37話 決戦は霞ケ関
「権藤、黒幕は割れた。無影の王の正体は特対課の元締め、嘉神宗武だったよ。」
「おまえさんの予想通りだったか。嘉神は自分の敵を合法的に排除する為に、法の執行機関の皮を被っていたんだな。それで、どうするつもりだ?」
「しれた事だ。落とし前をつける。」
「止めるのは……無駄かい、やっぱり?」
「ああ。万が一、俺が返り討ちに遭った場合は手筈通りに頼む。極めつけにヤバい事件に巻き込んですまなかったな。」
「気にしなさんな。人生エンジョイ原理主義者として本望さ。……そうだ、一応伝えておこう。例の件は調べがついた。細山田部長なんだが、やっぱり内調の諜報員だったよ。」
「関西のお友達とやらも仕事が早いな。類は友を呼ぶ、か?」
「人生エンジョイ原理主義者の友達が"細山田部長に極秘任務を依頼していた疑いのある人間のリストを送ってくれたんだが、その中に俺のコネの名前があったのさ。んで、コッチで裏を取った。細山田部長のメイン調査対象は太刀村灰児、おまえさんだったよ。」
なんだと!? 細山田部長の調査対象は……俺?
「どういう事だ、権藤!誰から何を聞いた!」
「俺はブン屋だぞ。
「尻尾を掴まれた大物宿主から抹殺を依頼されたのかもしれない、か。……ありがとう、権藤。」
「灰児、おまえさんの上司は正体を偽ってはいたが、孤児院育ちの部下に寄り添う気持ちに嘘はなかった。細山田文彦が内閣官房に宛てた"太刀村灰児に関する報告書"の一節も判明してる。"太刀村灰児は極めて強力な宿主ではあるが、敵対的宿主ではない。平凡な生活を送りたいと願っている普通のサラリーマンに過ぎず、社会への脅威には成り得ないと推察される。ゆえに不用意な干渉はせず、静かに動向を見守るだけに留める事を強く推奨する"、報告書はこう結ばれていたそうだ。」
……細山田部長は俺に平凡なサラリーマン生活を送らせたいと願っていたのか。それにしても俺をピンポイントで狙った動向調査、その依頼元は内閣官房……話が見えてきたな。
「権藤、俺は嘉神から落とし前をつける準備を始める。明朝のニュース番組を楽しみにしてな。」
「おまえさんの顔写真がテロリストとして公表されるのを楽しみに待てってのか?……高飛びの準備は万全なんだろうな?」
「もちろんだ。嘉神が死んだ後、権藤が奴の正体を暴いてくれればインターポールも手心を加えてくれるかもな。期待してるぜ?」
「フフッ。万事、俺に任せとけ。
凄腕ジャーナリストの手腕に期待させてもらうとしよう。……では俺は俺の仕事を始めるか。
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真夜中の東京都千代田区、とあるビルの屋上から、俺は宿敵の居城の様子を窺う。
霞ケ関にある特対1課の本部、特対課を統括するこのビルに嘉神はいるはずだ。
町田を捕らえる前に仕掛けておいた隠しカメラは、嘉神が霞ケ関本部に入る姿を捉えていた。そして嘉神は表玄関からも、複数ある裏口からも出てはいない。町田からの連絡が途絶え、自分の正体が割れた可能性を疑っている嘉神は、俺の捜索に全力を挙げているのだろう。肉倉と違って嘉神には公権力がある。俺を見つけ出し、始末してしまえば、事件を闇に葬るなんて簡単な事だろうからな。
ここに来る前にマスタングの車内で警察無線を傍受した。顔写真こそ公表されていないが、もう俺はお尋ね者だ。町田は俺がペントハウスに住んでいると思っていた。ならば俺がマスタングを持っている事は知らないはずだ。
……ポケットの中から聞こえる"ツァラトゥストラはかく語りき"のメロディ、運び屋からだな。
「俺だ。」
「旦那、パンダの群れに囲まれて万事休すだ。お役御免でいいかい?」
パンダ?……ああ、パトカーの事か。確かに白黒ではあるな、上野にいる本物と違って可愛くはない四つ足だが。
「ご苦労、留置場で臭い飯でも食べててくれ。」
車両登録してあるボロ車は密輸を営む
警察は運び屋の持っていたスマホから、このスマホを辿ってくるだろう。俺はガムテープでドローンにスマホを貼り付けて空へと飛ばした。子供騙しだろうが、やらないよりはマシだ。……ま、居所を突き止めてももう遅いんだがな!
武装化してから屋上の端へ移動し、全速力で助走する。そして俺は、摩天楼の光が瞬く夜空へ身を踊らせた。
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本部ビルの屋上からビル内へと侵入した俺は、タブレットで見取り図を確認しながら部長室を目指す。見取り図はこのビルを建設した会社から冥が盗んできてくれた。冥だけではなく、翠とマシュマロにも感謝だな。あの二人が侵入を手助けしなければ、いくら冥でも入手は難しかっただろう。
そんな作業を繰り返し、どうにか部長室の前へと到着した。強化された聴覚が、部屋の中の息遣いの音を捉える。……追い詰めたぞ、嘉神!
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「飛んで火に入る夏の虫、とはこの事だな、太刀村灰児君。」
椅子を回してこちらを向いた嘉神に、指摘しておく。
「言葉は正確に。今は夏ではない。」
「そう言えば"言葉は正確に"も、口癖だったな。私はもう一つの口癖、"月の綺麗ないい夜だ"を口にするかと思っていたのだが……」
「偉そぶった奴の予想を外してやるのが生き甲斐でな。……細山田部長からの最後の業務命令を遂行する。」
……魔剣を構えた俺を前にしても武装化せずに、椅子に座ったままだと?
「あのバーコードも、私の友人に探りを入れなければ死なずに済んだものをな。ああ、武装化しないのが不思議なのかな? その答えは……既に武装化しているからだ!」
「絶対領域発動!」
能力を封印された嘉神の体から肉片が剥がれ、鎧を纏った魔剣士が姿を現す。コイツの特能は
「本物はどこだ!」
剣を交えながら聞いてはみたが、答えるはずはない。
「観念しろ!すぐに応援が飛び込んでくるぞ!」
だが、応援はこなかった。成りすまし野郎の余裕はたちまち消え失せる。
「嘉神本部長!早く!早く応援を!コイツは私一人で手に負える奴ではありません!」
「残念、ようするにおまえは捨て駒だったって事さ。」
町田の親玉だからな。配下の命など屁とも思っちゃいないだろう。
俺が成りすまし野郎を両断したのを見計らったかのように、マホガニーの机の上に置かれている電話から声が聞こえてきた。
「やあ、太刀村君。見事な手並みだったね。」
「見物が済んだなら出てこい。テロリストがここにいるぞ?」
嘉神は俺の襲撃を予想していて、どこかに潜んでいるのだろう。探し出すのはホネだな。それに時間もない……
「いや、君の方から来てくれたまえ。」
爆発音と共に床が四散し、俺は下階に落とされる。落とされた階の床に足をつける前にまた爆発。その連鎖で俺は瓦礫とともに最上階から1階のホールまで叩き落とされていた。
このビルは12階建て、景気よく床をぶち抜いてくれたものだな。爆破処理班にも手下がいるって事か。
俺は瓦礫を撥ねのけて立ち上がった。さすがにこの高さを落下すれば、ノーダメージって訳にはいかないようだ。体の節々が痛む。
瓦礫の巻き起こした土煙が晴れ、俺の目に兵隊達を従えた嘉神の姿が映った。巨大な吹き抜けの上から俺を見下ろす無数の瞳、だが意志の光を宿しているのは嘉神ただ一人だ。
ガシャンガシャンと音がして、ガラス張りのホールにシャッターが下ろされる。
「このビルのシャッターはロケットランチャーの砲撃にも耐える代物だ。これで袋の鼠だな、太刀村灰児。」
「窮鼠、猫を噛むって言葉は知ってるか、嘉神宗武?」
血の混じった唾と一緒に台詞を吐いた俺に、魔剣のレリーフが警告してくれる。
「……灰児、傀儡化した連中の中に、鬼島もいるわ。」
わかってる。なんとか総攻撃をかいくぐって次元斬を使い、シャッターを切り裂いて逃亡すべきだって事はわかってるんだ。
だが、この男にだけは背中を見せたくない。相棒と同僚を奪った、この男にだけはな!
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