15話 腐肉の王



最高経営会議の開かれる今夜を狙って作戦は決行された。しかし土曜の夜に会議とは肉倉コーポレーションはなかなかのブラック体質だな。その企業史も今日で終わりだが……


俺は屋上のフェンスを引き裂いて視覚を強化し、眼下を見下ろしてみる。増援の警官達が通行人を誘導し、車両で壁を作って本社ビル周りを封鎖、いい手際だ。日本の警察はやはり優秀だな。そして黒塗りのSUVから飛び出して行く武装化した4課の捜査官達、先陣を切るのはやはり鬼島か。


最後に車から降りた霧島は腕を組み、ビルを見上げて仁王立ち。姿を見せたのは肉倉への威嚇だ。4課課長が出張ってきたと知った肉倉は逃げにかかるだろう。霧島は肉倉に勝てるかどうかわからないと言っていたが、それは肉倉にしても同じ事だ。王級ソンブラ同士の戦いはやってみなければわからない。


車内では煙草を吸い損ねたので、また煙草に火を点ける。吸い終わる頃には腐肉の王とその娘が姿を見せるだろう。


「澪、一の矢は頼む。腐肉の王の特能が見たい。」


「どうせ封じてしまうつもりなのに? はいはい、わかってるわよ。私に花を持たせてくれるつもりだっていうのはね。……義元、準備はいい?」


「任せろ。あの時の借りは倍にして返してやる!俺はソンブラ界一の魔弓、澪は魔剣士最高の弓取りなんだからな!」


澪のソンブラは魔剣ではなく魔弓だ。そしてその矢は当たれば影鎧シャドウアーマーですら溶かす。絶対領域の外からでも射撃による攻撃が可能な澪は相性的にも俺の相棒に向いている。


「魔弓"義元"ねえ。普通なら"与一"じゃないか?」


「私は静岡出身なの!言っとくけど「東海一の弓取り」と詠われた今川義元はダメ武将なんかじゃないわ!戦争にも内政にも秀でた名将だったんだから!」


「知ってるよ。だから武田信玄でさえ義元とは敵対せずに同盟を結ぶ道を選んだ。義元の不運は隣国に戦国最高の天才、織田信長が生まれた事だ。」


しかも天候まで信長に味方したしな。だが義元にも油断があった。だから戦力的に劣る織田軍に首を取られたのだ。俺達は義元の轍を踏まないようにしないとな。


待機する事暫し……塔屋のドアが乱暴に開かれ、白いダブルのスーツ姿の壮年男性と、赤いビジネススーツ姿の若い女が屋上に現れた。肉倉礼二、礼子に間違いない。


俺は煙草を捨てて踏み消し、逃亡してきた王に挨拶をした。


「……月の綺麗ないい夜だ。肉倉礼二、「腐肉の王」よ。辞世の句を考えろ。」


「……何者だ?」


澪が魔弓をつがえ、親子に向かって矢を放つ。瞬時に武装化した腐肉の王は、髑髏の杖を使って矢を叩き落とした。


「もうお忘れ? 腐肉の王だけあって脳味噌も腐っているのかしら!」


次々と放たれる矢、王級の割には動きの鈍い腐肉の王は躱しきれなくなったのか、呼び出した大盾で受ける。驚く事に、腐汁を垂らす肉の盾は澪の放つ矢を全て呑み込んでしまった。


「私の魔弓を!? あの時は見えなかったけど、それがアンタの能力って訳ね?」


「……思い出したぞ、確か4年前だ。あの夜、肉親を盾に無様に逃げ出した小娘だな?」


「涙と鼻水を垂らしながら遁走する姿は惨めだったわね。下着が糞尿まみれだったんじゃない?」


親子の嘲り笑いが、澪の怒りに火を点ける。


「あの時とは違うわよ!喰らえ!!」


澪は特大の矢をつがえ、放たれた矢は分裂しながら放射線状に親子に襲いかかる。


腐肉の王は大盾をさらに巨大化させ、壁となった腐肉は矢の雨を全て呑み込んでゆく。


「無駄だ。我が「腐肉の盾」はあらゆる攻撃を呑み込む。それが魔剣でも例外ではない。……せっかくもらった矢だ、返すぞ!」


腐肉の表面に現れた気味の悪い肉萌から、無数の矢が飛んでくる。俺は澪を抱えて逃亡用のヘリの上に跳び乗った。


「まだ矢はあるんだろう? 撃ってこないのか?」


「貴様!!」


撃てる訳ないよな、命綱のヘリを壊す訳にはいかない。


「お父様、急がなくては!」


「うむ。馬鹿な男に感謝しよう。ヘリを壊されていれば面倒だった。」


「あえて壊さなかったんだ。俺達を斃せば希望があるかも、と思わせる為にな。」


「では貴様らには絶望を見せてやろう。王の慈悲としての、絶望をな!」


腐肉の盾に青年の半身が現れた。その姿を見た澪の表情が蒼白になる。


「兄さん!?」


「……み、澪……」


なんだと!! 澪の兄さん!? 


「腐肉の盾は全てを呑み込む。そして呑み込んだ者を力に変えるのだ。おまえの兄はなかなか良い力をしている。」


「フフフッ、せっかく兄妹の対面が出来たんだから、お涙頂戴のメロドラマでもやってみせてよ?」


クソッ!しくじった、問答無用で絶対領域を使っておくべきだったのだ。


「……兄さん……生きていたのね!」


「……もう生きてはいない……自我の残滓が揺蕩たゆたっているだけだ。」


「残滓でもいい!また兄さんに会えたんだから!」


「さて、感動の対面も終わった事だし、ヘリから降りて武装化を解除しろ。儂が死ねばおまえの兄の残滓も消えるぞ?」


勝ち誇って宣言する腐肉の王を前に、澪は固まって動けない。


「澪、殺るんだ!もう俺は死んでいる!!」


「出来ない、私には出来ない!!何か助ける方法が…」


悲痛な兄の叫びに首を振る妹、……予定変更だ。腐肉の王は、俺が終わらせるしかないようだな!


俺はヘリから飛び降りて腐肉の王へ向かって走る。肉萌から飛んできた矢を叩き落とし、魂まで腐敗した王の眼前まで迫った。


娘を背後に逃がしながら突き出された髑髏の杖を俺は手にした魔剣で跳ね上げ、魔剣のレリーフとなった貴婦人の瞳が髑髏杖の黒く穿たれた目を睨みつける。


「礼二、此奴は王級の魔剣じゃ!腐肉の盾を使え!」


髑髏がカタカタと顎を震わせ、宿主に警告する。


「なんだと!貴様も王級のソンブラを持っているのか!?」


「我が名は魔剣ノーラ。……静寂の力を操る、寂寥の王……」


「寂寥の王!!いかん、礼二!此奴は影の世界最強と畏怖された…」


「もう黙れ。」 「お黙りなさい。」


絶対領域が発動し、腐肉の盾が消え失せてゆく。


絶対防御を誇る腐肉の盾を奪われた宿主の額を、一筋の汗が流れる。


「ゼブル!腐肉の盾を出せ!」


叫ぶ宿主に影も叫び返した。


「やっておる!じゃが出せんのじゃ!」


「出せん!? どういう事だ!……まさか!」


「そのようじゃ。……此奴の能力は特能封印、この能力が故に誰も手を出せなんだのか……」


「ならばどうするのだ!」


「基礎能力だけで屠るしかない!勝負じゃ、寂寥の王!」


「望むところよ、腐肉の王!」


寂寥の王ノーラと腐肉の王ゼブル、そして俺と礼二の力比べだ。




人間の尊厳、その魂まで虚仮コケにしてきた報いを、刃でその身に受けるがいい!


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