36話 暗闇の中で、黒幕を暴く
裏切り者の頭にバケツに入った水をかけ、挨拶してみる。
「お目覚めかな? 裏切り者の町田君。尋問のBGMにモーツァルトの曲をかけてみたんだが、ワグナーとどっちがいい?」
肘掛け椅子に拘束された町田は窓のない小部屋を見渡して、部屋の片隅に立て掛けてある棺桶を見つめた。
「あれが俺の棺桶かよ。脅しの小道具にしても、もっとマシなモンを用意しとけ。おどろおどろしいだけで、造りがチープすぎる。ついでに言えば俺はモーツァルトもワグナーもショパンも嫌いだ。クラシック自体が嫌いなんでな。」
クラシック嫌いなのと菜食主義者なのは、澪から聞いて知っている。だから嫌がらせの一環として、BGMにクラシックを選んだんだ。
「それは失敬、棺桶は通販でなかなかいいのがなくてね。チープな裏切り者にはお似合いだと思ったんだが?」
「また通販かよ。オッサンは通販マニアなのか?」
「棺桶の出来不出来はどもかく、場合によってはあそこへ入る羽目になるのは理解してるな? ではファーストクエスチョン、無影の王は何者だ?」
「痛い目に合うのはかなわんし、素直に答えるよ。実は……この国で内閣総理大臣をやってる男がその正体なんだ。」
腰の効いたパンチを町田の肝臓に決める。肘掛けが邪魔で肝臓のど真ん中は逸れたかな?
「ぐえっ!……痛えだろうが!素直に喋ったってのに暴力はよせよ。」
「ウソを言うのはエイプリルフールだけにしろ。おまえの面白くもないジョークに付き合う気分じゃないんだ。」
「間抜けな死に様を晒した相棒の顔が脳裏にちらつくから、かい? あの女、無様だったよなぁ!」
無言でもう一発、肝臓を殴る。今度はど真ん中に当たったな。
「ハッハァ!痛い痛いぃ!……そんでよ、テメエも痛いところを突かれたか? 俺はよぉ、手駒ごと刺し貫かれた時のあの間抜け面を思い出すと、愉快で愉快で笑いが…」
ポケットナイフを取り出して、バンドで拘束された手を肘掛けに縫い付けてやったが、町田はヘラヘラ笑って減らず口を叩いてきた。
「うぉう!骨と骨の間を綺麗に抜いたな!さすがは最強の宿主、人を痛めつけるのもお手のもんだ!」
「両脚の傷口はスカーフェイスが塞いだが、かなり出血はしたはずだ。これ以上の出血は命取りになるかもな。あの棺桶の中にはおまえの両脚が入ってる。素直に口を割って両脚を繋げるか、それとも死ぬかだが、どうするね? 急がないと傷口が腐って繋げられなくなるぞ?」
「お手々が痛いよぉ!スカーフェイス!お手々が痛い!早く出てきて治してくれ~!……なんてな? おい、オッサン。オッサンは武器化したソンブラを破壊すれば、しばらくは無力化すると思ってるだろう?」
「違うのか? なにせ武器化したソンブラを壊されるような間抜けな経験はないんでね。詳しくは知らないんだ。」
「だと思ったよ!スカーフェ…」
町田の台詞が終わる前に、小部屋の明かりは消え、一切の光がない暗闇になっていた。
「町田、なにか言ったか?」
「テメエ……」
「この部屋に窓がない事ぐらいわかっていただろう? さあ、教えてくれ。無影の王は何者だ?」
暗闇の中、そっと町田の耳元に囁いてみたが、町田は鼻を鳴らしてから鼻で笑った。
「オッサン、頭を掴むなよ。綺麗にセットした髪型が乱れるだろ?」
頭髪ごと頭を掴まれたのが気にくわないか。ま、いい気分の人間はいないだろう。
「安物のポマードの匂いでおまえの臭い息が紛れるのはいい事だ。……話せ!無影の王は何者だ!」
「テメエのお袋だよ!わかったか!」
カタカタと木箱の揺れる音がしたので俺は部屋の明かりを点けた。
タバコを取り出し、火を点ける俺の姿を見た町田の表情が固まる。
「!?……どういう事だ? 俺の頭を掴むこの手は一体誰の手……」
頭を掴む手の先に視線を送った町田は、肘掛け椅子の傍に立てられた棺桶に気付いた。
暗闇の中を移動していた棺桶、その蓋に空いた穴から伸びた手が引っ込み、柩の蓋を開けて腕を武装化した少女が現れる。
「剣崎晶!……しまった!!」
「ほう? おまえは晶の特能を知っているようだな。おおかた澪のオフィスかマンションを盗聴していたってところだろう。」
「スカーフェイス!!」
町田の足元から飛び出した魔槍を瞬時に武装化しながら叩き落とし、即座に魔剣を抜く。そして渾身の力で、今度は武器の
「レリーフが無事なら再生に時間はかからない。そんな事は知っていた。自然な流れで暗闇にする理由付けに使えるから知らないフリをしていただけだ。」
破壊された事のない
「なぜ晶は武装化出来たんだ!部屋の中は暗闇だったのに!」
少しは頭を使え。棺桶は捕らえた宿主から光を遮断する為に使うだろう? だったら逆の使い方だって出来るに決まっている。
「棺桶はその為に必要だったんだ。部屋の中は暗闇だったが、棺桶の中には明かりが灯っている。だから武装化出来た。晶は蓋の穴から腕だけ出した後に武装化、本体には影が生じているからソンブラは活動可能、理解出来たか?」
「灰児さん、無影の王の正体は…」
「言うな小娘!言えばおまえも破滅だぞ!!」
町田は口からツバを撒き散らし、椅子に拘束されたまま暴れ喚いたが晶は取り合わなかった。
「無影の王の正体は……特殊犯罪対策課本部長、嘉神宗武だよ。町田さんは直接、嘉神本部長から指示を受けてる。」
「……やっぱりそうだったか。」
「やっぱり? 灰児さんは予想してたの?」
「ああ。町田がかつて嘉神が率いていた1課から転属してきた捜査官だって事と、肉倉グループの摘発を自分でやろうとしていた事、疑わしい点が二点もあれば、そりゃ疑うさ。」
正体の予想はついていたとはいえ、宜しくない事態だな。嘉神が公権力を行使出来る立場なのも問題だが、それよりもマズいのは特対1課は丸ごと敵である可能性が高いという事だ。いや、嘉神は特対課の設立者、下手をすれば2課と3課も敵である可能性がある。……4課の霧島は敵ではないだろうが、晶の証言だけでは動くに動けまい。
「灰児さん、私達はこれからどうすればいい?」
嘉神が黒幕である確証は得た。晶の証言だけでは4課は動けない、だが俺が動くには十分だ。
「後の事は冥に指示してある。海外にいる婆さんと合流し、俺からの連絡を待つんだ。」
「一人で戦うつもりなの!? いくら灰児さんが最強の宿主でも、相手は特対課の総元締めなんだよ!」
わかっている。だが嘉神宗武だけは生かしておけない。俺がこの手で始末しなければならないんだ。
「俺が失敗した場合に備えて、権藤に後の事を頼んである。見た目は冴えない権藤だがな、内閣をひっくり返した事さえある凄腕なんだぞ? 防衛省の一部門ぐらい軽いもんだ。」
澪の遺してくれたUSBメモリは権藤に託した。暇潰しで権力を糾弾するやさぐれジャーナリストなら、嘉神を社会的に追い詰めてくれるはずだ。
「失敗とか言わないでよ!私達も力を貸…」
「ダメだ!晶、駄々をこねて困らせないでくれ。さあ、行くんだ!」
「……う、うん。わかった。」
後ろ髪を引かれる思いなのだろう、晶は何度も振り返りながら部屋の出口へ向かう。そしてドアを閉める前に作り笑顔で敬礼した。
「……灰児さん、いい報せを待ってるからね!」
そうしたいが、暗殺に成功しても嘉神宗武が敵対的宿主だったと証明する物証は出ないかもしれない。そうなれば証拠は直るかどうかも定かじゃないUSBメモリだけだ。現時点では首尾良く嘉神を殺せても、俺は重犯罪の容疑者として追われる事になるだろう。
──────────────────
晶が部屋を出ていった後、俺は町田に向き直った。黒幕の正体を掴まれた町田は開き直ったようだ。
「お涙頂戴のメロドラマは終わったみたいだなぁ。次に終わるのはオッサンの人生だろうけどよ!」
「さて、ソイツはやってみないとな。まあ、おまえは事の顛末を真っ暗な場所から見物してるがいいさ。」
「やれやれ、この部屋に閉じ込めとこうってのかよ。オッサンが戻ってこなけりゃ俺は餓死か渇き死にってか。どうせオッサンは無影の王に負けて死ぬだろうからさ、最後に教えといてくれないか?」
「何をだ?」
「クラシックをかけてたのは聞かれたくなかったからだろ? 部屋の隅にあった棺桶を、椅子の傍まで動かす音をな。そこまでは読めたんだが、その時にこの部屋は真っ暗だったはずだ。オッサンが俺の傍を動いていなかった事は息遣いでわかってる。耳はオッサンの音に集中してたからな。そして晶は棺桶の中、ソンブラは完全な闇の中では実体化出来ない。……誰が棺桶を動かしたのか、それだけがわからないんだ。」
「いい推理だ。……そうだな、誰かがドアを開けて入ってきてた、とか?」
「それだとドアから光が入る。さっき小娘がドアを開けた時、廊下には照明が灯っていたからな。」
「なるほど。おまえの言う通りだな。しかし……ドアから入ってきた人間はいない、その時点で答えは出てるんだがな。シャーロック・ホームズも言ってるだろ? "絶対にあり得ない可能性を全て取り除けば、残った一つはどんなにあり得なさそうでも真実である"ってな。」
「あり得ない真実?……まさか!おま……ぐほぉう!!」
町田が答えを言う前に、俺の魔剣がその胸を貫いていた。
「こ…の……嘘つき……が!……ここで……見物してろって……」
「嘘つき? 町田、言葉は正確に。真っ暗な場所から見物してろとは言ったが、この部屋だとは言ってない。地獄の底だって真っ暗だろう?」
「……頼む……止血してくれ……死ぬのは……イヤだ……」
やっぱり虚勢を張っていたか。時間さえ稼げば、捜査機関を配下に持つ
「澪を殺したおまえを生かしておくとでも思ったのか? 急所は外しておいた。ゆっくりとくたばりながら、迫り来る死の世界でも堪能するんだな。」
光を通さない頑丈な鉄製のドアを閉め、閂を下ろす。壁と扉に隔てられても、強化された聴覚が町田の泣き言を拾ってくるのが耳障りだな。サッサと地上に出るとしよう。
地上に出た俺は、ポケットから煙草と起爆スイッチを取り出し、一服してからボタンを押す。これで地下室へと続く通路は瓦礫で塞がれた。無影の王が町田の居場所を掴んだとしても間に合わない。掘り出している間に奴は失血死、だ。
これで裏切り者の始末はついた。……次は親玉の番だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます