5話 口先だけの平和主義者



10mはあるコンクリート製の高い壁。これが人外と人界を隔てる壁であり、法と無法の境目でもある。


江東区にある封鎖区は区の半分を占拠し、法の支配は及ばない。ここは意図的に作られた掃き溜めなのだから。


世界の変わった日からしばらく後、強力な宿主が集まったせいで江東区は無法地帯となった。


政府は犠牲を覚悟で自衛隊を投入、激しい戦闘の末に区の半分を奪還した。それでも奪還しきれなかった半分は鉄条網で囲い、突貫工事でコンクリート壁を建てた。


封鎖区内に警察はいない。だから脛に傷持つ犯罪者や宿主は自然と封鎖区に集まる。犯罪者は犯罪者同士で殺し合え、それが政府の意向なのだ。壁を警備する自衛官は不法に封鎖区に入ろうとする者を厳しく取り締まったりしない。だが、出ようとする者には厳しく対応する。場合によっては鉛弾で応対もするのだ。


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「特殊民間協力者証は本物です。日付は今日までですが……」


詰め所にいた完全武装の迷彩服にパスを渡すと、迷彩服は奥に座っている上官にそう報告した。


昨夜の一件の為に澪からもらった協力者証の期限が今日までで助かった。ま、省吾の件は日付をまたいだから実質、捕獲したのも今日なのだが。


上官は立ち上がって俺を一瞥する。


「太刀村灰児、おまえは宿主なのか?」


「質問に答える事は許可されていない。今日中に特対4課の依頼を解決出来なければ、俺もアンタも面白くない事態になる事は保証する。あの軽ワゴンに乗っている男は情報提供者だ。通してもらえるな?」


「いいだろう、通れ。」


鋼鉄のゲートが開き、俺は右手を上げて権藤に合図する。さて、無法地帯での人捜しを始めるか。


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封鎖区と言ってもゴーストタウンという訳ではない。電気も通っているし、電子決済が出来ないだけで、貨幣も使える。自販機はないが、それはすぐ壊されて商品と金を盗まれるからで、治安の悪い国ではそれが普通だ。至る所に自販機がある日本の方が少数派というべきだろう。……一応ここも日本ではあるが。


「権藤、一昔前に香港にあった九龍城もこんな感じだったんだろうな。」


一時預かりで1万円もする駐車場に車を停めた俺達は夕暮れの街を並んで歩く。駐車料金に1万円はなかなかだが、それだけここの治安が悪いって事だ。安全は高くつくものだが、ここでは特にそうらしい。


「俺も写真でしか見た事はないが、確かにこんな感じだったよ。」


「この街にいる宿主の親玉と政府の偉いさんで取り決めた談合の結果、電気も物流も止まらず悪党どもが跋扈する、か。世も末だな。」


おそらく晶は貨物車両に潜んでここへ入ったんだろう。彼女がどの程度の宿主かわからんが、中級以上ではあるはずだ。よほどの馬鹿でなければ、力もないのに封鎖区に入ろうとはしないはず……


「ゴミの分別は出来ないが、ゴミ捨て場に集める事は出来る。そういう判断なんだろうよ。政府の連中の表現で言えば"高度な政治的判断"ってヤツさ。」


「便利な言い訳だな。特に不作為を正当化する時に使えそうだ。権藤、どうやって晶を探すんだ?」


「情報屋をいくつかあたってみる。それでダメなら次の手を考えにゃならんが、どれかにはヒットすると思ってるよ。家出娘はともかく、晶とやらはここでは場違いな存在だからな。嫌でも目立つ。」


人相の悪い男とケバい女が闊歩する通りの、薄汚れた中華レストランの前で権藤は立ち止まった。


「ここでちょっと待っててくれ。」


「分かった。手早く頼む。」


俺は煙草に火を点け、携帯灰皿を取り出した。


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通りを歩く真っ当ではない通行人達の影が長く伸び、ネオンサインが輝き始める。俺は短くなった煙草の火を消し、携帯灰皿にしまい込んだ。


この一件、今日中に片付けばいいが……


「待たせたな。」


「何か分かったか?」


「ああ。封鎖区内のチンピラ集団がやってるクラブに殴り込みをかけたブレザー姿の少女がいたってよ。晶に間違いないだろう。」


「封鎖区に入るぐらいだから無謀な娘だと分かっていたが、想像以上に無謀だったな。それで晶は捕まったのか?」


「いや、家出娘を連れて逃走中らしい。倒したチンピラの中には宿主もいたらしいから、晶はなかなか強力な宿主なんだろう。」


「無謀な行動の原因はそれか。困った小娘だ。うまく脱出してくれてるといいがな。」


「それは望み薄だ。チンピラ集団の上部組織が網を張ったらしいからな。チンピラとはレベルの違う宿主を狩りに投入したようだし、まず逃げられんだろう。」


女子高生と家出娘に殺し屋投入か。ま、女子高生一人にいいようにされたってんじゃあ面子にかかわる。この街で下風に立つ、それは滅亡の小唄を合唱する事に他ならない。


「網をどこに張ったかは分かったのか?」


「もちろん。無法の街のゴーストタウンエリアだ。急ごう、網を張ったという事は晶の居場所をおおよそ掴めているという事だ。」


「よし、足を準備する。」


「足?」


俺は通りの一角を占拠し、騒いでいるバイカー集団に近付いて交渉に入った。


「なんだぁ、オッサン?」


金髪のソフトモヒカンに、鼻、耳、唇にピアスをしたチンピラに凄まれたが、交渉相手としては丁度いい。


「ピアス好きの小僧、道は二つだ。一つ、ここに50万ある。この金でそこのバイクを2台借し出す。二つ、叩きのめされてバイクを奪われる。俺としては前者をお勧めする。平和主義者なんでね。」


「三つ目の道を選ぶぜ。金を奪われたオッサンが大怪我するって道をな!」


5人の皮ジャン達は座っていた階段やバイクから立ち上がり、影を纏った。


「オッサン、モグリだろ? 俺らがダークライダーズだと知ってりゃあ…」


俺は影を纏った腕で殴りつけ、顎を砕いて黙らせた。


周囲を囲んだ残りの4人は魔剣で横薙ぎにし、まとめて吹き飛ばす。


……路上に吐しゃ物をブチまけるな。タダでさえ汚い街がいっそう汚くなるだろうが。


「世の中には理不尽が満ちている。勉強になっただろう?」


「灰児、世の中が理不尽というより、貴方が理不尽なんじゃない?」


「そうかもな。ま、ノーラも共犯だが。」


倒れて痙攣しているダークなんちゃらからキーを奪って俺はチョッパーハンドルのバイクに跨がる。


「権藤、足が出来た。行こうか。」


反社よりも反社会的と評判の権藤もキーを奪い、バイクに跨がった。


「灰児、おまえのどこらが平和主義者なんだ?」


「"口先だけの"が抜けていたな。道が分からんから先導してくれ。」


中年二人は強奪したバイクでゴーストタウンへ向かう。




……要保護対象が網にかかるのが早いか、俺達の到着が早いかは悪魔のみぞ知る、だな。



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