、コイツの剛力は並の奴とは強化の度合いが違う。


背後の様子を窺ってみたが、正義少女を庇って戦う権藤は全く危なげない。アイリは強力なソンブラで、操る権藤自身も空手と合気道の高段者だからな。


「後ろの奴もなかなかやるようだ。戸村、おまえも加勢しろ!」


キザ男こと戸村は家出娘を突き飛ばしてから武装化し、権藤に襲いかかる。


家出娘、ボサッと倒れてないでサッサと逃げろ。なにやってるんだ。……おいおい、まさか……


「防戦一方か? 仕掛けてこないと俺には勝てんぞ?」


勝ち誇った顔で言葉を投げてくる熊田。おまえの顔はもう見飽きた。力任せの単調な攻撃もな。


「考え事をしていたんだよ。害獣になったヒグマは駆除するしかない。覚悟はいいな?」


「面白い、やってみろ!」


「ノーラ、領域発動。」


「絶対領域、発動するわ。」


ノーラを中心に黒い空間が広がり、周囲に展開する。


「絶対領域? 風景が黒ずんだだけで特になにも起こっていないぞ、太刀村!」


「おまえが馬鹿だから気付かないだけだ。」


振り下ろされた魔剣を俺は持ちの魔剣で受けて、空いた左手で貫手を繰り出す。


貫手は熊田の鎧を貫通し、深々と腹に突き刺さった。掴んだ内臓を引きずり出しながら俺は手を引き抜く。


「ギャアアァァァ!そ、そんな!俺の重装甲がぁ!」


「特能ありきの重装甲と怪力だろう? 特能がなければ、おまえはタダの男爵級だ。」


ついでに言えばご自慢のパワーも大した脅威でもない。特能込みでも俺の基礎能力が上回っている。絶対領域を発動させたのはからだ。


「ま、まさか、絶対領域というのは……」


「そうだ。俺の特能、絶対領域の中ではあらゆる特能は無効化される。」


「そして私は最強の魔剣であり、最高の宿主強化能力を持つ。宿主強化能力は基礎能力だから絶対領域の中でも無効化されない。ヒグマさん、わかったかしら? 灰児に勝てる宿主などいないって事が……」


「ま、待て、太刀村!」 「我らは貴方の臣下に…」


「だから最初に言ったんだ。"引いとけ"とな!」


魔剣ごと害獣を両断して駆除を終わらせる。いや、まだ終わっていないか。


俺が配下達の始末を開始すると、権藤は晶を抱えて戦闘域を離脱した。何度か俺と組んでいるだけに心得たものだ。


カップラーメンの出来上がりより早く配下を始末した俺は、一人残った戸村の手足を剣で叩いてへし折り、無力化した。一応、戸村には聞きたい事があるからな。


武装化を解除した晶は普通の女子高生にしか見えないが、普通の生活に戻れるだろうか?




……記憶を読める特能ってのが問題だ。婆さんの孫娘も厄介な影に取り憑かれたものだな。


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