32話 風雲、急を告げる



冥の店で開かれたお肉パーティーの参加者は俺、権藤の不良中年二人に、口喧嘩の絶えない冥と澪、仲良し女子高生コンビの二人。いつもの面子かと思っていたのだが、何を思ったのか風見と茜が途中で参加してきた。


招待もしていないし、特に親しくもない二人がなぜパーティーに来たのか事情を聞いてみると、ノーラがソンブラに味覚認知能力を付与出来る事を町田から聞いたから、との事だった。この二人は影と一緒に食事をしたいらしい。


二人に能力付与を頼まれたノーラは、面倒くさそうに答えた。


「別にいいけど、食費がかかるようになるだけよ?」


「お願いします!私、ヒルデと一緒にお食事したいんです!ボッチご飯はもうイヤなので!」


茜のソンブラはヒルデというらしい。そのヒルデは宿主の茜と一緒に、そして茜よりもはるかに優雅に一礼してみせた。セバスチャンが執事ソンブラなら、ヒルデはメイドソンブラだな。衣装もそれっぽい。


「茜、一人飯が寂しいなら、友達か彼氏を作ったほうがよくはないか?」


「む!風見先輩だって同じお願いをしに、ここに来たんじゃないですか!」


「僕は常日頃から正義の為に働いているシャダにご褒美をあげたいだけだよ。」


「風見先輩にも友達っていなさそうですけどぉ? もちろん彼女さんだって……」


眼鏡の奥の瞳が光り、意地悪かつ無遠慮な台詞で先輩を攻撃する茜。


「な、な、なにを言うんだ!僕には友達もいるし、彼女だって…」


そこでチラリと澪を見やった風見だったが、澪は義元と二人で首をかき切るポーズを返しただけだった。


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「それじゃあ、ヒルデはそこに座って。シャダはカウンターの上よ。」


ノーラは右手でヒルデに、左手でシャダの頭に触れながら瞑目し、集中する。


「はい、オッケー。これで味が分かるようになったはずよ。」


「ありがとうございます、ノーラさん!」 「これで借りが二つになったな。面白くないがやむを得ない。」


素直な後輩と、ヒネくれた先輩。案外この二人、いいコンビなのかもしれない。もちろん、割りを食うのは後輩の方だろうが。


「返す気があるなら灰児にまとめて返しなさいね。」


使い魔ソンブラは宿主ほどヒネてはいないらしく、主に代わって頭を下げてみせた。


「あら、お利口さんね。可愛げのない宿主とは大違いだわ。シャダはベンガル語で白の意、あなたの宿主は性格は悪いけど、ネーミングセンスだけは良くてよかったわね?」


困ったものだと二度頷くシャダ。当たり前というか案の定というか、宿主には苦労させられているようだな。それにしてもノーラはベンガル語まで分かるのか。いったいどこで覚えたんだ。……人間の世界に三十四年も生きてるはずの俺は英語ですら覚束ないってのに。……これが地頭の差ってヤツか……


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「マシュマロちゃん!シャダちゃん!アイリと一緒にごはんを食べよ~♪」


権藤の相棒アイリは公園の鳩にエサをやるみたいに、風見の使い魔である純白のカラスに肉片をあげてご満悦だ。目まで真っ白なカラスはお世辞にも可愛い生き物とは言えないが、純真なアイリはアルビノのカラスも、フワフワでモコモコのマシュマロも分け隔てなく愛でている。


使い魔ソンブラがいい子にしてるってのに、宿主の風見は相変わらずなのが困ったものだが……


「アル、焼き加減はミディアムレアで頼む。いいか、レアじゃなくてミディアムレアだからな。」


「アルジャーノンだ!いいか、俺はアルジャーノンだ、風見鶏!」


「風見鶏じゃない!僕は風見だ!」


目クソ鼻クソの罵り合いを横目に、赤ワインのグラスを傾ける。なにか足りないような……そうか。


「澪、町田はどうしたんだ?」


「ベジタリアンの町田をお肉パーティーに呼んでどうするの?」


町田はベジタリアンだったのか。だとすればお肉パーティーに呼ぶのは、ただの嫌がらせだな。


「そりゃ知らなかったな。……ところで傀儡の王の件、なにか進展はあったか?」


後の台詞は澪にだけ聞こえるように耳元で囁くと、澪は頷き、囁き返してきた。


「ええ。少し二人で話しましょうか。」


表社会と裏社会の端境はざかい揺蕩たゆたうこの店には防音室がある。黄昏時を生きる冥は、光と闇を繋ぐ結節点でもあるのだ。


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防音室に入るなり、澪の表情は女子力ゼロのパーティー出席者から敏腕捜査官のそれに変貌していた。


「女の勘は当たりだったみたいよ。傀儡の王は腐肉の王と関わりがあったんだと思う。」


「なんだと!? 詳しく話してくれ。」


「私がビルから射落としてやった肉倉礼子なんだけどね、鑑識の話じゃ、ハイヒールに隠しポケットがあったらしいわ。その中にはUSBメモリが1個、入っていた。」


「鑑識はどうしてUSBメモリの発見を4課に報告しなかったんだ?」


「報告はしたわ。でも報告を受けた鬼島さんが発見した職員に口止めしていた。その職員は、私から鬼島さんが行方不明になった事を聞かされて、事情を話してくれたのよ。それでそのUSBメモリは鬼島さんが預かったんだって。」


「その後の鬼島の足取りは掴めたか?」


「ええ。鬼島さんは警視庁にいた事があるサイバー犯罪の専門家に極秘で接触し、USBメモリに何のデータが入っているか調べて欲しいって依頼していたの。」


鑑識に口止めした上に、警視庁のサイバー犯罪部門に頼らず、OBに依頼? なぜ鬼島は警視庁に依頼しなかったんだ? 警視庁は鬼島の古巣、コネはあったはずだろうに……


「それでUSBメモリの中身は?」


「その専門家はプロテクトを割れなかったの。だからUSBメモリは鬼島さんに返したらしいんだけど……」


「わからんな。いくらOBとはいえ、今は個人だろう。正式に警視庁に依頼すればよかったんじゃないか?」


「そう、正式に依頼すればいいのに鬼島さんはそうしなかった。何か理由があるはずよ。」


なぜ警視庁に依頼しなかったのか。一番自然な答えは……信用出来ないから、だ。


「鬼島は警視庁を信用していなかった。それが一番あり得る話だが……」


「警視庁どころか、特対課も信用してなかったのかも、ね。USBメモリの件を課長にも話してないのだから。」


「己が力に自信を持っていた鬼島だけに、周囲を巻き込まない為の単独行動というセンも考えられるが……どっちにしても鬼島が内部にいぬがいると考えていた事は間違いないだろう。」


ヤマっ気のある野心家ならともかく、規律を重んじる鬼島が単独で動いていたのだ。そう考える他ない。


「警視庁か特対課に潜む獅子身中の虫……あり得ないと言いたいけど、なくはない話よ。特対課、特に4課は民間からスカウトされた捜査官が大勢いる。その中には灰児みたいなアウトローをやってた宿主がいるみたいだし。……そうだわ、灰児も捜査官にならない? 霧島課長は灰児を高く評価してるから喜んで迎え入れてくれるはずだわ。」


「俺が捜査官ねえ……あまり気がすすまないな。」


「そうなさいよ、そうすれば名実ともに私の相棒になれるでしょ!」


「……考えておくが、あまり期待はしないでくれ。税金で食うのは性に合わないし、なにより俺は自分の事情を最優先させる、公僕には不向きな男だからな。」


「ツレないわねえ。こんな美人が誘ってるのよ?」


傀儡の王の件を片付けたら良子の行方を追う為に、権藤と渡米する予定なんだよ。イーグルサムと喧嘩になりかねない話だ、澪を巻き込む訳にはいかない。


「なんにせよ、今回の件を片付けてからの話だ。返却されたUSBメモリなんだが、鬼島が肌身離さず持っていたと思うか?」


「いいえ。鬼島さんの性格から考えて、巧妙に隠しておいたはずよ。今はその隠し場所探しをやってるの。」


「そうか。……澪、鬼島は誰にも話さず単独行動していたのにも関わらず、行方不明になった。明日からの捜査には俺も同行しよう。敵の手は汚れてはいても、長く精緻な指を持っているようだ。」


「助かるわ。この件では誰を信用していいか判らないから、私も単独で動いていたの。」


相棒、いや、使い走りの町田まで使わずに動いていたのか。町田はまだしも同期の風見まで信用していないとはな。呑気に肉を食ってる風見が聞いたら、さぞ憤慨するだろう。


「あまり長く席を外してると、風見と茜が不審に思うだろう。お肉パーティーに戻るとするか。」


「そうね。お肉は明日の活力、英気を養って明日もエネルギッシュに動くわよ!」


澪はいつでもエネルギッシュだよ。お肉は関係ない。


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たらふく食ってたらふく飲む、無芸大食を地で行く生活を送っている俺だが、最近は酒を控えている。


年のせいではない、敵を抱えた状態ではいつでも動けるようにしておくのが、アウトローの基本だからだ。


隙を作らないつもりでいた俺だが、お肉パーティーを終えてパイプベッドで一休みするつもりが、どうやら寝入ってしまっていたらしい。時計を見れば午前1時、日付が変わってしまっていた。


「やれやれ、1時間ばかり遅れたが日課の筋トレをしておかないと……」


「灰児、今日ぐらいはサボってもいいんじゃない?」


イヤホンを付けてテレビゲームをしていたノーラはそう言ったが、そういう訳にはいかない。


「それが蟻の一穴だ。したくない事だからこそ、欠かさずやっておく必要がある。」


「今の灰児なら武器を持った奴が相手でも、素手で制圧しそうだけど?」


「それは無理だ。武器を持った奴が相手なら、覇〇翔吼拳を使わざるを得ない。」


「あの技、結構隙が大きいわよ? 使うなら虎〇拳にしときなさい。」


確かに。いくら威力があっても、ああまでモーションが大きいと先に撃たれそうだ。


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月の光さえ差し込まない地下室に設えたトレーニングルームで、黙々と指立て伏せを行う。


裏稼業を始めた頃は腕立て伏せだったが、徐々に指の数は減り、今では片腕で親指一本の指立て伏せをなんなくこなせるようになってしまった。今の俺ならパワフル会長と力で勝負出来るかもしれない。


あの爺さまときたら元町支店に視察に来るなり、挨拶代わりの腕立て伏せを若手社員全員に命じるわ、その挙げ句に"まるでなっちょらん!腕立て伏せとはこうやるんじゃ!"とかのたまって、残像が見えそうな高速腕立て伏せを披露してみせたぐらいのマッスルマニアだからな。健康器具と健康食品の開発、販売を手がける会社の会長としては正しい姿なのかもしれんが、はた迷惑な正論ではあった。……あの時ほど体を鍛えておいてよかったと思った事はない……


「灰児、電話よ。」


「夜中の二時に電話? 相手は?」


「澪よ。急ぎの話みたい。」


丑三つ時の電話だ、急ぎの話には違いないだろうが……


トレーニングルームに入ってきたノーラからスマホとタオルを受け取り、スマホは耳にあてて、タオルは首に巻く。汗をかいたせいでアルコールも抜けた。これなら少し寝酒を楽しんでもいいかな。


「灰児、もう寝てた?」


澪の声が少し上擦ってる。興奮しているみたいだな。


「いや、俺は夜型なんでね。何かあったのか?」


「お肉パーティーからの帰りに、ちょっと閃いちゃったのよ。で、ダメ元であたってみたら、ビンゴ!鬼島さんの隠したUSBメモリ、ゲットだぜってね?」


澪、いつからポケ〇ントレーナーになったんだ? レアモンスターよりレアな代物には違いないが……


「それで今どこにいる?」


「御立サイバーのプログラム解析室。大学の同窓生が室長を務めててね。無理を言ってスタッフを集めてもらって、絶賛解析中よ。」


電話の向こうから"絶賛するのはプロテクトを割ってからにしてくれ"とボヤく男の声が聞こえた。その直後に上がる歓声。


「灰児!プロテクトが割れたわ!中嶋、なにが記録されてる?」


「……暗号化されてる。だけどプロテクトさえ割っちまえばコッチのもんさ!」


俺はスマホを通話状態にしたまま、リビングに戻って素早くスーツに着替える。こうなった以上、急いで合流するべきだ。


上着を羽織ってマスタングのキーを持ったが、スマホから聞こえてきた澪の言葉に動揺し、キーを落としてしまった。


「灰児!「傀儡の王」は「無影の王」よ!聞いてる? 傀儡の…」


「聞こえてる!傀儡の王が無影の王だってのは間違いないのか!」


「ええ!通話記録の一部が読み取れた!腐肉の王ゼブルは通話の相手に宿った影を無影の王シャザーと呼んで……きゃあっ!」


会話をかき消す爆発音!


「澪!なにがあった!返事をしろっ!澪!」


地下駐車場に向かって駆け出しながら何度も呼びかけたが、返事はない。



クソッ!!急がなければ澪が危ない!


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