25話 世論への建前
「灰児!俊介をフォローしてあげて!」
力点を両足に集中させて錆びた道路標識を蹴り、水平に跳躍。力点を腕に移して後衛最前部に出ていた風見に群がる敵を斬り捨てる。
「礼を言うのは癪だが、サンキューだ!この借りはいずれ返すからな!」
期待せずに待ってるよ。宝くじの高額当選確率並に薄い可能性だろうが……
「前に出すぎよ、俊介!それにお礼は素直に言いなさい!」
いや、風見は後衛の新米捜査官に射線が通りそうだから前に出ざるを得なかったんだ。新米眼鏡を庇った捜査官を庇う臨時のアルバイトか。親亀の上に子亀が乗って、そのまた上にまた子亀って奴かな?
「みんな、支援は僕と澪に任せろ!4課の怖さを教えてやるんだ!」
封鎖区の路上で交わす白刃が火花を散らす、ここは真昼の戦場だ。敵対的宿主どもと捜査官達の頭上を大ガラスの群れが舞い、無数の羽根を撒き散らす。風見の肩に乗った白いカラスの
そして嫌がらせの攻撃だけでなく、羽根で敵の視界を遮って援護。さらに仲間の危機には羽根をまとめて盾に変え、致命の一撃を回避させる。
遠隔操作可能で汎用性の高い能力、風見は単体では決定力に欠けるが、バイプレーヤーとしては優秀なようだ。
数では敵対的宿主、質では4課捜査官。拮抗する状況を崩す為には、澪と射撃戦を演じてる奴を先に始末せねばならないようだ。手練れの宿主は廃ビルの上階窓から路上目がけて
「ととっと、タンマタンマ!廃ビルの敵さん、ここらでハーフタイムにしませんか!」
間一髪で投擲槍を躱した町田が、窓から見え隠れする宿主に呼びかけたが応じる訳はない。無駄口を叩くなとばかりにさらなる槍が降ってくる。
「ひょお!待った!マジ勘弁!平和的に話し合おうよ!」
情けない泣き言を口にしながら、それでも槍を回避する町田。余裕があるのか必死なのか、よくわからん奴だな。
槍使いは三階をあちこち移動しながら攻撃してきてる。腕は立っても状況判断は良くないようだ。サッサと逃げにかかれば助かったかもしれんのに。腕に自信があるだけに澪との勝負に熱くなってるんだろう。
捜査官を連れてビルを駆け上がるより、単騎でケリをつける方がいいな。見られさえしなければ絶対領域が使える。投擲槍を多投してきている以上、武器複製の特能を持っているはずだ。グズグズしてると4課から殉職者が出かねない。俺は足に力点を集中し、大きく屈んで窓に向かって跳躍する。俺の姿に気付いた槍使いが無数の投擲槍を投げつけてきたが魔剣で弾き、室内に飛び込んだ。
広いフロアになっている室内にいた二人の宿主は、お揃いの槍を構えて俺と対峙する。
「なるほど、二人で交互に槍を形成して投擲してたって訳か。澪が苦戦するはずだ。」
槍の形成速度が異常に速く、窓から窓への移動も変幻自在。そのカラクリはいたって単純、単に同能力の宿主が二人いたってだけだった。
「捜査官ではないようだが"飛んで火にいる夏の虫"って諺を知ってるか?」 「俺達は接近戦の方が得意なんだぜ?」
お揃いの槍にお揃いの鎧、多分双子なんだろう。
「どうやら双子のようだが、良かったな。同じ日に生まれて、同じ日に死ねるぞ?」
「やってみろ!」 「しゃらくせえ!」
左右から挟むように移動し、二人同時に槍を突き出してくる。なかなか鋭いな、接近戦の方が得意というのはハッタリでもなさそうだ。魔槍を躱し、魔剣で跳ね上げ、距離を詰めようとしたが、双子は体を入れ替えるだけでなく、得物も入れ替えながら息の合ったコンビネーションを見せる。魔槍に浮かんだ顔のレリーフもそっくり、ソンブラの方も双子らしい。
「双子の宿主に双子の魔槍か。なかなかレアなケースだな。」
「そうだ。俺達は双子、そして影に宿すのも双子のソンブラだ。」 「一心同体のこの連携攻撃が貴様に見切れるか?」
「もう見切った。」
床に魔剣を刺し、空いた両手で両サイドから迫る槍を掴んで左右の双子に突き刺す。
「ぐあぁっ!……左京!」 「げふっ!……あ、兄貴!」
互いの魔槍で互いの心臓を貫いた双子は倒れ伏し、息を引き取った。弟の名は左京。双子って事は多分、兄貴は右京なんだろう。死人になったコイツらに必要なのは俗名ではなく戒名だが……
頭と腰の鎧を除装し、ポケットから取り出した煙草に新品のオイルライターで火を点ける。この純銀のオイルライターは澪からもらった。"禁煙する気はないみたいだから、ライターぐらい良いのを使いなさいよ"と言って作戦前にくれたのだ。
煙で輪っかを作りながら眼下で続く戦闘の様子を窺う。双子の援護がなくなった事で均衡が崩れ、掃討戦に移行したようだな。もう手を出す必要はなさそうだ。
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封鎖区の街角に廃棄されていたボロ車の上に澪と並んで座り、撤収作業の様子を見守る。
「灰児のお陰で死人だけは出さずに済んだわ。ありがと。」
澪から手渡された封筒をポケットにしまい込み、代わりに煙草とライターを取り出した。
「あら、紙幣を数えないの?」
「相棒相手には必要ない。」
贈り物のライターを手のひらで1回転させてから煙草に火を点ける。
「ふふっ。そのライター、気に入ったみたいね。」
「ああ、新品なのに妙に手に馴染む。いい品だ。」
「でしょ? 初めての給料で買った逸品なの。兄さんの誕生日に贈ろうと思って……」
「おいおい、そんな大事な品物だったら受け取れないぞ。」
「いいのよ、灰児が使って。兄の墓前に備えといたんだけど、枕元に立った兄さんが教えてくれたの。」
「なにを教えてくれたんだ?」
「天国の極秘情報。兄さん曰く"天国は禁煙"なんだってさ。」
禁煙化の波は天国にまで波及しているらしい。
「世知辛い話だな。ま、地獄行きが確定してる俺には関係ない。」
「そうね。多分、私も地獄行きでしょう。あの世では思いっきり煙草を吸う事にするわ。」
「澪は天国に行けるさ。先に行った兄さんが天使を買収してるだろうから。」
「じゃあ私が灰児に向かって蜘蛛の糸を垂らしてあげるわ。良かったわね。」
「そりゃ助かる。カンダタみたいに途中で糸が切れちまわないように、丈夫な糸を頼むぜ?」
「糸の問題じゃないわ。彼は自分の心の浅ましさに対する罰を受けただけ。」
まさにその点こそ俺が一番自信のないところだ。やっぱり俺には地獄が相応しいらしい。
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「澪、なんで俺まで本部に行く必要があるんだ? 報告書を書くのを手伝えって訳じゃあるまい?」
「課長に灰児を連れてきてって言われてるの。一体何の用かしらね? 町田は知らない?」
期待感皆無の澪の質問に、期待通りのお気楽な口調で町田は答えた。
「主任が知らない事を俺が知る訳ないっスよ。」
「でしょうね。……それにしても犯罪者ってホントに封鎖区が好きよねえ。東京で無法がまかり通る唯一のエリアだから仕方ないんでしょうけど。」
「好き嫌いの問題じゃない。肉倉グループの残党にしてみれば、国外への脱出を手引きしてもらえそうなのは封鎖区にいるブローカーだけだからだ。ま、それは大間違いなんだがな。封鎖区は組織犯罪者が逃げ込むには一番不適切な場所だ。」
「灰児さん、それはどういう事ッスか?」
「封鎖区にはいくつかのグループがあって、それぞれにボスがいるんだが、彼らは秩序を乱される事を好まない。」
「無法地帯に秩序? 言葉が矛盾してないッスか?」
「いや、無法地帯には無法地帯なりの力を背景にした秩序がある。彼らの危うい均衡を崩しかねない新たなグループの流入は迷惑って事だ。肉倉グループ残党の潜伏場所をチンコロしたのは、封鎖区のボスの誰かだろう。」
「汚い話ッスねえ。ゴミに排除されるゴミの図、ですか。って事はウチの課長は封鎖区のボスにコネがあるんスね。」
当たり前だ。ない方がおかしい。いくら所轄官庁が防衛省でも、特対課のやってる事は限りなく警察に近い。世論だのなんだのに配慮して、事実上の憲兵ですって公言出来ないでいるだけさ。
警察の皮を被った憲兵で特殊部隊、それが特対課の実像だ。
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