14話 復讐者は摩天楼を登る



晶がカタチになるまでは毎日訓練する予定だったが、サタデーナイトフィーバーに参加する事にした以上、カタが着くまでは接触しない方がいい。俺は晶に電話でその旨を伝える。


「そういう訳でな、しばらく訓練は中止だ。」


「わかった。灰児さん、埋め合わせはネズミーランドでいいからね!」


「いやいや、埋め合わせはするつもりだが、なぜネズミーランドなんだ?」


「私が行きたいから!」


「だったら彼氏か友達でも誘え。中年とネズミーランドに行ってどうする。」


「彼氏なんていないし、灰児さんも友達でしょ? 影を使役するフレンズ、なんちゃって♪」


爺婆フレンズより嫌なフレンズが存在するとは思わなかった。……いや待て、いつから友達になったんだ?


「灰児、ネズミーランドぐらい別にいいじゃない。」


実体化したノーラが耳元で囁いてくる。余計な事を言うんじゃない。


「ホントに? じゃあノーラさんも一緒に行こうよ!」


一緒にもなにも影は宿主としか行動出来ないだろう。


「オーケーよ、晶ちゃん。私も行きたかったんだけど、オッサン一人でネズミーランドは寒すぎるから言い出せなかったのよね~。灰児、たまには私にもご褒美をくれてもいいんじゃない?」


それを言われると辛いな。ノーラには無償で俺の目的に協力させている。まあ勝手に押しかけてきたのはノーラの方ではあるが……


「わかったわかった、ネズミーランドでいいんだな? うまく土曜で全てのケリがつくといいんだが……」


「わ~い、じゃあ日曜はネズミーランドだね♪」 「楽しみだわ♪」


やれやれ、参ったな。しかしネズミーランドに行きたがるソンブラか。前々から思ってたがノーラは人間臭過ぎる、付き合う分には都合がいいが……


───────────────────────


作戦決行日の夕方、新宿のビジネスホテルで霧島から作戦概要を説明された俺は、町田の運転するSUVで澪と共に作戦地点へ移動する。


「しかし肉倉ししくら礼二が「腐肉の王」だったとはな。」


俺は肉倉が表紙を飾る経済誌を床に投げ捨て、煙草に火を点けた。


「不動産業で急成長する肉倉コーポレーション、その原動力は肉倉の娘でグループ幹部、肉倉礼子の特能にあった。彼女は宿主ではない男性を魅了する能力があるの。ところで灰児、私が禁煙中なの、知ってるわよね?」


そうだった。俺は点けたばかりの煙草の火を消して携帯灰皿に捨てた。


「その能力で自社に都合のいい取引を次々と成立させていた訳か。男をたぶらかす特能、考えようによっては最強の能力だな。」


「でも万能って訳じゃない。宿主に通じないのはともかく、女にも通じない。あと、枯れた男にもね。」


女淫魔サキュバスみたいなモノか。実力行使がやむを得ない場合に備えて省吾みたいなのを飼ってたんだな。」


手口がバブル期の地上げ屋だな。そんな輩がいるから、真っ当な土建業と不動産業は迷惑するんだ。


「でしょうね。肉倉のミスは省吾を幹部の末席に加えた事、奴の特能がいくら戦闘向きで高位ソンブラに進化出来れば主戦力になり得るとしても、頭がパーじゃ意味ないわ。」


オマケに暗室送りが嫌で秘密をベラベラ喋っちまったんだから、口まで軽いときたもんだ。頭と口が軽い輩を幹部にしたのが腐肉の王の運のツキだったな。


「戦闘向きの特能ねえ、そうは思えなかったが……」


「奴の能力は超硬質化、魔剣と鎧の強度を跳ね上げられる。灰児だからサックリ倒せたけど、高位ソンブラだって手を焼く硬度だったでしょうね。」


なるほど、ちょっぴり硬いなとは思ったんだ。魔剣化したノーラの前には、並のソンブラの鎧はウェハースみたいなモノだが、省吾は板チョコぐらいの硬さはあった。


「澪、肉倉コーポレーションの本社ビルを強襲って事は、グループ幹部は全員宿主なんだな?」


全員、ね。まあ真っ当にサラリーマンをやってる連中は巻き込まないようにするわ。それは鬼島さんの仕事だけど。」


課長補佐の鬼島か。4課のナンバー2で推定、公爵級のソンブラ。一度だけ会った事があるが、見るからに出来そうな男ではあったな。


SUVが停車し、町田が澪に声をかける。


「主任、予定地点に到着しました。ご武運を。」


「ご苦労様、灰児が一緒だから心配いらないわ。」


肉倉コーポレーションの本社ビル近くで車を降り、俺と澪はビルの裏手の路地裏の影に隠れて待機する。澪は何度か腕時計を見ていたが、予定時刻になったようだ。


「後10分で作戦決行よ。灰児、どうやって屋上まで行くの?」


奇襲された肉倉は屋上のヘリポートから脱出を図るだろう、それが霧島の読みだった。省吾が行方不明になった時点で資産を現金化してサッサとトンズラすべきだったのに、強欲で身を滅ぼすとは馬鹿な王だ。礼子の特能さえあればいくらでも出直しが利いただろうに。……いや、末端の幹部が行方不明になったぐらいで、ここまで育った事業を手放すなんて出来ないか。人間は手にした果実をそう簡単には手放せない生き物だ。


「シンプルに登る。澪、俺におぶされ。ノーラ、武装化だ。」


鎧を纏った俺はコンクリートの壁に指を突き立て、登頂を開始する。


「まるでスパイダーマンね。コンクリートの壁に指を刺すとか灰児ならではだわ。」


「……澪、腐肉の王のトドメはおまえが刺せ。」


「……どうして?」


「霧島から事情を聞いた。なぜ、最初から言わなかったんだ。」


「言えば灰児が協力してくれるのはわかっていたわ。でもそれじゃあ、腐肉の王を斃した事にはならない、そう思ったの。」


誰かの情に頼る事なく腐肉の王を斃したい、か。馬鹿なこだわりだが嫌いじゃないぜ、そういうのは。


「澪、俺との伝手を作ったのも、それなりの信頼関係を築いたのもおまえの力だ。他の人間だったらほっといたさ。」


「どうかしら? 灰児は女には甘いからなんだかんだ言いながら、首を突っ込んでいそうな気もするけど?」


澪の台詞を聞いた腰の魔剣がクスクス笑う。


屋上に登った俺は澪を降ろし、決戦場となるヘリポートに立った澪も武装化する。漆黒の鎧を纏った澪は俺に提案してきた。


「灰児、信頼関係と言ったけど、"それなりの"を取ってみない?」


「いい提案だな。俺もそうしようかと思っていた。」


「決まりね。今夜から、灰児と私は信頼関係に結ばれた提携相手パートナーよ?」


「契約の手付金は腐肉の王の首、だな。」


「……ありがとう、灰児。」


「礼を言うのは腐肉の王を斃してからだ。」


月明かりの照らすビルの屋上で、復讐者とその助太刀は逃亡してくる王を待ち受ける。




……絶対領域で特能を封じても王級ソンブラは手強い、シメてかからないとな。信頼関係を結んだ夜が命日だったなんて洒落にもならない。



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