26話 最悪の刺客
「
4課のオフィスでは風見が新人眼鏡にお説教の最中だった。
「は、はいっ!申し訳ないですっ!」
眼鏡がズレるほどの怒声を浴びた新米捜査官は身を竦めながら、返事をする。
「俊介、その辺にしてあげなさい。茜ちゃんは初出動だったのよ?」
「そうはいかない。これは生き死に関わる事、自分だけでなく仲間の命も関わってくるんだからね。」
「だからと言って頭ごなしに怒鳴りつけても若手は成長しないぞ。何がダメだったのか、どうすればよかったのかを筋道と道理を立てて教えてやれ。風見はベテラン捜査官なんだろう?」
"新人を育てるには二つの道が大事、それは筋道と道理だよ"とは細山田部長の遺訓だ。
「む、確かに灰児の言う通りか。いいかい、茜。支援型のソンブラを使う宿主は……」
「せっかくだから町田も風見先生のレクチャーを受けなさい。アンタも位置取りがなっちゃいなかったわよ?」
「パーフェクトルーキーの茜ちゃんと一緒にされるのは心外なんスけど……」
不満を口にする町田、澪はピシャリと撥ねつける。
「町田、その言い方だと茜ちゃんが完璧な捜査官みたいよ? いいから茜ちゃんの隣に座る!」
「うぃ~っす。」
お説教をやめてレクチャーに入った風見と生徒二人を横目に、澪と俺は課長室のある上階に続く階段を上がった。
────────────────────
課長室に向かう道すがら澪が話しかけてくる。
「灰児はちょっと俊介を見直してくれたみたいね?」
「まあな。あの新米捜査官は茜、だったか?」
「ええ。
「風見は茜に射線が通ったと見て、すぐさま自分が遮った。誰にでもやれる事じゃない。下手をすれば自分が死ぬんだ。」
「そうね。俊介の欠点は仲間と仲間以外の間に穿たれた溝が人より深い事だわ。だから部外者にはキツくあたるし、4課がエリート集団だと思っているから態度も高慢。結果、不要な敵をつくる。」
「その反面、仲間意識は強く、危険に身を晒す事も厭わない、か。角が取れればいい捜査官になりそうだが……」
風見は視野も広く、自分の影の特性を把握し、うまく使っている。伊達に4課で主任をやってる訳じゃないらしい。それでも近接戦はもう少し鍛える必要があるだろう。今のままではちょっと出来る奴に寄られたら仕舞いだ。
「霧島課長もそう言ってるわ。補佐の鬼島さんがそのあたりも指導してくれればいいんだけど……」
「その鬼島はどうして今回の作戦に参加してないんだ?」
本来、今日俺がやった仕事は鬼島のポジションのはずだ。
「どうしてかしらね? まあ鬼島さんが不在だから灰児を雇ったって事なんでしょうけど。」
立ち止まった澪は、"課長室"と書かれた札の掛かった部屋のドアをノックする。
「課長、袴田です。灰児を連れてきました。」
「入って。」
課長室の奥に設えられた高そうなデスクで執務していた霧島が俺達を出迎え、来客用のソファーを勧めてきたので二人並んで着座する。
秘書に珈琲を淹れる用に命じた霧島も着座し、ねぎらいの言葉を口にした。
「ご苦労様。灰児さんの助勢で死人は出さずに済んだわ。」
捜査官には、な。肉倉グループ残党の半数は死んだはずだ。
「礼には及ばない。澪からの依頼を受け、金の為にやっただけだ。」
卓上に湯気を上げる珈琲が置かれると、霧島は秘書を退室させた。秘書にも聞かせられない話って事か。……やれやれ、キナ臭くなってきたぞ。
澪も不穏な空気を感じ取ったのだろう、表情が引き締まる。
「今日の作戦は本来、課長補佐の鬼島が指揮を執るはずだった。」
誰に向けての言葉かわからない発言。まるで独り言のようだが、異常な事態を示唆してもいる。
「急な休暇でも申請されたのか? 鬼島が大好きなグループアイドルのプレミアチケットでも入手出来たとか?」
「灰児、昭和生まれの鬼島さんは演歌しか歌わないわ。グループアイドルなんて論外よ。」
昭和生まれは関係ないだろう。俺だって昭和生まれだが演歌以外も知ってる。歌うのは苦手だが……
「鬼島は行方不明。それで急遽、灰児さんを雇う事にしたのよ。」
行方不明!? 4課課長補佐の鬼島が?
「どういう事だ? 4課の激務に厭気が差して夜逃げでもあるまい?」
仕事人間の澪が
「それを今調べてるの。気になったのは澪から報告を受けた"傀儡の王"の件よ。」
「鬼島さんの行方不明に傀儡の王が関わってるんですか!」
澪が素っ頓狂な声を上げたが、宿主を傀儡化させる能力を持った敵がいて、強力な宿主が行方不明になった。関連性を疑わない訳にはいかないだろう。
「まだ分からないわ。でも鬼島が任務を放棄して失踪するなんてあり得ない。例えどんな事情があったとしても、私にだけは連絡を入れるはず。連絡もナシに鬼島が音信不通になった以上、拉致監禁されたか……殺されたかよ。」
「そんな!殺されたなんて、縁起でもない事を言わないでください!それに4課ナンバー2の鬼島さんを拉致出来る奴なんていません!」
「霧島課長、宿主としての鬼島の評価を聞きたい。その特能もだ。」
「灰児!貴方まで…」
「澪が鬼島の心配をする気持ちは分かる。だが、現実問題として鬼島は行方不明で、宿主を傀儡化させる敵対的宿主が存在している事も確かなんだ。操られた鬼島から襲撃される事態が想定される以上、確認しておく必要がある。」
「灰児さんの言う通りよ。あらゆる事態を想定しておく必要があるわ。」
霧島は卓上ライターで煙草に火を点け、天井を仰いでから話を続けた。
「鬼島は公爵級のソンブラを持つ宿主、小細工なしの戦闘なら4課のみならず、特対課でも彼に勝てる者はいないでしょう。例え相手が王級の宿主であっても、ね。」
だろうとは思っていたが、やはり公爵級か。4課の主要作戦の全てで陣頭指揮を執っただけあって、純粋な白兵戦なら課長の霧島よりも上、という事らしい。ならば接近戦向きの特能を持っているはずだ。
「4課課長補佐に相応しい実力の持ち主なのは理解した。それで鬼島はどんな特能を持っているんだ?」
「ないわ。鬼島は特能を持っていない。」
特能がないだと!じゃあ鬼島は……
「鬼島さんには特能がない!? 私達にも見せてないだけじゃないんですか!」
「いえ、そう装っていただけよ。鬼島は"基礎能力特化型"の宿主、その完成形なの。」
「でも基礎能力特化型のソンブラは普通、中級以下の宿主に散見されるタイプで大した脅威では……」
「澪、それは早計だ。基礎能力特化型の中にはヘタな特能持ちよりヤバい奴がいる。知っての通り、基礎能力特化型は特能がない分、全般的に能力が高いのが特徴だが、高位の宿主が基礎能力に全振りした場合は恐ろしい事になるんだ。早い話が
その対極が肉倉だ。奴は攻防一体の凶悪な能力"腐肉の盾"にパワーを裂いていたから、基礎能力は王級にしては低かった。
「基礎能力特化型宿主とは"特能という足枷を持たない宿主"だとも言える、そういう事ね?」
「ああ、そういう事だ。」
そして宿主としての俺がそれに近い。絶対領域で相手の特能を封じ、ノーラの極めて優れた宿主強化能力で底上げされた基礎能力で始末する。
霧島が俺達の共有した危惧を紡ぎ出すように吐露した。
「……大抵の場合、宿主と宿主の戦いには相性がある。どんな厄介な特能でも、天敵になり得る特能があって、相性次第で下克上も起こり得るわ。でも鬼島には相性の良し悪しはない、彼の武器は基礎能力の高さだけなのだから。特能を持たないが故に相性の優劣もなく、基礎能力の高さだけで相手を圧倒する。それが特対4課課長補佐、鬼島
霧島の言う通り、高位の宿主が持つ特能には相性がある。基礎特化型で相性に左右されにくい鬼島は、様々なタイプの宿主を相手に戦う4課の陣頭指揮官にはうってつけだ。唯一の例外は腐肉の王、あらゆる通常攻撃を飲み込んで返してくる肉倉は鬼島にとって天敵だったはずだ。霧島は肉倉の能力の全貌は知らなかったが、通常攻撃が無効化される事は知っていたのだろう。だから俺に肉倉の始末を依頼した。だが基礎能力特化型の鬼島は俺に対しては……
……マズいな。特能を持たない代わりに基礎能力が極端に高いという鬼島は俺との相性がいい。絶対領域は鬼島に対しては切り札にならないからな……
「課長、肉倉グループの件は完全に片付きました。4課の総力を上げて鬼島さんを捜索しましょう!」
「そうするつもりよ。澪、4課の全捜査官に召集をかけて。集まり次第、ブリーフィングを始めるわ。」
「はいっ!」
「俺も伝手をあたってみよう。澪、なにか分かればすぐに連絡する。」
「お願いね。荒事になりそうな時には灰児を呼ぶから。必ず鬼島さんを奪還するわよ!」
勇む澪に険しい表情の霧島が釘を刺す。
「澪、「傀儡の王」は私か灰児さんが対処する。くれぐれも先走らないようにね。」
4課課長の霧島蘭子に"基礎能力特化型の完成形"と言わしめた鬼島を拉致、もしくは殺害した相手だ。俺か霧島で対処しなければ犠牲者を増やすだけだろう。
「霧島課長の言う通りだ。傀儡の王はこれまでにないレベルの危険な相手、絞めてかかれよ?」
「わかってるってば。危険が予想される場合には灰児に同行してもらうつもりよ。」
それでいい。しかし傀儡の王はなぜ鬼島を狙ったんだ?……ひょっとして奴は俺の能力を知っているのかもしれない……それで俺との相性がいい鬼島を手に入れたかった。
この間の襲撃は俺がどの程度出来るのか、小手調べをするつもりだったのか。だが俺の能力をどうやって知ったんだ? 監視役のノミ野郎はすぐに逃げたし、路地裏には監視カメラの類はなかった……
まだ傀儡の王が鬼島の拉致に関わっていると決まった訳ではない。だが、傀儡の王が関与しているという前提で対処した方がいいのは確かだ。
そしてこの件にはなにか裏がありそうだな。だが傀儡の王の思惑がなんであるにせよ、俺を狙ってくるなら返り討ちにするまでだ。
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