33話 王の行く手を阻む者
イグニッションを回し、夜の街に向かってマスタングを急発進させる。
「ノーラ、御立サイバーはどこにある!」
助手席に座ったノーラは、御立サイバーテクニクスの場所をスマホで調べてくれた。
「池袋よ!私がナビするから灰児は運転に集中して!」
免許は失効中だが、裏社会に生きてきたお陰でこういう場合の荒っぽい運転には慣れっこだ。
季節外れの強風が吹きすさび、小雨が濡らすアスファルトの上を鋼鉄の荒馬は疾走し、池袋を目指す。
「次の次の信号を右折よ!」
目の前の信号の色は赤、だが構わずにアクセルを踏み込む。強化した聴覚が車のエンジン音を聞き逃すはずはない!
天下の公道だが、今だけはスピードレースのサーキットにさせてもらうぞ!
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御立サイバーテクニクスの入ったビルの中層階からは火の手が上がっていた。
マスタングから飛び出しながら武装化、行く手を阻むシャッターを魔剣で切り裂き、屋内に踏み込む。
エントランスホールでは物言わぬ魔剣士達の一団が俺を待ち構えていた。
「どけと言うだけ無駄だろう。邪魔する以上は死んでもらうぞ!」
敵の数は8人、一刻も早く排除し、澪の元へと向かわねば!
エスカレーターの上まで一気に跳躍し、着地しながら上段に構えた魔剣を一閃、刺客を一人、屠り去る。
返す刀でもう一人、だが残りの連中は手練れだった。
5人がかりで斬りかかってくるその斬撃は速く重く、鋭い。全員が強化系能力者のようだな。だが貴様らに構っている暇はない!
この手練れ達を一気に葬るには次元斬を使うしかない。チャージの時間も惜しいが、やむを得ん。
ジジジッと音を立てながら魔剣ノーラに空間を切り裂く力が縮退されていく。……もう少しだ。
全員まとめて空間ごと斬り捨て……5人がかりだと?
うなじに寒気と風を感じ、俺は亀のように頭を引っ込めた。直後に風を切る音だけが頭上を通過する。
これは……背景同化の特能!カメレオンのように擬態しながら背後に回り込んでいたのか!
転がりながらも不完全な次元斬を繰り出し、なんとか2人を始末する。クソッ、もう少しで完全な次元斬を放てていたのに!
「ノーラ!絶対領域発動!」
「わかったわ!」
絶対領域で特能を封印すると、死神みたいな大鎌を構えた魔剣士が姿を現した。やっぱり
「二十八!目を覚ませ!」
大鎌を魔剣で受け止め、呼びかけてはみたが返事はない。二十八はアウトローではあるが、殺すのは忍びない。悪党ではあっても病人の布団を剥ぐような真似はせず、どこか憎めない、愛嬌のある男だけに…
「灰児!後ろよ!」
即座に転がって躱したが、背中を掠めたか。戦闘中に考え事なんかするもんじゃないな!
さらに迫る刺客の剣を脇で挟み、首を刎ねて蹴り倒す。後3人だ!
二十八が正面、残った二人で左右を挟む、か。傀儡化されても戦闘のセオリーまでは喪失しないようだな。
二本の剣と一本の大鎌を魔剣一つで捌きながら、決定機を窺う。だが残った三人は二十八を中心に連携し、容易に隙を見せない。今は時間をかけて隙が出来るのを待つ事は出来ない。付け入る隙を見せないなら、作らせるしかないが……最悪、二十八を殺してしまっても仕方がないな。相棒の身には変えられない。
絶対領域で能力を封印された強化系の二人は手練れではあっても、さほどの脅威ではない。問題はやはり二十八だ。背景同化が最大の武器だが、それ頼みの男ではない。最古の公爵級ソンブラを宿しているだけあって、老獪な技と高い身体能力を持ち合わせている。だが、法の悪用に長けた二十八も傀儡化された状態では、持ち味である機転の利く頭は使えないだろう。付け入る隙はそこだ。二十八さえ倒せば残りの二人はどうとでもなる。
このビルの一、二階は飲食店のテナントになっていたな。という事は飲食店の定番、ラーメン屋かうどん屋があるはず……
三人がかりの攻撃を躱しながら、柱に貼り付けてある店舗案内図を盗み見る。よし、ラーメン屋があるな!
見取り図で確認したラーメン屋に向かって走る途中、投擲された大鎌の攻撃が肩に当たってかなり出血した。
「灰児!すぐに傷を…」
「塞ぐのは少し待て。」
ダイブでガラスを破って店内に侵入、厨房に逃げ込んで目的のモノを見つけた。血の後を追って刺客達は厨房にやってくる。
……二十八がまともな状態ならこんな手にはかからないだろう。だが、今なら引っ掛かるはずだ。
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「ようこそ。ご注文はラーメンでいいかな? ついでに麺の茹で加減も聞いておこうか。」
除装した俺は厨房に入ってきた三人の刺客にオーダーを聞いてみたが、やはり返答はなかった。
「ああ。なんで武装化を解いたのかって? そりゃ……手が足りないからだ!」
周囲を見回した二十八が上を向いた瞬間、寸胴がその上半身に被せられていた。
二十八に寸胴を被せたノーラは、その頭を蹴って俺の元へと戻り、即座に再武装を済ませる。
そして二十八が寸胴を破砕するのと同時に、俺が投げつけた魔剣ノーラが二十八の胸甲に突き刺さっていた。
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残る二人も片付けた俺は階段を駆け上がり、煙を辿って御立サイバーのテナントに辿り着いた。
中にはプログラマーとおぼしき遺体が五つ、だが澪の姿はない。
「澪!いないのか!」
死体がないという事は澪は逃げてるって事だ。狭い室内での戦闘は遠距離型の澪にとっては不利、広い場所へ出ようとするだろう。……おそらく屋上だ。
非常階段の途中で血痕を見つけた。階段の上に向かって点々と続いている。この血痕が澪のものでなければいいんだが……
強化された聴覚が屋上で繰り広げられる戦いの旋律を捉える。魔弓から放たれる矢の風切り音、間に合ったぞ!
塔屋から屋上へ飛び出した俺の目に映ったのは、目の前の刺客ごと、長槍で貫かれた澪の姿だった……
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「澪~!!」
「おっと、王子様ならぬ王様ソンブラのご登場か。……クスクス、怖い怖い。」
凄まじい跳躍力で屋上のフェンスに退避した男は、耳障りな声で嘲笑する。白河と一緒にいたノミ野郎か!あの時、なにがなんでも殺しておくべきだった!……変声なのは漆黒の
澪は崩れ落ちそうな体を支え、血の滲んだ指で一矢を放つが、ノミ野郎は首だけ捻って面倒くさそうに躱した。
「……あ、あんた、……味方ごと……刺し貫くとか……正気?」
俺に体を支えられた澪は頭部鎧を除装し、味方ごと自分を
「澪!もう喋るな!傷がかなり深い!」
マズい!……この大出血、心臓を貫かれてるのかもしれん!
「味方じゃないよ。手駒さ、て・ご・ま。こんな手に引っ掛かるおまえが間抜けなの。矢ぶすまにされた奴は使えないただのアホだけど、そっちのアホは役に立つアホだったよ。侯爵級の捜査官様を道連れにしてくれたんだからね。」
「義元!澪の傷を急いで塞げ!コイツの相手は俺が…」
「やんないやんない。あんたみたいな戦闘バカと殺し合うとか冗談じゃないね。USBは回収したんだ。僕ちゃんのお仕事はこれにて終了、さ。」
ノミ野郎はフェンスから身を翻し、落下間際にビルの壁を蹴って隣のビルの屋上へと着地した。
「あれれ!追ってこないんだ? ま、この距離を飛べるのはソンブラ界広しといえども、この僕ちゃんだけだろうけどさぁ。」
「……予言しておこう。おまえは必ず死ぬ。」
背中越しに死刑宣告をしながら澪を床に寝かせ、止血を試みる。ビル火災が起きてる以上、救急車もすぐ来るはずだ。
「そりゃ僕ちゃんだって人間だから、いつかは死ぬんだろうけどさぁ。コラ!こっち見ろ!フェイストゥフェイスで話すのがマナーだろ!」
黙れ。ノミに構ってる暇はない。
「お~い、せっかくお尻ペンペンしてるんだから見ていってよ~!……ちぇっ、面白くないなぁ。んじゃ、バイバイ~、静寂の王と無職の中年さん。」
……おまえは次に会った時に必ず殺す。会うつもりがなかろうが探し出して殺す、絶対にだ。
ノミ野郎がビルからビルへと跳躍する足音は遠ざかり、徐々に小さくなっていく。……そして澪の鼓動の音まで……小さく、弱くなって……
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