20話 機密施設研究員、忍野良子



観覧車から降りた俺に権藤が近付いてくる。そして可愛げのない中年らしく可愛げのない台詞を吐いてきた。


「また新しい厄介事を抱え込んだらしいな。おまえさんも好きだねえ。」


「趣味なんだ。俺も大概だが、存在自体が厄介事の権藤よりはマシだと思うがな。」


「言ってくれるぜ。クククッ、まあ確かに全国紙の記者をやっていた時は上司からも同僚からも厄介者扱いされてたんだがね。」


だろうな。有能なひねくれ者だけに社内では持て余していただろう。


「劇薬の取り扱いに疲れた偉いさんが、とうとう持て余して放り出した、か。お気の毒さま。」


「可燃性の性格である事は否定しないが、劇薬は酷くないか?」


情熱か執念かは知らんが、火が点いたら止まらない性格である自覚はあるみたいだな。


「大臣の首を取るどころか、内閣ごと吹っ飛ばした事がある奴が劇薬じゃなきゃなんなんだ?」


政財官、全てにまたがる一大疑獄をスッパ抜いたまではいいが、関係各所の恨みも買ってしまい、圧力に屈した新聞社は権藤を放逐した。この男の凄いところはそれを予期していて、自社の創業家にまつわるスキャンダルも探っていた事だ。


フリージャーナリストになった権藤の最初の仕事は、古巣の醜聞を暴く事だった。せっかく大疑獄をスクープして上がった株と発行部数は急落、権藤を放逐した新聞社は手酷いしっぺ返しを喰らったという次第だ。怖い男だよ、まったく。


「灰児、もし目の前に特大の花火があったとしたら、おまえさんはどうするね?」


「火を点けたくなるね。だが、それがこの国を揺るがす大花火だったら躊躇はするかな。」


「俺は迷わない。躊躇わず火を点ける。"人生は楽しんだ者の勝ち"なんでな。」


「いい性格をしておいでだ。」


「ちょっと煙草にも火を点けないか?」


権藤は親指で喫煙所を指差した。


「いいね。少し紫煙が恋しくなってきたところだ。」


アトラクションに並ぶ女4人に手を振ってから、中年二人は喫煙所に向かった。


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喫煙所で紫煙を燻らす中年二人。テーマパークが好きでもなければ、家族連れでも彼女連れでもない俺達は夢の国に混入した異物だ。


「さっきおまえさんは国を揺るがす大花火だったら火を点けるのを躊躇する、と言ったな。」


「ああ。誰もがアンタみたいな人生エンジョイ原理主義者って訳じゃない。俺は穏健派、世に言う多数派だ。」


そして事なかれ主義者でもある。現在、その主義は封印せざるを得ない状況だが。


「おまえさんの彼女、忍野おしの良子がそれに絡んでいたとしても、か?」


「なに!?」


「彼女について調べていたんだが、世界を一変させた特大火薬にまつわる研究をしていた事が分かった。」


「確かに良子は研究員だったが、そんな危険な研究に携わっていたのか?」


「ああ。忍野良子は量子力学を専攻する優秀な研究員だった。その優秀さを買われた彼女は、アメリカのロスアラモスに設立された研究所で極秘の研究に携わっていたようだ。」


「ロスアラモスの研究所だと。また縁起の悪い場所に設立したもんだな……」


験担ぎとか風水とかって概念は欧米にはないのか? ロスアラモスは臨界事故があった場所だろう。


「ああ、「ロスアラモスのデーモン・コア」、悪魔の実験をやった場所でもあったな。確かに縁起が悪い場所だが、悪魔実験する場所としては最適だったかもしれんぞ?」


悪魔を実験!? まさか……


「権藤、その研究所の研究テーマってのはまさか……」


「そうだ。その研究所は未知の異次元生命体を研究する為に設立された。」


「ソンブラが最初に発見されたのはスペインだったはずだ。」


「最初に隠蔽し損ねたのがスペイン政府だった、というのが正解だな。知ってるか? イーグルサムアメリカ合衆国は世界一、嘘が上手いんだ。」


確かにあのお国ならやりかねない。物質だろうが生物だろうが、軍事利用出来そうなモノならなんでも極秘で研究するお国柄だ。


「それで良子はどうしてるんだ?」


「わからん。希望を持たせてやりたいのは山々だが……」


「言ってくれ。他に知っている事全部だ。」


「まず事実を言おう、彼女のいた研究所は突然閉鎖され、現在は跡形もない。そして俺の予測、研究所でなにかトラブルが起こった事は確実だ。なぜなら研究所が閉鎖された日を境に、ソンブラが世界中に現れたと思われるからだ。」


なんてこった。良子がそんな実験に関わっていただなんて……


「アメリカ政府がバックボーンの極秘研究なんかやっていたんじゃ、おまえさんに手紙すら出せないだろう。忍野良子はおまえさんを捨てた訳じゃない、いいニュースはこれぐらいだ。」


「その研究所にいた人間の足取りは追えるか?」


「もう追ってる。アメリカにも俺の同類、人生エンジョイ原理主義者はいるんでな。少し輪郭が見えたら俺もアメリカに飛ぶつもりだ。」


「権藤、知ってるか? イーグルサムは世界一、口封じが得意なんだ。」


「知ってるさ。CIAはなんだってやる。日本の内調や公安なんか奴らに比べりゃお遊戯だ。CIAに対抗出来そうなのは特対課ぐらいなもんさ。」


「ああ、だからその調査には俺も同行する。今追ってる件だけ片付けてからな。」


「頼む。最強の宿主が護衛なら多少の無茶は出来そうだからな。」


……アメリカか。晶は冥をお供に婆さんの元へ送ればいい。翠には澪がついてる。


細山田部長から頼まれた最後の業務命令は必ず遂行するが、まず良子の安否を確かめてからだ。


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無職というよりアウトローになってから、気持ちの切り替えは早くなった。良子が生きているのなら数日を争うなんて事はない。姿を消したのは10年も前だからだ。もし……彼女が死んでいたら……始末する相手が増えるだけだ。


気持ちを切り替えた俺はネズミーランドを堪能する事にした。


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目一杯遊び倒した中年と美女と女子高生はソフトクリームを食べながら一休みする。


「灰児さんも渋ってたクセにネズミーランドを楽しんでるじゃない。来てよかったでしょ?」


「そうだな。……晶、俺は近いうちにアメリカに行くかもしれん。」


「なんで!?」


「決まってるだろ。本場のネズミーランドで遊ぶ為さ。」


「ずっる~い!私も連れてってよ!」


本場の夢の国にだったら連れてってやりたいんだがな。たぶん、俺が行くのは悪夢の国だ。




……たとえ悪夢の国ででもいい。良子、生きていてくれ。もし、おまえが俺を忘れていないのなら、もう一度二人で美術館へ行こう。あの日のように、ミレーの落ち穂拾いを一緒に見たいんだ。



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