40話 最後の切り札
「クッ!太刀村まで来おったか!」
風切り音を上げる鞭と見えない大鎌を捌きながら、窮地に立たされた首魁、嘉神宗武は呻くように呟く。
「宗武!王級二人と公爵級一人、いかに余でもどうにもならぬぞ!」
「じきに王級三人になるから待ってなさい!澪を死に追いやった責任は、命で償ってもらうわ!」
階下で裏切り者達を黒霧に包み、血煙を上げる霧島の叫びと眷族達の断末魔の悲鳴を聞いた嘉神は、腕時計に向かって怒鳴った。
「早く突入してこい!聞いてるか!2課の全員は本部に突入だ!」
「お外で待機している連中に期待しても無駄だよ。2課は3課の相手で手一杯さ。」
カラスの群れを使って空中移動してきた風見が、嘉神の希望を無慈悲に砕き、その肩に乗った白いカラスが
「俺を絶対に逃すまいと、2課の連中を本部周りに潜めていたのか。用意周到な事だな。」
俺の周りに攻撃補助の矢羽根が展開される。……まさか風見と共闘する日が来るとはな。
「その用意周到さが裏目に出たね。悪党一味はここで一網打尽だ。太刀村、共闘するのはいいが、嘉神の首は僕が取るからな!」
「早い者勝ちで手を打たないか?」
「妥当なセンだね。覚悟しろ、4課を敵に回したのがおまえの運の尽きだ!」
俺と冥、二十八に風見、4人の宿主を前に、追い詰められた首魁は嘯く。
「下等動物のソンブラ使いが吠えるではないか。この場での勝ちは譲ってやるが、最終的な勝者は私だ!」
叫んだ嘉神は己が魔剣で腕を一本、切り落とした。床に転がった腕は腐臭を撒き散らしながら、みるみるうちに巨大化する。……これは……腐肉の王の能力!しかも暴走してるのか!
「みんな下がれ!コイツに呑み込まれたら最後だぞ!」
「余には特能が二つあってな。一つは宿主を傀儡化させて影に棲まわせる能力、もう一つは触媒を贄に盟約を交わした者から能力をコピーする能力だ。もっとも後者の能力には欠点があってな。コピーした能力は制御出来ず、力尽きるまで暴走してしまう。腐肉の盾は呑み込んだ宿主を糧とするから問題はないがな!」
「糧にするだけではなく肥大化もするぞ? 私が少しイジってやったからな!」
片腕を捨てて遁走する嘉神と、その手に握られた魔剣シャザーの捨て台詞に、二十八と風見は驚愕する。
「参ったな。この肉塊、見るからに物理無効って感じでやすよ!」
「まるで無差別テロじゃないか!下手をすれば東京中の人間が呑み込まれかねないぞ!」
生物を取り込もうとする腐肉の塊は黒い霧に覆われ、動きがスローになった。肉塊の動きを封じた霧島は4課の捜査官達に指示を飛ばす。
「物理以外の攻撃が可能な者はここに集まって!大臣、至急、自衛隊に火炎放射器を持たせて…」
落ち着き払った冥が、俺の肩を叩く。
「必要ないわ。この生ゴミは灰児が始末するから。」
「太刀村さん、冥さんはこう仰ってるけど、本当に出来るの?」
「ああ。少しだけ時間を稼いでくれればな。」
魔剣に力を集め、縮退を開始する。空間ごと切り裂いてやれば、腐肉の盾は再生出来ない。既に実証済みだ。
「そう。じゃあ全力で動きだけ止めておくわね。風見、ここはいいから、階下の制圧に回って。」
「了解しました。二十八、行くぞ!」 「やれやれ、アッシは公僕でも正義の味方でもないんでやすがねえ。」
風見と二十八を階下の援護に回した霧島は、フルパワーで肉塊の動きを鈍らせにかかった。霧島の能力の強力さもあってか、肉塊はほとんど動けない。腐肉の王の操る盾はかなりの速さを持っていたはずだが、この肉塊はそうでもないようだ。制御出来ない、オリジナルを完コピも出来ない、か。シャザーの能力複製は、欠点だらけらしいな。
「下がってくれ。チャージは完了した。」
俺は縮退した力を纏った魔剣ノーラを縦と横に二度、振るった。十文字に切り裂かれた肉塊は、グジュグジュと音を立て、腐臭を撒き散らしながら消滅してゆく。
……嘉神は逃げたか。奴の事だから、どこぞに隠し通路でも用意していたのだろう。
「急いで嘉神を追わないと!」
黒い霧を魔剣に回収し、嘉神の後を追おうとする霧島を俺は呼び止めた。
「嘉神の始末は俺がつける。霧島課長は1課と2課を処理してくれ。冥とアルジャーノンは霧島課長の手伝いを頼む。」
「俺はアルジャーノンだ!」
「ちゃんとアルジャーノンと言ったぞ?」
「あ、あれ? 灰児、調子が狂うじゃないか!お約束を知らないのか!」
ボヤキながらアルは鞭で巻き掴んだスマートフォンを手渡してくれる。
「スマートフォン? それで嘉神の居所が分かるの?」
霧島は冥の抜け目のなさをご存知ないようだ。
「ああ。冥が戦いながら、嘉神に発信器をつけてくれていたからな。」
遠目にだが俺には見えていた。冥が魔鞭の先に掴んだ小型発信器を嘉神の体に貼り付ける姿が。
「灰児、私も行った方がよくない?」
冥は心配そうだが、奴との決着は一人でつけたい。それに3課と4課の犠牲を減らすには王級宿主である冥の力が必要だ。
「嘉神は傀儡化した兵隊を使い果たし、腐肉の王との取引で入手した能力まで使用した。奴の氏族である1課と2課はここに集結させてる。もう嘉神に手札は残っていない。」
逃亡先に何か仕掛けている可能性はあるが、鬼島やコピった能力以上の切り札ではないだろう。物理的な罠では俺は殺せない。
「1対1で灰児に勝てる宿主はいない。冥、嘉神の始末は灰児に任せよう。俺達は晶や翠を守るべきだ。」
「アルの言う通りだ。ここは頼んだぞ。」
「アルジャーノンだ!さあ行け!俺が認めた最強のコンビ、太刀村灰児と魔剣ノーラよ!」
少し嬉しそうなアルの激励を耳にしながら、魔剣ノーラを手にした俺は駆け出した。
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本部の外では2課と3課が激闘を繰り広げていた。加勢してやりたいが、俺は嘉神を追わねばならない。
戦場を駆け抜け、本部近くのビルの谷間に止めておいたマスタングに乗り込んでエンジンを掛ける。
いつもはアイドリングしてやるのだが、今夜はそんな事はしていられない。だが愛車のエンジンも高鳴る俺の鼓動に連動するが如く、絶好調のようだ。
アルから受け取ったスマートフォンを助手席のノーラに渡し、追尾を開始する。
「嘉神は大慌てで逃げてるわね。かなりの速度で走ってる。」
「尻に火が点いてるから必死なんだろうよ。いい車に乗ってるんだろうが、マスタングより速いかな?」
「公道でレースなんてキャノンボールみたいね。」
夜の街を舞台に命を賭けたレースか。楽しくなってきたな!
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「灰児、嘉神の車は環二通りに入ったわ。もう少しで追いつける!」
「月島か晴海あたりに逃亡用のクルーザーでも隠してるんだろう。見えた!」
前方を猛スピードで走る黒塗りの高級車、あれに嘉神が乗っているんだ!
嘉神の車は月島埠頭の倉庫街に入り込み、停車した。隻腕の嘉神が倉庫に逃げ込む姿をマスタングのヘッドライトが捉える。
「クルーザーに乗り込むのではなく、倉庫に逃げ込んだ、ね。……罠だわ、灰児。」
「だろうな。だが逃がさん。罠ごと奴を始末する。」
「フフッ、虎穴に入らずんば虎子を得ず、ね。」
「いや、墓穴を掘らずんば墓地を得ず、だ。ここが嘉神の墓場になる。」
マスタングを降りた俺は武装化し、嘉神を追って倉庫へと入った。
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倉庫の中は迷路のような造りになっていたが、所詮は倉庫。大した広さがある訳もなく、すんなりと最奥に辿り着いた。もちろん行く手を阻むシャッターや、落とし穴の類はあったのだが、そんなものに引っ掛かってやるほど俺もノーラもお人好しではない。シャッターは切り裂き、落とし穴は跳び越す、ただそれだけの話だ。
最奥の部屋はかなりの広さがあり、コンテナがいくつか置いてあった。そして一番奥の二段積みコンテナの上に立っているのは積み上げてきた全てと片腕を失った王。つくづく高いところから人を見下ろすのが好きなようだな。
「貴様もバカな男だ。わざわざ追ってこなければ、死なずに済んだものを。言っておくが、発信器には最初から気付いていた。貴様をここにおびき寄せる為に壊さなかっただけだ。」
発信器を握り潰した嘉神は、憎々しげにそう嘯いた。
「嘘つけ。俺が追いかけてきたから発信器の存在に気付いただけだろう? 大物ぶるのは手下の前だけにしておくんだな。その手下も、もういない訳だが……」
「当たりだ。だが、貴様がここで死ぬのは事実、コンテナの配置が妙だとは思わなかったのか? 注意力不足だぞ、太刀村!」
ポケットに突っ込んだ手でリモコンを操作したのだろう。ガシャンと音を立て、俺を取り囲むように置かれていたコンテナ群の扉が一斉に開かれる。
コンテナの中には剣呑な光を放つ台座付き機関銃が大量に配置されていた。
「おいおい、最後の切り札が機関銃か? 結構な口径の銃みたいだが、そんなモノが俺に通じるとでも?」
「魔剣士としての貴様には通じまい。だが、生身の体にならどうかな?」
……!!……この部屋には窓がない!灯りは天井の蛍光灯だけだ!
「気付いたようだな!死ね!」
部屋の明かりが消え、漆黒の闇の中に機関銃の銃声が木霊した。
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