39話 復讐の時はきたれり



一匹狼で戦ってきた俺は集団戦に不慣れだ。それにノーラの能力、絶対領域は範囲内のあらゆる特能を封印してしまうが故に、集団戦での扱いが難しい。


冥と二十八には特能を使わせたいが、絶対領域を解除すれば、敵も特能が使えるようになる。だが特能がマインドリーディングの晶と、基礎能力特化型の権藤は絶対領域の恩恵が大きい。どうしたものか……


1課の捜査官達がどんな能力を持っているかがわからない以上、絶対領域内で純粋な力比べに徹する方が手堅いな。冥と二十八は特能頼みの軟弱者ではない。領域は維持が正解だろう。状況次第では解除も考えるべきだが……


思わぬ援軍が登場した事による動揺から、嘉神達は立ち直りつつある。態勢を立て直されたら、こんな中年の為に駆けつけてくれた騎兵隊まで道連れにしてしまうぞ。今の間になんとかしないと……


「いけ、鬼島!」


勝負どころと判断したのだろう。嘉神は切り札として温存していた鬼島を投入してきた。鬼島だけは俺が相手をしなければマズい!


参戦してきた鬼島の斬撃を魔剣で受けたが、両足が地面をこすり、後退させられる。負傷で俺のパワーが落ちているとはいえ、大した力だ。続く斬撃も速くて鋭い、斬撃だけでなく動きそのものも速いな!霧島が「基礎能力特化型の完成形」と評しただけの事はある!


……!!……武装化した嘉神の視線が晶に向いてる!嘉神の奴、力量に劣る晶を傀儡にして人間の盾にするつもりだ!阻止しようにも俺は鬼島の相手に手一杯、冥や二十八、権藤にも余裕はない!


晶を毒牙にかけるべく、吹き抜けの手摺に手をかけた嘉神の頭上をカラスが舞い、翼から矢羽根を放って動きを封じる。あのカラスは……


「風見!」


「借りは返す、そう言ったはずだ、太刀村!……澪の仇は4課が取る!」


どこから現れたのか、ホールには武装化した4課の捜査官達が集結していた。そして立ち並ぶ捜査官達が左右に分かれ、海を割ったモーゼの如く姿を現した4課課長の霧島が高らかに宣言する。


「特対1課全員を敵対的宿主と認定、これより排除を開始する!」


「霧島!テロ行為を働いた犯罪者は太刀村灰児とその仲間だ!敵をはき違えるな!」


「本部長、行方不明の鬼島がなぜここにいるのです?」


武装化して俺と鬼島の間に割り込んだ霧島は、鬼島の魔剣を手にした魔剣で受け止めながら嘉神に質問する。


「そ、それは……詳しい話は後でする!霧島、今は太刀村一派の制圧を手伝え!」


「拒否します、本部長。」


「これは命令だ!逆らうなら部下共々、クビにするぞ!」


上司である嘉神の恫喝を、霧島は涼風のように聞き流した。


「あら怖い。クビになったら職安にでも行こうかしら? でも残念、私達は上からの命令でここにいるの。」


「特対課のトップは本部長であるこの私だ!私の命令に…」


苦し紛れの命令は、天雷のように轟く怒声で遮られた。


「従う必要はない!特対課を管轄するのは防衛省だ。所轄官庁の長として、儂が命じた。嘉神宗武を討てとな!」


大盾を構えた茜に守られたスーツ姿の老人、確かこの男は……


「大臣!どうしてこんなところに……」


狼狽した嘉神が老人の名を呼ぶ。……大臣!? そうだ、この老人は防衛大臣、田沼威一郎だ!


「どうしてこんなところに、だと? 国民と国家の安全を守るのが儂の仕事だからだ!行方不明になっていた鬼島君は洗脳され、床には手配者リストに載っていた敵対的宿主の死体の山が転がっておる!この状況を説明出来るものなら、してみるがいい!」


「こ、これは、その……何か勘違いされているようですが……私は…」


しどろもどろになった嘉神を、老政治家は容赦なく切って捨てる。


「黙れ!特殊犯罪対策課本部長、嘉神宗武!いや、敵対的宿主、無影の王!……貴様を排除する!4課の精鋭達に告ぐ、正義を執行せよ!全責任は儂が取る!」


大臣の号令の下、4課の捜査官達は、昨日までの同僚達と戦闘を開始する。


……鬼島と斬り合う霧島は苦戦しているな。真っ向勝負では霧島といえども分が悪いようだ。


っ!敵に回すとここまで厄介とはね。鬼島、正気に戻ったら始末書を山ほど書いてもらいますから!ファイル一冊分ぐらいは覚悟なさい!」


割と容赦ないな。ファイル一冊分の始末書って何十枚と書かなきゃいけないぞ?


「おおかた町田の手引きで騙し討ちにでもされたんだろう。情状酌量の余地はあると思うが……」


「そうね、斟酌はしてあげましょう。ところで灰児さん、特能が使えないのは貴方の仕業ね?」


「ああ。解除した方がいいか?」


「お願い出来るかしら。能力ナシで鬼島と戦うのは無謀だから。」


絶対領域を解除すると、霧島の魔剣から黒い霧が発生し周囲に拡がる。立ち込める霧を切り裂こうとする鬼島の魔剣、だがその斬撃に先程までの速さはない。


「解説しておくと、私の黒霧の中では時間の流れがゆっくりになるの。私だけを除いて、ね。」


時間遅滞の能力か。希少とされる時空系能力者、しかも戦闘向きだ。


鬼島がいかに基礎能力特化型の完成形であろうと、霧島の能力範囲内では速さが減衰される。これなら手を貸す必要はなさそうだ。4課課長は近接殺しのスペシャリスト、絶対領域がなければ俺でも敵わないだろう。


4課が加勢してくれたお陰で、数の上でも互角以上になった。少し見物させてもらって、その間にダメージを回復させておこう。俺は白刃燦めく最前線から距離を取って、ノーラの力をダメージの回復に集中させる。


……ん? 俺に駆け寄ってくる脚甲レオタード、白いマスク型の頭部鎧で顔がわからないが……ひょっとして翠なのか?


「灰児さん、大丈夫ですか!」


マスクから発せられた声はやっぱり翠だった。


「なんとかな。……そうか。晶や4課の連中はマシュマロの作ったワープゲートを使って侵入してきたんだな?」


「はい!背景に同化した二十八さんがマシュマロを抱えて単独潜入、マシュマロがゲートを作って、みんなはそこから入ったんです。4課のみなさんまで来てくれるとは思ってもみませんでしたけど。」


なるほど。マシュマロは"宿主からかなり離れても活動可能な特性を持っている"とノーラが言っていたが、大したモンだ。


「キュキュッ!」


そのマシュマロは可愛い腕時計型に変形していて、鼻息も荒くドヤ顔を披露する。


「助かったわ、マシュマロ。これはお姉さんの感謝の気持ち。」


勝手に動いた魔剣のレリーフが、腕時計の顔型の頬に唇を寄せた。


「キュイ♡」


ご褒美をもらったマシュマロの額から蒸気のような煙が上がる。これがテレ顔か、覚えておこう。


「いっちょあがりっと!……しばらくモツ鍋は食いたくないな。」 「アイリはモツ鍋きら~い!ハンバーグがいい!」


嘉神の手下の土手っ腹から鮮血に濡れた抜き手を引き抜いた権藤は田沼大臣の護衛に回り、大臣は権藤と茜を伴って俺の傍までやってきた。


「君が文彦の可愛がっていた太刀村君か。こんな場所ではじめましてもないものだが、私は田沼威一郎。この国の防衛大臣を務めている。」


「新聞でお顔とお名前は拝見しています。大臣は細山田部長をご存知なのですね?」


「うむ。細山田文彦は若かりし頃、私の後援会の青年部部長を務めてくれていた。君の動向調査をするにあたって、私が彼を内調に推薦したのだよ。だからその死に責任を負うのも私だ。……文彦には気の毒な事をしてしまった。」


そう言えば田沼大臣は北海道選出の衆議院議員だったな。


田沼大臣がポケットから葉巻を取り出したので、権藤はオイルライターで火を差し出しながら、感謝の言葉を述べた。


「お陰で助かりましたよ。しかし先生、証拠もないのによく動いてくれましたね。」


「物的証拠はないが、確証に足る証言はあった。趣味で真実を追究する男、権藤杉男が"嘉神宗武が全ての黒幕だ"、と教えてくれたのだからね。」


田沼威一郎は文部科学大臣の経験もある。権藤の絶滅危惧種レッドリストに載った政治家とは、田沼威一郎の事だったのだ。


俺は頭部鎧を除装し、煙草をくゆらす政治家と記者に倣って、煙草に火をつけた。そして戦況を観察する。嘉神は冥と二十八を相手に互角に戦っているようだが、鬼島を無力化した霧島が援護に駆けつけようとしている。……ダメージはかなり回復した。嘉神の首だけは俺が取る!


「行くのか、灰児。」


権藤の問いかけに、俺は煙草を吐き捨てながら答えた。


「ああ、終わらせてくる!」


全身を賦活化させて戦場を駆け抜け、疾風のように仇敵の元へと向かう。




皆の助けを借りてここまで来たが、最後の決着をつけるのは俺でなくてはならない。復讐の時はきたれり、だ!


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