28話 助手席は誰のモノ?



その日のトレーニングは意外な特技を持っていた事が判明したマシュマロの強化と能力把握にあてられた。ノーラの補足説明ではマシュマロの成長速度は異常で、もう下級ソンブラの域は軽く越えている、との事だった。


「なんていうのかしらね?……う~ん、出る敵全部が"逃げないはぐれメタル"のドラクエをやってるみたいなものって言えば分かりやすいのかな?」


ゲーマーのノーラは人気ゲームに例えてみせた。確かに分かりやすいが、はぐれメタルはすぐ逃げるからいいんだ。固い癖にすぐ逃げる憎たらしいヤツ、だからこそ倒せた時は滅茶苦茶嬉しい。


「マシュマロがとにかく成長の早いソンブラなのはわかったよ。今日はここまでにしておこうか。」


「灰児さん、私、お腹がすいた~。」 「晶は食べても食べても太らないんだよね、……羨ましい。」


晶の燃費が悪い体質が翠は羨ましいようだ。確かに晶の体型は天然の産物で、翠の体型は努力の賜物っぽいな。


「じゃあ冥の店で何か食べるか。」


「灰児殿、それでは結局、翠殿が料理を作る事になりますぞ?」


確かに。冥は珈琲を淹れるのも下手だが、料理は下手どころの話じゃない。あれは料理というより暗黒物質ダークマターだからな。そして地獄のブラックホールシェフである冥の料理を食べた人間にはホワイトホールが発生する。つまり、胃の内容物全部を吐き出すのだ。あんな経験は二度としたくないもんだな。


「私が作るのは構わないんですけど、無断で店を使うのはちょっと。冥さん、今日は帰りが遅いはずです。健康ランドに行ってますから。」


またか。地獄から来た暗黒シェフ、冥の趣味は健康ランド巡りで一日に何件もはしごする。一回だけ付き合ってみたが、いくら俺が無職で暇でもあの巡行をもう一度やりたいとは思わない。料理といい趣味といい、冥に付き合わされるとロクな事がないな。


「灰児さん、私ね~、代官山にオープンした美味しいピザ屋さんを知ってるんだ~。」


「晶の話してたあのお店? 私も行ってみたいなぁ~、お料理の勉強にもなりそうだし~。」


晶と翠は下手な寸劇を始めた。……これは事前に二人で共謀していたに違いない。


「フフッ、これは連れて行かなきゃいけない流れみたいよ、灰児先生?」


ノーラもそう思うか。俺も今諦めたところだ。


「そうらしいな。タクシーを呼ぶか。」


「あれ? 地下の駐車場にあるボロッちい車って灰児さんのだよね?」


将来の大家はやっとこのビルの構造と配置物を覚えたらしいな。だがボロッちいは余計だ。


「ああ、そうだが?」


「なんで車を持ってるのにタクシーを呼ぶの?」


「ビールを飲むからに決まってるだろう。それに俺は運転は出来るが、免許は失効してる。一人で乗るならともかく、無免許運転に未成年二人を同乗はさせられん。」


「灰児さん!一人の時でも無免許運転はダメです!」


道を踏み外しかけたとはいえ、今は更生した翠に強く窘められてしまった。現在も道を踏み外してる俺は反論のしようがない。


「……はい。」


素直に頷いてみせたのに、腰に手を当ててお説教ポーズになった翠はまだ追撃してくる。割と容赦がないな。


「免許は早めに再取得してください。被保護者からの切なる要望です!」


「だよ~♪ 私達が受験生になる前にいろんなトコに連れてってもらうつもりなんだから!」


「まずはウニバーサルスタジオからだよね~♪」


「……あのトゲトゲ頭の可愛くないマスコット「ウニバ君」のいるテーマパークに連れてけってのか? ネズミッキーのがナンボかマシだろう。」


「え~!ウニバ君は可愛いよ? ね、翠!」


「うん!灰児さん、ウニバ君は可愛いんです!」


……ひょっとして、俺のセンスがオカシイのか?


「決まりね。ゴタゴタが片付いたら、みんなでウニバーサルスタジオに行きましょ♪」


「よろしいですなあ。私めが作製している「お嬢様ダイアリー」にまた彩りが加わります。大奥様もお喜びになるでしょう。」


水戸のご隠居の真似をしている訳じゃないだろうが、大事な孫を無職の中年に押し付けて諸国漫遊の旅を満喫中の婆さんなんかほっとけよ。そもそも剣崎の婆さんが原因で俺がこんな目に……


「キュキュ? キュイ!」


元気出してとばかりに俺の周りをコロコロと転がり跳ねるマシュマロ。どうやら慰めてくれているようだ。


──────────────────────


代官山のピザ屋で食事を済ませ、晶と翠を連れて高田馬場の雑居ビルに戻った頃には太陽は姿を消していた。


古びた街路灯に照らされた中年と女子高生二人の前をシェルビーマスタングが横切り、ビルの地下駐車場へと入っていく。


「あれ? さっきの車に乗ってたの冥さんだったよね?」


「冥さんの車はミニクーパーのはずなんだけど……」


女子高生二人はハンドルを握っていたのが冥なのに気付いたらしい。


「あれは俺のだよ。冥には自由に使っていいと言ってる。」


「灰児さん、あんなカッコいいクラシックカーも持ってたんだ!」


「今度乗せてくださいね。免許を再取得してから、ですけど。」


「残念ね。あの車の助手席は私専用なの。こればっかりは譲れないわ。」


ノーラは底冷えする声で女子高生二人に釘を刺した。王級ソンブラの暗黒面を垣間見た二人の顔に戦慄が走る。


「残念ながらそういう事だ。冥がドライブがてら健康ランド巡りをしてたってのに、アルは助手席には座らせてもらってないだろうよ。」


あの車を冥に貸す約束をした時に、ノーラは殺し屋の目で元殺し屋のアルに警告してたからな。"あんな殺意の篭もった目で睨まれたのは初めてだ"とアルに言わしめたのだから怖い話だ。もちろん、俺はその時にはノーラの目を覗き込まないようにしていた。


地下駐車場のシャッターが閉まる音がして、すぐに冥は街路に上がって来た。


「灰児、ありがとね。やっぱりエレノアはいい車だわ。」


紫色のネイルアートが施された指で投げられたキーをキャッチしながら返答する。


「喜んでもらえてなにより。健康ランドは楽しめたか?」


「まあまあね。翠ちゃん、墓場田から伝言よ。"捜査が忙しくてしばらく帰れそうにないから、晶ちゃんと一緒にいて"だって。」


「わぁ♪ お泊まり会だね、翠!」


「う、うん。澪さん、大丈夫かなぁ……灰児さん、澪さんは今、危険な捜査をしてるんですよね?」


「特対4課に限らず、警察に安全な捜査なんてないさ。」


「翠ちゃん、墓場田は女子力はゼロでも捜査官としては敏腕よ。滅多な事はないから安心なさい。」


「はい!そうですよね!そうに決まってます!」


「二人は先に帰って二階の空き部屋の掃除でもしてて。私は灰児と話をしてから帰るから。それから翠ちゃんの荷物を取りに墓場田のマンションまで行きましょう。」


女子高生二人が道路を挟んだ喫茶店へ入るのを見届けてから、俺と冥は地下へと続く階段を降りた。


───────────────────


「地下室への直通階段を使ってないのは非常時だからね?」


「ああ。最近はエレベーターホールからの通路を使ってる。晶も翠にもそうしてもらってるよ。」


ノーラに中から鍵を開けてもらって、俺は薄暗いが住み良き我が家へと帰還した。


「アル、私と灰児に珈琲を。」


「任せろ。……相変わらずインスタントしかないのか。灰児、簡易ドリップでいいからもう少しマトモな珈琲ぐらい置いとけよ。」


「それは次回までの宿題にしといてくれ、アル。」


「アルジャーノンだ。同じ事は前に来た時にも言ったぞ。いつまで宿題を放置しておくつもりなんだ?」


「好物は最後に食べる主義だし、夏休みの宿題は最後の三日でやる主義なんだ。ガキの時からノーラがいてくれれば宿題はやらずに済んだんだがな。」


ノーラは数カ国語を話せる上に文系理系全般に博識なインテリソンブラだからな。宿主の俺より数倍頭がいいはずだ。本当に子供の時からいてくれれば定期テストや受験で楽が出来ただろうに。……今でも役に立ってくれてるか。英語すら覚束ない俺だけに、ノーラの語学力は本当に助かる。裏社会には外国人も多く、英語や中国語どころか、アラビア語まで話せるノーラには随分助けられてきた。


「灰児、私は健康ランドに行ってた訳じゃないの。」


珈琲が運ばれてくる前に、深刻な顔で冥が話を始めた。


「だろうと思っていた。」


「あら、お見通しだったのね。私の事がそんなに気になる?」


嬉しそうな顔するなよ。深刻顔はどこにいった。まあお通夜みたいな顔をされるよりはいいか。


「健康ランド巡りから帰ってきた日はお肌ツヤツヤ、気分はアゲアゲ、嫌でもわかるさ。」


「そんなにわかりやすい女のつもりはなかったんだけどね。ちなみにお肌ツヤツヤなのは普段からよ。」


「わかったわかった。それで…」


「話の前に唱和しなさい。"冥さんのお肌は普段からツヤツヤ"、はいっ!言ってみて!」


「……冥さんのお肌は普段からツヤツヤ……」


「声が小さいわね。もう一度!」


「冥さんのお肌は普段からツヤツヤ!!」




……ヤケクソ気味に叫ぶお肌カサカサの中年の姿はさぞかし間抜けに見えるだろうな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る