17話 酒のツマミは要らない知識



「太刀村、腐肉の王は仕留めたようだな。一緒にいたはずの娘はどうした?」


4課の捜査員達を連れて屋上に上がってきた鬼島は、肉倉の死体を横目で見ながら質問してきた。


俺は壊れたフェンスを煙草で指しながら答える。


「バンジージャンプにチャレンジするとさ。娯楽に飢えていたらしい。」


「命綱ナシでか? それはスリル満点だな。」


屋上を捜索していた捜査員の"クリア!"の合図を確認した鬼島は、捜査員達に武装化解除を命じ、さらに質問してくる。


「太刀村、肉倉はなにか言っていなかったか?」


「敗色濃厚になった時点で取引を持ちかけてきたが……奴に材料があったとは思えんな。」


ん? その考え込む面はなにかあったって事なのか?


「肉倉はなにか知っていたって事か。だったら最初から言っておけ。相変わらずの秘密主義だな。」


事前に知っていても殺していたとは思うが……


「腐肉の王は魔界最古の王の一人だった。人界に限らず、年寄りは物知りと相場が決まっている。」


「肉倉から他の王級の情報を入手出来ていたかもしれない、という事か。」


チッ、そういう事なら無影の王の情報を聞き出してから殺していたものを!


「肉倉ではダメだ。腐肉の王も敵対的ソンブラの例に漏れず、宿主には必要最低限の情報しか漏らしていなかっただろう。」


宿主に対して優位性を確保する為の情報制限か。……おそらく鬼島の言う通りだな。肉倉は寂寥の王の事を知らないようだった。


「腐肉の王の尋問は無理だな。暗室に放り込めばいい肉倉と違って、危険過ぎる。」


ソンブラの尋問には影を出させねばならないが、それは特能を使えるという事でもある。王級のソンブラを能力が使える状態で尋問するなど不可能だ。絶対領域の存在を霧島が知っていれば考えたかもしれんが、霧島は俺の特能を知らない。俺の秘密主義もここでは裏目に出たらしい。


「袴田、王と娘、先に死んだのはどっちだ?」


鬼島の質問の矛先は、今度は澪に向いた。


「娘を私が仕留め、それから王を灰児が仕留めました。」


「……本当か?」


「もちろんです。嘘をつく理由がありません。」


澪はしれっとすっとぼけた。やれやれ、課長の霧島といい澪といい、4課には秘密持ちと嘘つきが多すぎる。


「……まあいい。詳しい状況は報告書にして提出しろ。」


「了解。灰児、行きましょう。」


「その報告書には太刀村の事も詳細に記述するんだぞ。」


「それは拒否します。灰児は私の相棒ですので。」


俺の手を引き、歩き出した澪は背中越しに答えた。あからさまな返答に鬼島は怒鳴り返す。


「おい、袴田!!4課の捜査官として…」


「どうしても記載しろというなら報告書の代わりに辞表を書きます。有能な捜査官と最強の部外協力者を失った責任は補佐が取ってください。」


澪も強気な事だ。霧島が自分につくと分かっているからこその駆け引きなのだろうが……


─────────────────────────


本社ビルのエントランスホールでも口論する者達がいた。4課課長の霧島と本部長の嘉神だ。


俺のスーツが10着は買えそうなスーツに身を包んだ嘉神が、不機嫌そうに霧島に文句を垂れる。


「霧島、なぜ勝手に動いた? 腐肉の王に関する一件は私が指揮を執ると命令しておいたはずだが?」


霧島は上司に対しても臆する事なく答える。


「肉倉は資産売却を進め、逃亡の準備にかかっていました。火急かつ速やかに事態を収拾する必要がある、そう判断したまでですが?」


どうやら霧島は嘉神に無断で今作戦を実行したらしい。俺達の姿に気付いた嘉神は無遠慮な視線を送ってくる。


「……確かキミは太刀村灰児だったな。なるほど、腐肉の王を仕留めたのはキミだったのか。」


「俺の事はご存じなようだ。ホームページでPRしたのがマズかったかな?」


「ホームページなど見ずとも「王殺しの王」の事ぐらいは知っている。特対課が把握しているだけでも過去に二人の王級を仕留めている男なのだからな。」


ホームページはジョークだよ。ボケたんだからツッコんでくれ。


「今夜で三人になったな。仕事は済んだし俺は飲みに行く。じゃあな、本部長。」


特対課の総元締めと関わっても碌な事はない。サッサと退散しよう。


───────────────────────


迎えに来た町田の運転するSUVに澪と一緒に乗り込み、深夜営業している居酒屋の前で降ろしてもらう。


「袴田主任も行かれるんですか? まだ後始末が…」


「町田、私は素面で報告書を書いた事がないの。後始末は任せたわね。」


素面で報告書を書いた事がないって……捜査官としてどうなんだ?


些細な問題を棚上げした俺達は、チープな居酒屋チェーンの一角に陣取って祝杯を上げる。


「乾杯しましょう、コンビ結成の夜に。」


「そうだな。乾杯しよう、澪の兄さんの魂の安寧を願って。」


生中を煽って生じた口元の泡を、義元の手が卓上ナプキンで拭いてやる。


「……大丈夫なのか、澪?」


ソンブラの義元がせっかく泡を拭ったばかりだと言うのに、宿主の澪はまた口角から泡を飛ばす。


「大丈夫に決まってるでしょ!私はそんなにヤワな女じゃないわ!兄さんの事は4年前に整理はしてる。お別れが今夜になっただけで…」


「わかったわかった。」


「なにやってんのよ、灰児!スマホなんかイジってないで、相棒の話はちゃんと聞きなさい!」


メールは受信した時に返信しないと、忘れちまうんだよ。


「仕事は終わったと晶にメールしてる。婆さんから旅行中の保護者を頼まれてるんでな。」


オマケに晶は返信があるまで何度もメールしてくるんだ。天然少女の晶にとって孤独な中年男も女子高の友達も、さほど変わりはないようだ。


「はん!住所不定無職の灰児に保護者を頼むなんて無責任な婆さんです事!」


「そういう澪は誰にメールしてるんだ?」


「翠ちゃんよ。私と同居してるのは知ってるでしょ?」


中年と捜査官がメールを終えた時に、注文した料理各種が運ばれてきた。


「おっ、きたきた。私、子持ちシシャモが好物なのよね~。」


「澪、言葉は正確にな。これはカペリン、キュウリウオ目キュウリウオ科の海水魚で、シシャモではない。」


「メニューには子持ちシシャモって書いてあるわよ?」


「その方が通りがいいからな。子持ちカペリンも旨いが、本物の子持ちシシャモには及ばんよ。」


北海道出身の細山田部長に食べさせてもらった子持ちシシャモは格別だった。居酒屋に行く度に"本物のシシャモは~"って嘆いてたなぁ。


仏頂面で刺身盛り合わせに手を伸ばした澪は貝類をチョイスする。


「赤貝もあるわね、いただき!……また"言葉は正確に"とか言わないでよ?」


「言葉は正確に。それは赤貝ではなくサルボウ貝だ。これはこれで美味しい貝ではあるが…」


「ねえ、灰児。美味しいお酒を飲もうと思わない?」


俺は偽物の似合う男なんでね。カペリンもサルボウ貝も大好きなのさ。


「偽名を名乗っていても価値ある人間はいる、食材だって同じだ。澪の事だからシメジの事も知らないだろう? スーパーで売っているシメジはブナシメジで本シメジとは別物…」


「やめてやめて!今まで美味しく食べれていたモノが、灰児の蘊蓄うんちくのせいで色眼鏡付きで見えるようになっちゃうでしょ!」


「言っておくがカペリンにもサルボウ貝にもブナシメジにも罪はない。商売上の都合で偽名を被せた人間側の身勝手なんだ。偽名を被せた汚名を甘受しながら頂こうじゃないか。」


「灰児って性格が歪んでるわね!友達出来ないわよ!」


ご忠告ありがとう。ま、「寂寥の王」と呼ばれる魔剣を持つのがこの俺だ。その名の通り、友達はいなくてもいいさ。今夜、相棒は出来た事だしな。



俺は知らない方が幸せな知識を相棒に講釈しながら、酒を飲む事にした。


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