30話 無職の奏でる鎮魂曲



「澪、日帰り探偵から聞いたんだが、何か手がかりが掴めそうなのか?」


「まあね。捜査官と女の勘が"怪しい"って告げてるの。私も権藤式の行動理論を実践してみようと思ってね。」


権藤式の行動理論、確か……"目星は勘で付け、足で実証する"だったか。


「勘は何を囁いてきたんだ。」


「まだ勘違いかもしれないから詳細を話すのは、もう少し形になってからにするわ。」


「わかった。十分気をつけろよ?」


「大丈夫よ。兄さんの仇を討った事で、私の領域は広がったみたい。だから義元は次のステージへと昇華したわ。」


「灰児、これで俺も侯爵級ソンブラだ。アルの域までもう一歩だぜ!」


澪の広がった領域に霧島が力を充填したか。……だけどな、義元。アルの域まではもう二歩だ。公爵級を装ってはいるが、アルは王級のソンブラ。おそらく最若の王なのだろうが、王である事には違いない。「狂乱の王」、それがアルの魔界での名だ。


「よかったな、義元。近いうちに神戸に行くつもりなんだが、土産はなにがいい? 昇華祝いに好きなモノを買ってきてやるよ。」


「肉!土産は肉がいい!神戸は肉が有名なんだろ?」


確かに神戸牛は有名だな。サラリーマン時代は給料日に食べるのが楽しみだった。


「わかった、神戸牛だな。冥の店で焼いてもらうといい。……店主の冥にな?」


「それはやめろ!せっかくの"神戸のお土産"が、"冥土の土産"に化けるだろう!」


……義元も地獄シェフの被害に遭っていたらしい。アルも仲がいいなら止めてやれよ。


─────────────────


今月のカレンダーに一つだけ付けられた赤丸印。それが無職の俺の、唯一の予定行事だ。


このキナ臭い状況で東京を離れるのは正直心配だが、この予定だけは外せない。俺が無職のアウトローになった原点の日だからな。


イギリス貴族の慣習で言えばアフタヌーンティーの時間、閉店間際の午後五時前に冥の店に顔を出してみた。


閉店前の店内に客の姿はなく、女店主と女子高生二人が姉妹のように談笑している。


「あっ、灰児さんだ!」


いつも通りのハイテンションで手を振る晶。そして隅っこの指定席にお冷やを置く翠。最近見慣れた光景だ。


「アル、ブレンドを頼む。ノーラはエスプレッソか?」


店内に客がいない事を確認したノーラは影から立ち上がりって人型になり、首を降った。 


「今日は紅茶の気分ね。アル、私はダージリンにして。」


「アルジャーノンだ。注文オーダーはブレンドとダージリンだな。」


お約束の台詞を口にするアルに、ノーラは意地の悪い質問をする。


「あら? 私はアルでいいんじゃなかったの?」


「灰児に言ったんだ。注文の確認は金を払う灰児にすべきだろ?」


ブツクサ言いながら厨房へ伸びてゆく影。魔界じゃ王様だったってのに、冥に取り憑いたばかりにこの有り様だ。


「冥が殺し屋のままだった方が、アルには幸せだったかな?」


「そんな事ないわ。アルは今の生活を楽しんでる。表では仏頂面してても、厨房ではご機嫌よ。」


「たまに口笛まで吹いてますもんね。」


「冥、翠、聞こえてるからな!俺は別に珈琲を淹れるのが、た、楽しい訳じゃないぞ!」


強がるのはいいが、噛んだら台無しだぞ、アル。


────────────────────────


女三人に神戸行きを告げたのはいいが、思いもよらぬ返答をされて当惑する。自営業の冥はともかく、女子高生二人まで同行すると言いだしたのだ。


「いやいや、高校生は学校に行け。冥も自営業は自由業じゃないんだぞ?」


「この店は趣味だから。私の本業は細工職人&物販業よ。知らなかった?」


え、そうだったのか?


「冥さんの本業はシルバーアクセサリーの製作と販売だよ~。人気細工師のMayって冥さんの事だったんだ~。」


「商品がネットショップに出た瞬間にソールドアウトしちゃうぐらい人気なんです!」


知らなかった。道理で店が流行らなくても呑気にしてた訳だ。


「冥が凄腕細工師なのはわかった。だが神戸行きに同行する理由にはなってない。女子高生二人が学校をサボる理由にもな。」


「少女探偵の晶ちゃんが学校をサボるのはよくある事だよ~。あ、言っとくけど成績は優秀だからね!セバスチャンが家庭教師やってくれてるお陰だけど。」


もう探偵は廃業しろ。婆さんが心配するだろう。


「24時間いつでもどこでも。グラタンをオーブンにかけた待ち時間でさえ、お嬢様の学業のお手伝いが可能であります。」


セバスチャンは家庭教師派遣業の天敵だな。


「灰児さん、私も学校をサボるのは初めてじゃないし……」


……不良少女はもうやめたんじゃなかったのか?


「灰児、真面目な話、私達も神戸に行った方が安全だと思わない? 正直言えば傀儡の王の件が片付かない現状では、高校に通わせるのも不安なぐらいなの。マシュマロがついてるから大丈夫だとは思うんだけど……」


カウンターの上で冥を見上げていた白くて可愛い生き物が鼻息を荒くした。この顔はドヤ顔、もう覚えたぞ。


「そうだな。無職でアウトローの俺が常識人みたいな事を言っても説得力がないか。」


「日帰りもなんだし、夕方にでも出発しましょ。帰りは明日の夜、それでいいかしら?」


「ああ、車は俺のを使おう。ミニクーパーに4人は狭いからな。ボロではあってもセダンのがいい。」


「運転は冥さんにお願いします。灰児さんは免許を失効中ですから!」


……冥は無免許だって事は翠には黙っておいた方がよさそうだな。


──────────────────────


東京から高速を使って三ノ宮に到着、ビジネスホテルに1泊した4人連れはホテルのビュッフェで朝食を摂る。女子高生二人は雑誌を見ながら観光名所の情報収集、いい気なもんだ。


「俺の用件は午前中には終わるから昼から合流しよう。冥、午前に回る観光名所は安全に配慮した場所にしてくれ。」


「ええ。開けてて人通りの多い場所にするわ。もちろん固まって行動するから。」


警戒してる冥の不意を突くのはまず不可能だ。いざとなったらマシュマロのワープゲートもあるし、心配いらないだろう。


────────────────────


女三人と別れた俺は花屋で花束を買い、スマイルヘルスケア元町支店のあった場所に向かった。


年に一度、惨劇のあった日に俺はこの場所を訪れる事にしている。現在は支店の入っていた雑居ビルは取り壊され、真新しいオフィスビルに建て代わっているのだが、事件の犠牲者を追悼する小さな慰霊碑がここにはある。


慰霊碑の前でポケットからキーストラップに使っているミニハーモニカを取り出し、鎮魂曲を奏でる。サラリーマンだった時に露店で買ったミニハーモニカで奏でる鎮魂曲は下手っぴで、色違いだが同じハーモニカを持っていた同期の佐山とは比べ物にならない。買った日は同じだってのに、佐山の方が断然上手かったのは口惜しい限りだ。……どこで差がついたんだろう?……才能……いや、違う。佐山は要領がいい方じゃなかったし、手先が器用でもない。たぶん、陰で練習してやがったに違いない。


平凡だが穏やかだった日々に想いを馳せながら鎮魂曲の演奏を終える。それから慰霊碑の前に屈んで花を手向け、手を合わせてから、まだ仇を討てていない事を同僚達に報告する。……早く仇を討った報告をしてやりたい。あの日から止まってしまった俺の心、その時計の針を動かす為にも、な。


「あなたは太刀村さん、ですよね?」


短い祈りを捧げた俺が、立ち上がった時に背後から声をかけられた。声をかけてきたのは年配の夫人、この顔はどこかで……そうだ!


「細山田部長の奥さん!確か…」


「君枝です。細山田君枝。主人に花を手向けに来て下さったのですね?」


「はい。部長には色々お世話になったものですから。」


「ありがとうございます。きっと主人も喜んでいますわ。主人は太刀村さんを息子か弟のように可愛がっていましたもの……」


持っていた花を供え、俺よりも長く真摯な祈りを捧げる夫人の背中を見守る。


「君枝さんはまだ神戸在住なのですか?」


祈りが終わるのを待ってそう訊くと、君枝夫人は首を振った。


「私は実家のある千歳市で娘と一緒に暮らしています。千歳は主人と私の故郷ですから。」


……北海道からわざわざ神戸までやって来たのか。ここで会えたのは僥倖、千歳にある部長のお墓の場所を訊いておこう。


「ところで太刀村さんはまだスマイルヘルスケアにお勤めなのですか?」


質問しようと口を開く前に、先に質問されてしまった。しかも答えづらい質問だ。


「いえ、事件を機に退職しました。今は……探偵のような仕事をやってます。」


無職のアウトローをやってますとは流石に言えない。


「まあ!探偵業ですか!それなら少し相談に乗ってもらえないかしら? 主人の事なんですけれど……」


やれやれ、嘘を付くとこうなる。とはいえ細山田部長に関する相談、か。聞き捨てには出来ないな。


「いいですよ。お力になれるかどうかはわかりませんが、話を聞かせてください。」




俺は運命なんて信じてないが、死者の魂が生者に何かを託す事はあって欲しいと思っている。細山田部長が引き合わせてくれたのかもしれない邂逅だ。沿ってみる価値はあるだろう。


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