38話 絶体絶命の中年
「おおぁぁぁ!」 「ぐぉぉぉああ!」 「ぎいいぃぃぃ!」
口元から涎を垂らしながら叫び、襲い来る傀儡化した宿主達を手当たり次第に斬り捨てる。
「私のコレクションした手練れの宿主達をモノともしないとはな。魔界最強の影を宿した宿主、その看板に偽りナシ。……見事なものだ。そう思わないか、シャザーよ?」
「宗武、魔界最強は余だ。だが噂以上だぞ、静寂の王。1対1では余でさえ危なかった。」
眼下の戦いを見下ろしながら、宿主と魔剣は高みの見物か。とことんカンに障る奴らだ!
「そこで待ってろ!雑魚を片付けたら殺しにいく!」
白河を使って何をしたかったのか、わかったぞ。嘉神は絶対領域の範囲内で、傀儡化した宿主が活動可能かどうかが知りたかったのか。……白河も捨て駒だったって訳だ。
「数が減ってきたな。シャザー、傀儡を出せ。」
「うむ。数年がかりで集めた兵隊だが、今夜一晩で半分以下にされそうだ。」
人型を取っていたシャザーは壁に手をあて、指先が伸びて魔法陣のような模様を形成した。その魔法陣からは新たな傀儡が這い出してくる。
……このままではマズい。いくらノーラが最強の魔剣でも、数の暴力でダメージが蓄積し始めている。それに、基礎能力特化型の鬼島が嘉神の傍に控えている、か。
何か手を打ちたくても、次から次へと現れる傀儡達に対処するので手一杯だ。このままでは……いずれ斃される。弱気になるな!今、出来る事は目の前の敵を斬り斃す事だけだ!
「灰児、私ね…」
新たに築いた死体の山に囲まれながら、口を開いた貴婦人のレリーフ。返り血を浴びながら、俺は怒鳴り返す。
「後にしてくれ!今忙しい!」
まとめて二人、斬り倒しはしたが、すぐに新手が二人、吹き抜けから飛び降りてくる。斃しても斃しても、キリがない。……地獄の椀子蕎麦だな。
「大変だな、静寂の王とその宿主よ。余が無影の王と呼ばれているのは、影がないからではない。無数の影を使役する王、ゆえに無影の王なのだ。」
魔剣シャザーの仰々しい解説。そんな事はわざわざ説明しなくても、もうわかってる!
「言わずもがなよ!無能の王、使役する傀儡ナシでは何も出来ない卑怯者!」
「言ってくれるな、静寂の王よ。余が無能なら、余に負ける貴様は無能以下か?」
「静寂と言う割りにはお喋りな女のようだ。シャザーに倣って私も兵隊を召喚しておこうか。私の兵隊は傀儡ではないがね。」
嘉神が指を鳴らすと、奥の部屋から1課の捜査官達が現れる。生身の配下を呼んだという事は、シャザーの貯め込んだ傀儡の底が見え始めたな? だが俺のダメージはもう深刻なレベルにまできている。……この体で嘉神と鬼島、1課の捜査官達を相手に戦えば万に一つの勝ち目もない……
諦めかけた俺の脳裏に澪と部長の面影がよぎる。……諦めはしない!嘉神を斃さなければ、冥や晶、翠はどうなる!権藤や剣崎の婆さんにまで類が及ぶんだぞ!
……覚悟は決めた。……俺とノーラがここで死のうが、コイツらだけは道連れだ!!
「ノーラ!俺と一緒に死んでくれ!」
「ええ!私達の命と引き換えに、コイツらを地獄の道連れにしましょう!」
覚悟を固めた俺と魔剣は、死力を奮って傀儡達を斬り斃していく。
「悪いな、ノーラ。こんな事に付き合わせちまって……」
「私の存在意義は灰児と共に生き、共に死ぬ事だけ。だから……本望よ。」
苦戦しながら最後の傀儡を斬り捨てた俺達だったが、1課の捜査官達が包囲される。残るはこの捜査官の皮を被った悪党どもと嘉神、それに鬼島か……
「……半分以下にされるどころか、鬼島以外のコレクションを全滅させおったぞ。見事だ、静寂の王。おまえが最強の王だと余が認めてやろう。単体の力では、だがな。」
「……だが終わりだ。太刀村灰児、運が良ければおまえは私の傀儡として生き長らえるだろう。いけっ!」
嘉神の号令で襲い来る捜査官、いや、無影の王の眷族達。上等だ!死山血河を築いてやる!
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「よく頑張ったがここまでのようだな。もう立っているのがやっとだろう?」
壁際に追い詰められた俺達を囲む眷族達。そして少しづつ包囲の輪を狭めてくる。この状況でも嘉神は階下に降りてこようとしない。切り札の鬼島はあくまで温存するつもりのようだ。
「宗武、少々死人が出ようが、静寂の王は殺すな。鬼島を超える最高のコレクションだ。」
「うむ。太刀村を無力化させた者には1億のボーナス、それに階級も引き揚げてやろう。さぁ、誰が金と地位を手にするのだ?」
……クソッ、風景が白んで見える。体が、腕が重い。
……魔剣の重さを感じたのは初めてだな。これが魂の宿る魔剣、その命の重さなのだろうか……
「宗武の好きな西部劇なら、ここらで騎兵隊が登場するのだろうが、現実はそう甘くない。残念だったな、静寂の王よ。」
捜査官を隠れ蓑にしている悪党が、西部劇好きとはな。タチの悪いジョークだぜ。
「王級宿主、太刀村灰児!俺の出世の礎となれ!」
手柄に逸り、飛びかかってくる捜査官。……こんな雑魚が最後の道連れとはな……
だが俺の魔剣が振るわれる前に、悪徳捜査官は背後からの刃に突き殺された。
細身の魔剣を死体から引き抜いた少女は、発育途上の胸を張って口上を述べる。
「
「晶、何しに来た!」
「何しにって、灰児さんを助けに来たに決まってるでしょ!」
まだ捜査官達をほとんど斃せていない。晶の助っ人など焼け石に水だ!
「早く逃げろ!俺が時間を稼…」
悲鳴が上がり、全員の注目が包囲の輪の背後に注がれる。そこには首をへし折られた見張り役の死体を抱えた権藤の姿があった。
「いよぉ、灰児。……月の綺麗ないい夜だ。パーティーにはうってつけだな。」
権藤に向かって走る眷族達、だが縫い付けられたように動けなくなる。床を割って生えてきた鞭が、眷族達の足首を掴んで締め上げているからだ。
ホールの柱の影から、闇から溶け出してきたように現れる女。頭部鎧から覗く瞳が、ゾッとするほど綺麗だ。女の手にした魔鞭のレリーフが、眷族達に向かって怒りの叫びを上げる。
「俺の友達、義元の仇だ!貴様ら全員、皆殺しにしてやる!」
いくつもの骨が折れる音がホールに響き、床に穿たれた穴から宿主の元に戻る鞭。銀細工職人は、かつて「殺しの夜見川」と呼ばれ、無頼どもから恐れられた姿に戻っていた。
「アル、今夜だけ、殺し屋稼業に戻るわよ?」 「おう!いくぜ、冥!」
冥の振るう魔鞭が風とともに肉を切り裂き、血飛沫と悲鳴がホールに上がる。
「何をしている!かかれかかれ!敵がたった三人、増えただけではないか!うぉっ!」
嘉神の傍に立っていた鬼島が"見えない刃"を察知し、受け止める。
「残念、四人でさぁ。おっと!鬼島の旦那の相手は御免被りゃあすよ。」
斬撃を躱した人型カメレオンは、吹き抜けからぶら下がっているシャンデリアに飛びつき、反動をつけて俺の傍に飛び降りてきた。相変わらず、小柄で身軽な男だよ。
「灰児さん、お久しぶりで。」
絶対領域の範囲内に入った二十八の背景同化能力は封印され、姿が見えるようになる。
「生きてたか、二十八。」
「灰児さんが急所を外してくれたお陰でね。ノーラさんにブッ刺されてお仕舞いなら悪い死に方じゃなかったんでやしょうが、まだこの世に未練がありゃんして。」
「久しぶりね、二十八さん。傀儡化されちゃうなんて、珍しくドジを踏んだものね?」
「それがヒデエ話なんで。嘉神の野郎、
「生まれは埼玉じゃなかったか?」
「俺の生まれは葛飾の端っこでさぁ。限りなく埼玉に近いですがね、江戸っ子は江戸っ子でやんしょ?」
呑気に故郷を語る二十八に迫る敵、その首は見えない刃で切断され、コロコロと床を転がった。ブーメランのように戻ってきた大鎌を手にした二十八は、足元に転がってきた生首をサッカーボールの様に嘉神に向かって蹴り上げたが、哀れな首級は鬼島の魔剣で一刀両断にされた。
「税金泥棒ども、油断しちゃいけねえな。絶対領域のオンオフは灰児さんの思うがままなんだぜ?……舐めた真似をしてくれたツケは、その命で払ってもらおうか……」
三下口調をヤメたか。二十八が本気になった証拠だ。
「灰児、騎兵隊が到着したんだから、私達も頑張らないとね。」
「そうだな。ハーフタイムは終わり、後半戦を始めよう。」
絶体絶命の窮地を脱しただけで、数的に不利な状況は変わらない。敵は特対1課、その全捜査官なのだ。
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