16話 王と王の決闘



摩天楼の頂点を舞台に、ソンブラの頂点に立つ王と王の戦いは始まった。


魔剣と魔杖が噛み合いながら火花を散らし、鎧をこそぎ落としながら宿主二人は血を流す。


「やりおるな、寂寥の王よ!」


「貴方もね、と言いたいところだけど、少し歯応えがないわね。」


ノーラの言う通りだな。以前に戦った王級ソンブラはもっと手強かった。このコンビの力は把握した事だし、そろそろ全力でいこうか!


「肉倉礼二、どうやら貴様は名ばかりの王だったらしいな。」


「なにを抜かすか!儂こそが"王の中の王"だ!」


「いや、"裸の王様"さ。それを分からせてやろう。」


本気になった俺とノーラは完全に意識を同調させ、魔剣士としての本領を見せた。


強く、速く、鋭く、怒りを込めた斬撃を打ち込む俺とノーラの前に、礼二とゼブルは防戦一方だ。


漆黒の殺し屋となった俺達と打ち合って2分としないうちに、決定的な隙が生じる。


「遅いっ!」


「ぐあぁっ!」


叩き斬られた左腕が屋上の床に転がり、礼二は右手に握った髑髏杖で棒高跳びして距離を取る。


その杖にしても無数にヒビが入り、限界が近いようだ。


魔剣のレリーフが呆れたような声で、劣勢の宿主と影に問いかける。


「トロくて脆い奴ね。それでも王級なの?」


パワーだけなら互角の様だが、動きが緩慢。速さも鋭さもノーラの敵ではない。


「ノーラ、腐肉の王は特能に力を集中するタイプだ。特能抜きならせいぜい侯爵級の力でしかない。」


「絶対防御に胡座をかいてきたツケが回ってきた訳ね。」


あらゆる攻撃を取り込み、相手に返す。腐肉の盾は攻防一体の能力だ、本体が強力である必要は薄い。いや、"特能に力を注ぎ込み、本体に回す余力がない"というべきだろう。


「せ、寂寥の王、取引をしよう。娘の力を使えば…」


肩で息をする礼二の台詞を、俺は遮った。


「黙れ、取引の条件は俺が提示する。澪の兄さんみたいに、今までに取り込んだ奴を出してみろ。そうすれば救ってやる。言っておくが妙な真似をしたら即座に絶対領域で封印し、貴様の首を刎ねるからな?」


「……わかった。」


腐肉の盾に無数の人面疸じんめんそが現れる。苦悶の表情を浮かべた顔達は、悲しい気な呻き声を上げ続けている。


「誰でもいい、意識があるなら答えてくれ。」


俺は何度か問いかけを続けたが、人面疸達は誰も答えず、呻き声を上げ続けるだけだった。


「やはりな。腐肉の王、貴様の盾に取り込まれた者は自我が崩壊する。……そうなんだろう?」


「……そうだ。あの男がなぜ未だに自我を保っているのか儂にもわからん。」


妹の身を案じていたからに決まっているだろう。……よし、時間的には十分だな。


「さっき、救ってやると言ったが…」


「油断したな、馬鹿め!」


王の叫びと共に、腐肉の盾が凄まじい速さで俺の体を覆う。


「カハハハハッ!腐肉の盾に取り込まれればもう何も出来まい。寂寥の王、貴様は儂のコレクションとなるのだ。」


「……やれやれ、酷い臭いだ。こんな臭いのをクリーニングに出す訳にもいかん。安物のスーツで良かったよ。」


切り裂いた肉壁を投げ捨てから鎧を部分解除し、取り出した煙草に火を点ける。少しは腐臭が紛れるかと思ったが、気休めにもならんな。むしろ腐臭と煙草の匂いが混ざってより悪臭がキツく感じる。俺は咥えたばかりの煙草を吐き捨てた。


「……馬、馬鹿な。腐肉の盾はあらゆる攻撃を取り込む。王級の魔剣といえど例外ではない!」


「腐肉の盾を切り裂いた訳じゃない。斬っただけだ。」


「空間を斬っただと?」


俺は空間に入った亀裂を魔剣で指し示した。切り裂かれた空間は徐々に収束してゆく。


「見ての通りだ。魔剣ノーラにはもう一つ、特能がある。物質ではなく、空間そのものを切り裂く能力がな。」


次元斬はチャージに時間がかかるが、一撃必殺、無双の斬撃だ。対象が厚さ1mの鉄塊でも関係ない。切り裂くのは物質ではなく、その空間だからだ。


「説明が終わったところで、救済を開始するか。」


「儂を助けてくれるんだな!そうなのだろう?」


「言葉は正確に。救ってやるとは言ったが、救うなどとは言ってない。」


さっきの台詞には主語がなかっただろ? ちゃんと確認しておけ。


「……待て、待ってくれ……」


髑髏杖で身を守りながら、隻腕の敗者は後退る。


「……澪、いいな?」


離れて見ている相棒に俺は確認した。


「……ええ。兄と犠牲者達を解放してあげて……」


「数多くの宿主と影を愚弄してきた腐れる王よ、朽ち果てる時が来たぞ!」


「ぬああぁぁぁ!!」


腐肉の王の魔杖をへし折りながら、俺の魔剣が心臓を貫いた。


「ぐほっ!!」


吐血しながら倒れる肉倉礼二を見下ろしながら、俺は捨て台詞を贈る。


「終わりだな。魔杖は折れ、じきに武装化も解除される。心臓を潰された状態で武装化が解ければ、命はない。」


「……馬鹿な……儂は王………王……なの……だ……」


死にゆく王は呟くが、その身を纏う鎧は蝋細工のように溶け落ちてゆく。……まだ腐肉の盾が使えるだと!


俺は魔剣を構えたが、腐肉の盾はグジュリと人型に変形し、攻撃はしてこない。


「兄さん!!」


駆け寄ってきた澪が兄の体を抱き上げ、半身だけの兄は最愛の妹に微笑んだ。


……魔杖が折れた事によって肉倉は腐肉の盾を制御出来なくなり、自我の残滓を残していた男が束の間の所有権を手にしたようだ。兄妹に残された最後の時間、惜別の時、か。


「……澪、寂寥の王、ありがとう……」


「兄さん、彼は灰児って言うの。私の相棒よ。」


「……そうか。……灰児さん、妹の力になってやってくれ……」


俺は頷き、約束の言葉を紡ぎ出す。


「ああ、任せてくれ。」


「……澪、元気でな……」


「兄さん!!」


蒸気のような煙を上げながら、澪の腕に抱かれた兄は消失していった。澪の兄と腐肉の王は行くべき場所は違えども、この世界からは離別したのだ。


「動くな!」


こっそりヘリに乗り込もうとしていた礼子に釘を刺す。


最後の悪足掻きで、白目のない漆黒の瞳で俺を見つめた礼子だったが、その能力は宿主には通じない。


「気が済んだか?」 「次はアンタの番よ?」


「待って!投降するわ!暗室送りでもなんでもいいから命だけは!」


「パパが寂しくないように、アンタも地獄に落ちなさい。下着を糞尿まみれにしながらね!」


魔弓から放たれた矢が礼子の肩を貫き、鎧だけでなく肩肉まで溶かして肩甲骨を露出させる。


「あああぁぁぁぁ!!た、助けてぇ!!」


逃げ出した礼子だが、じきにフェンスに阻まれ、汗塗れの怯えきった顔をこちらに向ける。


「ストッキングが濡れてるわよ? アンタ、本当に漏らしたの?」


無様だな。親子揃って死に際が醜い。


「あ、貴方は捜査官なんでしょ!法を守りなさいよ!」


さんざん法を破っておいて虫のいい事を言う女だな。往生際の悪い事だ。


「敵対的ソンブラとその宿主の基本的人権は剥奪される。しかし武装化を解除して投降した場合、身柄を確保し、命まで奪ってはならない。特殊犯罪対策法、第一条、第二項ね。」


澪は弓を構えたまま、法の条文を諳んじた。


「そうよ!ほら!武装化は解除したわ!捜査官なら私を殺せないわよね!」


「残念ね。私は越権上等、法令無視が日常の特対4課、その捜査官よ!」


澪の放った無数の矢はフェンスごと礼子の体を射貫き、女淫魔は糸引くような悲鳴を上げながらビルの屋上から地獄へと転落していった。数秒後、凶器と化したアスファルトが女を肉塊に変える音が聞こえた。……終わったな。


宿敵親子に復讐を果たした澪は大きく息を吐き、人差し指と中指を伸ばして手を差し出してきた。


「灰児、煙草を頂戴。」


「禁煙中だったんじゃないのか?」


「今だけよ。兄さんに上げる線香の持ち合わせがないの。」


俺は澪の唇に煙草を咥えさせ、火を点けてやった。仕事は終わった事だし、俺も一服するか。


煙草を咥えた俺に澪が顔を近づけてくる。


「お、おい。」


「動かないの。」


澪の煙草の先から直接火を貰い、俺は紫煙を吹かす。


「どう、美味しい?」


悪戯っぽく笑った澪から顔を背け、声が上擦らないように注意しながら返答する。


「まあまあだな。」


「可愛くないわね。」


「中年に可愛げがあってどうする。無用の長物だ。」


「無用の長物でも存在はしてる。盲腸みたいにね。」


「ご生憎様、もうどっちも摘出済みなんだ。」


「それが最後の嘘にしなさいよ。相棒に嘘は良くないわ。」


そうだな、相棒に嘘は良くない。俺の盲腸はまだ健在だ。可愛げの方は摘出済みだが。




俺と澪は夜景を眺めながら至福の一服を楽しむ事にした。


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