24話 影は笑顔で脅迫する



渡米を本気で検討する事にした俺は権藤と話をする為に、彼が毎夜のように晩酌を楽しむ居酒屋に行ってみる事にした。渡米計画を立てようにも、権藤の意向が肝心要だ。


海鮮居酒屋「わだつみ」、権藤はこの店の常連で、俺と同じくカウンターの隅っこがその指定席だ。店の暖簾をくぐり、カウンターに目をやると、草臥くたびれたコートを椅子の背にかけた権藤の姿が目に映った。生ビールとお通しの小皿しかないところを見るに、飲み始めたところらしい。


俺の気配を察したのか、こっちに顔だけ向けた権藤はビールジョッキを掲げてみせた。そして店主に目配せする。頷いた店主は権藤にカードを手渡した。あのカードはこの店の最奥にある特別室の鍵だ。


席を立って移動を始めた権藤の後を追って、両側に座敷席が並んだ店内奥の通路を進む。権藤は突き当たりのドアをカードキーで開け、さらにその奥のドアは指紋認証で開けた。2枚のドアを隔てた向こうには、いかにも大衆居酒屋といった風情の表の店内とは違って、老舗料亭を彷彿させる和室が設えられている。この店の裏の顔、という訳だ。


下座の座布団にどっかりと胡座をかいた権藤は顎をしゃくって、俺に上座を勧めてきた。


「アンタが上座に座ってくれ。年もキャリアもアンタが上だ。」


「命の恩人を下座に座らせる訳にはいかんよ。……なんてな、俺は上座が嫌いなんだ。そんなご大層な人間じゃない自覚もあるんでね。」


権藤は王級の宿主とトラブって命を狙われた時に、闇社会の伝手を通じて俺と知り合った。そして俺は権藤を狙う宿主を始末し、命を救った。最初こそ貸しを作ったが、その後は借りを作ってばかり、貸借対照表バランスシートの借入額はもう俺の方が多いだろう。


「ご大層な人間じゃないのはお互い様だ。ここは公平にジャンケンで決めよう。」


「灰児、インチキはよくないぜ。おまえさん、その気になればスーパースローのカメラみたいに手の動きが見えるんだろ? 17敗もしてから気付いた俺も間抜けだがな。」


「数えてたのか?」


「俺じゃなく、アイリがな。」


権藤の影から正座姿で現れた少女ソンブラは、満面の笑みでピースサインしてきた。


「エヘヘッ、ゴンドーと灰児のジャンケン勝負はここまで4勝17敗。でも灰児が負けたのは、どっちが奢るかってお金を賭けた時だけで、他は全勝してたの!ヘンだよね♪」


アイリは頭も記憶力もいいみたいだな。油断してたよ。


「全部勝たずに時折負けておくのがイヤらしいな。おまえさん、いい詐欺師になれるぞ? ま、今まで騙してた罰だ、諦めて上座に座れ。」


やれやれ、仕方ないな。掛け軸を背負って座るとするか。


「やっぱり上座は落ちつかんな。」


「でなきゃ罰ゲームにならんだろ。常勝の秘密は視覚強化なんだろうが、俺らとは桁が違うようだ。王級ソンブラは格が違うって事なのかい?」


足を崩した姿で具現化したノーラが権藤の質問に答えた。


「権藤さん、少し違うの。ソンブラは宿主の身体能力を底上げする基礎能力を持ってるけど、私は王級のソンブラと比較しても底上げ能力が高い。……親和性が違うから。」


「むう!アイリだってゴンドーとは仲良しだよ!」


「フフッ、そうね。」


そんな会話を交わしていると、襖が静かに開かれ、店主が料理と酒を運んできた。


「悪いね、大将。いつも内緒話に使わせてもらって。」


「いえいえ、どうぞごゆっくり。」


「料理と酒はお任せコースで頼まぁ。密談自体はそんなに長くはかからんとは思うが、せっかく話相手が出来たんだ。今夜はのんびり飲もうかと思う。いつもは一人酒だしな。」


「フフッ、影に可愛いお嬢さんがいらっしゃるのにそんな事を言っちゃいけませんね。」


ニヤニヤと笑いながら店主は退出していった。たぶん、ここの店主も冥とおなじで訳ありなんだろう。


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晩秋のこの時期、旨いものはたくさんあるが、桜エビもその一つだ。


旬の食材を使ったかき揚げはサックリとした歯応えと、潮の香りを感じさせる風味がなんともたまらない。


先割れスプーンで桜エビのかき揚げを食べるアイリの姿は微笑ましく可愛らしいが、口の回りには天かすがいっぱいくっついている。愛らしい仕草に癒されたのだろう、卓上のおしぼりを手に取って、微笑みながらアイリの顔を拭いてやるノーラ。面倒見がいいのはいい事だが、権藤からママ扱いされるのも無理ないな。


冷める前にかき揚げを楽しんだ俺は、権藤に渡米話を持ち掛けてみた。


話を聞いた権藤は愛用のオイルライターで煙草に火を点け、紫煙の後に諭すような台詞を吐いた。


はやる気持ちはわからんでもないがね、渡米するのはまだ早いよ。」


「権藤が渡米すれば現地の調査が捗るだろう。異端児扱いはされていたが、産流新聞社会部のエース記者だった男だ。」


「おまえさんが俺を高く評価してくれてるのは嬉しいが、俺は日本の記者なんだ。現地の連中ほど土地勘や人脈がある訳じゃない。それにな、まだ日本での調査が終わってないんだ。」


「日本での調査?」


「忍野良子は正真正銘の日本人だ。そして彼女がアメリカの秘密研究所に自分を売り込んだ形跡はない。」


「国内に良子を推薦した誰かがいると?」


「そうだ。我が国の政府要人の誰かが彼女を推薦したと俺は考えている。あれから色々と調べて、ソンブラの情報を日米両政府のごく一部の高官は共有していたらしいとわかったんでな。もちろん米国の政府機関が直接スカウトした可能性もあるが、公になった場合は外交問題になる。仮にも同盟国相手にそんな真似はまずかろう。」


「確かにな。いくら超大国と言っても、研究段階ではソンブラがここまで危険な存在だとはわかっていなかったはずだ。科学兵器で武装してないエイリアンを捕まえた程度の認識なら、ごく一部で情報共有はなされていたとしても不思議はない。だとしても総理大臣、官房長官、そのクラスの大物政治家と高級官僚の一部までだろうが……」


「文部科学大臣を務めた事のある大物政治家とコネがある。その男から情報を得る算段を今やってる。」


「その男の口から権藤が研究所の件を追っている事がアメリカ政府に漏れる可能性はないのか?」


「ない。今日びの政治家には珍しく、秘密は墓まで持っていくタイプだ。」


「口の固い政治家か。絶滅危惧種だな。」


権藤は手垢まみれの手帳を取り出し、片手でパラパラとページを弾きながら笑った。


「この手帳の人脈レッドリスト、そのトップが彼さ。かつて俺のスクープが原因で内閣は総辞職、直後の選挙で野党転落の寸前までいった事があるんだが…」


「ああ、知ってるよ。平成最大の大疑獄、あれがアンタの仕事だってのはな。それが産流新聞社会部記者として、最後の仕事になったってのもだ。」


「政財官に跨がる大疑獄だっただけに、各方面から盛大に恨みを買った。議席を大幅に減らした与党の連中からは特にな。連中にとっては恨みもあるし今後の安全もある、俺を全国紙記者のままでいさせるのは都合が悪かったんだろう。だが与党政治家の中で彼だけは報復に反対してくれた。"やるだけはやってみるがあまり期待はしてくれるな。最近は口ばっかり達者で尻の穴の小さな連中が増えて困っとるよ"とか言いながらな。俺が"あなただって大逆風の中の選挙は大変だったでしょう。引き金を引いた俺が疎ましくないんですか?"って尋ねたら"不正を働いた者が悪い。君は自分の仕事をやっただけだ"だとさ。結局のところ、俺は社を追われる事にはなったが、事前にその動きを教えてもらっていたから、首謀者にはお返しが出来た。主犯が政治家でも官僚でも財界人でもなく、務めていた新聞社の創業家だったってのが泣ける話だがね。」


「スクープで産流新聞は名声を博したが、政財官を敵に回した。それで手打ちの条件として記者一人を人身御供か。やれやれ、権力を監視するのがジャーナリズムだろう。権力者、有力者におもねる必要はないが、ビビるのは論外だ。」


「嘆かわしい話だが、堕落したのは政治家だけじゃなく新聞記者もって事だ。事実を報じて是々非々を論評するのが記者ってもんだが、最近は権力を盲目的に擁護するか、重箱の隅をつついてでも批判するのがジャーナリズムだって思ってるバカが増えた。しかも追求するネタを抜くのが週刊誌だったりするから、なお始末に悪い。ま、古巣に関しちゃ、創業家がビビったのには訳があるんだ。」


「なるほど、アンタが報復の報復ですっぱ抜いた創業家の醜聞"自社の情報網を利用したインサイダー取引"が脅迫のネタだったんだな?」


「そういうこった。創業家が真実よりも金銭が好きなのは知っていたが、あそこまでとは思ってなかったよ。」


その点、俺の務めていたスマイルヘルスケアは全然マシな部類だったんだろうな。創業者=会長で、本社にいた事がある細山田部長曰く"ウチの会長は自社の事業をこよなく愛し、人柄も温厚そのものだよ"だそうだから。まあ、後期高齢者になろうかってお年なのにムッキムキに体を鍛えてて、ボディビル雑誌の表紙を飾ってたりはしてたが。サラリーマン時代に一度だけお会いした事があったが"キミはいい体をしとるな!営業は筋肉だよ、バッハッハ!"とか言いながら背中をバンバン叩かれたなぁ。……今思えば恐ろしいパワーだった、おそらく最強の後期高齢者はあの会長だろう。


「そこのオッサン二人、辛気臭い顔でため息をつかないの。お酒でも飲んで憂さ晴らししなさいよ。」


「ゴンドー、グイーとやって、グイーっと♪」


人生の哀愁を漂わせるオッサン二人に美女ソンブラと少女ソンブラがお酌をしてくれる。


両手を添えて可愛くお酌するアイリの頭を、笑顔でナデナデしながら権藤はグラスを傾ける。


「ありがとよ、アイリの酌で飲む酒が一番旨い。」


「でしょ♪」


権藤のやに下がった顔は正直気味が悪いが、アイリの笑顔は文句なく可愛い。


「灰児は私の注ぐお酒が一番よね?」


ノーラの笑顔にも答えてやりたいが、一番はやっぱり良子だろう。ここは大人の知恵として、言葉を濁しておこう。


「……あ、ああ、そうだな。た、たぶんだけど……」


曖昧な留保をつけてお茶を濁してみたが、俺の影は納得してくれなかった。


「たぶん?……私が、イ・チ・バ・ン、よね?」


笑顔は変わらないが、声にドスは利いている。この有無を言わさない言圧、そしてその身から発せられる禍々しいオーラ。……ここで選択を誤れば俺は死ぬ。


「……ノーラが一番だ。うん、酒が旨い旨い♪」



これは緊急避難だ。……だから良子、俺を許してくれ。


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