18話 ダンシング・イン・ザ・ダーク



「もう一軒付き合いなさいよ、灰児!相棒でしょ!」


とっくに日付が変わったってのにまだ呑む気か。無茶呑みしながら報告書をあげちまうあたりは大したもんだが……


「また今度な。明日、いや、今日はちょっと用事があるんでね。」


絡み酒だった澪を宥めすかしてタクシーに放り込み、俺は夜風を身に受けながら深夜の街を歩く。


……気分よく散歩という名の深夜徘徊をしてるってのに、無粋な輩がいるようだな。


(灰児、気付いてる?)


心に響くノーラの囁きに返答する。


(ああ。お客さんが二人、くっついてきてるな。)


事件は終わったと思っていたが、残党がいたらしい。


……いや、残党ではないな。腐肉の王の眷族ならば、王を討ち取った俺に挑んでくるはずはない。


丑三つ時で周囲に人はいない。何者かはわからんが始末しておこう。


俺は通りを曲がってから路地裏に入り、すぐに武装化して垂直にジャンプ。壁に張り付き、尾行者二人を待った。


フード付きのコートを纏った男二人がやってきてキョロキョロと周囲を見渡しているので、挨拶してやる。


「月の綺麗ないい夜だ。……俺に何か用か?」


「!!」


一人が身を翻し、もう一人がフードごとコートを脱いで魔剣を構える。


「逃がすか!」


逃げにかかる、それはおまえが弱いか、指示連絡役だって事だな!


身を翻した方に上空から襲いかかったが、間一髪で躱される。かなり動きが速い!今まで出会った中では最速クラスだ。


!! 殺る気の方が繰り出してくる魔剣を魔剣で受け、膝に蹴りを入れる。重く硬い感触、こっちはパワータイプか。


出来る事なら指示役を仕留めて情報を聞き出したいが、指示役はノミも顔負けのジャンプ力を見せ、信号機を足場にビルの屋根に登って一目散に逃亡。追って追えなくはないが、確実に捕らえられる保証はない。ここは次善の策、逃げに向かないパワータイプを仕留める。実行役だけに事情を知らされていない可能性が高いが、なにも知らないという事はなかろう。


パワータイプが力任せに振り回す魔剣を屈んで躱したが、俺の鎧の表面が剥離するように削げ落ちた。


斬撃を振るう時、妙な風切り音がしたな。多分、こいつの特能は魔剣に破壊音波でも纏わせる、だろう。


「近所迷惑だ、妙な旋律は止めさせてもらうぞ。ノーラ!」


「オッケー。絶対領域、発動。」


指示役は逃げ、ここは路地裏。俺の能力を見られる心配はない。絶対領域の発動と同時にパワータイプの持つ魔剣の鳴動は停止した。これでおまえはタダのパワー馬鹿だ。


「………」


切り札を封じられたというのにパワータイプは無言で、全く動揺した風はない。相当な修羅場を踏んできてるのか?


だが動揺しようとしまいと、力関係は変わらない。パワーに秀で、なかなかの技術も持ち合わせている奴みたいだが、俺とノーラの敵ではない。さほどの時間をかげずにパワータイプの魔剣をへし折り、武装化を解除させる。


鎧を剥がされ、生身の体が露出したというのにパワータイプは動揺しない。……これは強靭なメンタルではなく、マインドコントロール下にあると考えるべきだな。こいつは明らかに勝ち目のない状況になっても全く変わる事なく、淡々と戦い続けた。負わせた傷から流れる赤い血を視認出来なければ、ロボットだと言っても通っただろう。


聞いても無駄なのはわかっているが、一応聞いてみるか。


「なぜ俺を襲った?」


「………」


予想通りの反応だな。ま、期待しちゃいなかった。このMr.傀儡人形が何者なのかは澪に調べてもらおう。


「……お……」


おや、何か喋る気になったか?


「……おぶっ!!」


傀儡人形は言葉ではなく、血塗れた巨大なヒルを吐き出した。


「灰児、コイツ!!」


「……舌を噛んだか。こいつの背後にいる奴は相当厄介だと考えないとな……」


最後の仕事を終えた傀儡人形はガクリと膝を着き、前のめりにアスファルトに向かって倒れ伏した。


俺は刺客の体を調べたが、身元を示すモノはおろか、何一つ所持品らしきモノはない。


手掛かりなど期待してはいなかったが……妙だな。とにかくここに長居は無用だ。


─────────────────────


「あら灰児。さっき別れたばっかりなのに、もう相棒の声が恋しくなった?」


電話の向こうからジャズバラードが聞こえる。澪は兄を思い出しながらバーで一杯飲っていた、というところか。


「いい音色だ。鎮魂曲レクイエムにはピッタリだな。なんて曲なんだ?」


「ダンシング・イン・ザ・ダーク、私がリクエストしたの。……兄さんが好きな曲だったから。」


影を纏い、闇に生きる者達を狩る捜査官だった澪の兄。合法と非合法、立場は違えど俺も闇と踊る選択をした。だからこの曲が心に響くのかもしれないな。


「回想を邪魔して悪かったが、厄介事が起きた。路地裏に宿主の死体が一つ、場所はメールで送るが、先に状況を聞いてくれ。」


「灰児は影だけじゃなくトラブルとも同居してるみたいね。」


「そうらしい。澪と別れた後、俺を尾けてきた奴らがいて……」


情報を聞き終えた澪は、残業してくれる気になったらしい。


「了解。死体は4課で回収し、正体を洗ってみる。そいつがプロなのは間違いないでしょうけど。」


「だがプロらしからぬ点がある。そこが引っ掛かるんだ。」


「らしからぬ点っていうのは?」


「所持品はなにもなかったと言っただろ。俺の経験から言えば、刺客には返り討ちを恐れてスマホすら持たせないってケースはある。だが逃亡に備えて、使い古しの現金ぐらいは持ってるものなんだ。」


「刺客慣れしてる灰児らしい感想ね。でも確かにそうだわ。」


「もっと妙なのはを持ってなかったって事だ。闇稼業の宿主ならあり得ない。」


影が無ければ無力化する宿主、とりわけ闇稼業の宿主は光源の確保には人一倍気を使う。発光機能付きの腕時計にペンライト、さらに何かを隠し持つのがセオリーだ。


「なんらかのマインドコントロールを受けていた凄腕の刺客が、裏社会でも名の通った灰児に仕掛けてきた、か。闇が深そうね。背後にとんだ大物がいるのかも……」


「刺客は推定、伯爵級だ。少なくとも背後にいる奴は伯爵級をマインドコントロール出来るって事だな。」


「4課の相手として不足はないわね。すぐに町田に死体を回収させて、本部で調べてみる。」


「面倒事を頼んですまない。」


「背後にいるのが何者であれ、犯罪者なのは確実。そして相棒を狙ってくれた訳だから、4課にとっても私にとっても敵よ。なにか分かり次第、連絡を入れるわ。」


兄の鎮魂にあてるはずの夜に面倒事を頼んでしまったのは気が引けるが、澪の言う通り、この件の闇は深いように思う。




あちこちで恨みを買っている俺だ、命を狙う輩もいるだろう。だが殺す気つもりで刺客を差し向けた以上、殺される覚悟もしてもらう。……それが裏社会の鉄則ルールだ。


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