23話 元ヤン娘は救世主



「なかなかやるな。俺とここまでやり合える奴はそうはいない。」


アルは仰向けに大の字になった義元の手を握って立たせ、健闘を称えた。可愛げのないアルにしては珍しく素直な事だ。


「やはりパワーの差が祟ったか。もっと領域を広げて霧島課長に階位を上げてもらわないと……」


リビングをリングに繰り広げられた好勝負は、総合力に勝るアルに軍配が上がった。義元は遠距離型ソンブラだし、この結果はやむを得ないだろう。それで納得する義元ではないようだが……


「とりあえずコロッケでも食え。二人とも味は分かるんだろう?」


ノーラは知り合ったソンブラに片っ端から味覚能力を付与してるからな。町田のスカーフェイスにはまだ様子見してるみたいだが……


「うむ。腹は減らんが翠のせいで食の楽しみを覚えてしまった。」 「喉は渇かんが、ビールが飲みたい。」


食う楽しみを覚えた事も手伝って、アルも義元もずいぶん人間臭くなってきたな。人型を取れば人間にしか見えんぞ。


「フフッ、やっぱりアルが一枚上手だったみたいね。」


「義元は遠距離タイプ、勝ち誇るのは武装化した私達に勝ってからにしなさいよ!」


勝ち誇る冥に澪が食ってかかる。アルと義元が仲良く健闘を称え合ったってのに、宿主はこれだよ。


「澪、襲撃者の件でなにか続報はないのか?」


少し話題を逸らさないと、今度は宿主同士で喧嘩をしかねない。……なんで俺が気を使ってるんだ。


「襲撃者の件で新しい材料はないわ。でも腐肉の王は、他の王と付き合いがあったみたいよ?」


「どんな付き合いだ?」


「かつては互いに利用し合ってたみたい。でも肉倉の事業が軌道に乗ってからは、その関係は希薄になった。おそらく階位を上げた娘の礼子がサキュバスみたいな特能を有したお陰で、相手の助力が必要なくなったんでしょう。」


「利用しあう関係、そしてもう関係は希薄。俺を襲ってきた刺客とは関係なさそうだな。」


「少なくとも仇討ちではないわね。それだったら私も狙われているはずよ。」


「今、4課は肉倉と関係のあった王を追ってるのか?」


「いえ、肉倉と関係のあった王の捜査は1課が引き継いだ。課長は腐肉の王の一件では嘉神部長に無断で動いた訳だから、埋め合わせに花を持たせておこうって事なんじゃない?」


「不動産王だった肉倉は王級のソンブラだった。そしてその組織を壊滅させたのは特対4課、4課はまたも名を上げた訳だ。本家本流を自負する1課としては、それに匹敵する手柄を上げたい、か。」


サラリーマン時代に聞いた話では、本社の営業1課と2課も事あるごとに張り合っていたそうだから、会社でも警察でも内輪の手柄争いがあるのが普通なのかもな。俺のいた元町支店はアットホームな職場だったが……


「そんなところでしょうね。ま、部長が焦るのも無理ないけど。いくら特対課の創設者でございってふんぞり返ろうが、ここ何年かの実績じゃ4課に遅れをとってるんだし。」


椅子の背もたれに持たれかかって、新しい缶ビールに手をつけた澪に冥が皮肉を言う。


「だからって墓場田がふんぞり返る必要はないでしょ。肉倉を倒したのは灰児で4課じゃないわ。」


「何度も言ってるけど、私は袴田!墓場なのはアンタのやってる喫茶店じゃない!」


「おあいにく様、最近は流行るようになりました。」


「ウチの翠ちゃんのお陰でね!」


「高校を出たらウチのコになるわよ? ね、翠ちゃん?」


「……え、え~と……」


翠の右手をしっかり握った冥、客足を奪還した救世主を逃がす気はなさそうだ。この女子高生はソンブラ喫茶の救世主、だが女子力ゼロの澪にとってもお汚屋を浄化してくれた救世主だ。万能ハウスキーパーを逃がすまいと澪は空いてる左手を握って力説する。


「翠ちゃん、進路なら私に相談なさい。あんな人生裏街道が集ってる喫茶店じゃなくて、私がちゃんとしたお店を探してあげるから思い止まるのよ!」


人生裏街道で悪かったな。仲良くしろとは言わんが、おまえらの喧嘩に翠まで巻き込むなよ。


「翠ちゃんは卒業後、ウチの店でバイトしながら料理学校に通うんだもんね~。」


「考え直すのよ、翠ちゃん!」


「……あ、あの~、取りあえず手を引っ張るのをやめてください~……」


大岡裁きの子供みたいに左右から引っ張られる翠。文字通り、引っ張りだこだな。必要とされる事はいい事だ……本当にいい事だろうか?


大人げない大人に挟まれた翠は上目遣いで俺の方をチラ見してくる。善良ではない俺だが、大人げはある。少なくともこの女どもよりは。


「二人ともそこまでにしとけ。翠が困ってるだろう。翠、自分の進路は自分で決めればいいんだ。今、高2なんだから卒業までに答えを出せばいい。この二人に相談はすればいいが、決めるのはあくまで翠自身だぞ。自分の人生なんだからな。」


「灰児さんは相談にのってくれないんですか?」


えらいトコに食いついてきたな。それは俺の急所だぞ?


「……三十半ばで無職。不定期のバイトで暮らしてる俺に、進路相談なんかされてもなんて言えばいいんだ?」


しかもそのバイトってのは敵対的宿主を狩るってバイトだ。場合によってはご法にも触れる。アメリカでは敵対的宿主を狩る民間業者がいて、賞金稼ぎバウンティハンターの制度も実用化されてるらしいが……


「クスクス、そうですね。灰児さんに相談するのはやめておきます。」


翠の失笑が他の面子にも伝染し、食卓に笑いの輪が広がる。似合いもしないギャル風メイクをやめた翠は容貌的にも晶の友達らしくなった。そんな翠の肩を笑いながら叩く晶、仲良き事は良き事かな。……だが笑いすぎだぞ。俺の不幸がそんなに面白いか!


……やれやれだ。俺の囲った不遇も、団欒のタネにはなったらしい。地面に植えても花を咲かさず、刺だけ生やしそうな不毛なタネだが……


───────────────────────────


無職の朝はいつも遅い。こんな生活に慣れてしまってはサラリーマンに戻るのに支障がありそうだが、惰眠を貪れる身であれば貪ってしまうのが人間というものだ。


しかも生活してるのが地下室だからな。眩い朝日が差し込んで、その光で目覚めるなんて事もないのだ。


アルの淹れる珈琲より数段味の落ちる自前の珈琲を啜りながら煙草を吹かしていると、俺よりは早起きなノーラが、権藤からメールが来ていると教えてくれた。


良子に関する情報は緊急の場合を除いてパソコンでやりとりする事にしている。権藤と俺のパソコンは、いくつかのダミー経路を施してあってスマホよりは安全だからだ。CIAが本気になれば大した違いはないのかもしれんが、用事するに越した事はない。


「どう? 良子さんの事、なにかわかった?」


メールをチェックする俺の肩に細い顎をのせたノーラは、パソコンの画面を覗き込む。


「見ての通りだ。研究員名簿の横線が順調に増えていってるよ。」


黒線が引かれた者は死亡が確認された者。赤線が引かれた者は家族、親類、友人と全く連絡をとっていない者だ。名簿にはもちろん良子の名前もある。俺の心情を慮った権藤は線を引いていないが、本来は良子の名にも赤線が引かれるべきなのだろう。


先週送られてきた名簿と今送られてきた名簿、増えた線の数から考えると一人でやってる調査じゃないな。権藤のお仲間、人生エンジョイ原理主義者は複数いるようだ。そして研究所を解体をしたのは民間業者ではなく軍隊、か。しかも州兵ではなく所属不明の軍隊、おそらく特殊部隊だ。研究所でアクシデントがあったのは確実、権藤の推測はあたっていたな。今は研究所を解体した瓦礫の廃棄場所を追っている、か。


パソコンの電源を落とし、考える。


場合によっては刺客を放ってきた奴の事はほっといてアメリカに飛ぶ方がいいかもしれん。ド素人の俺が現地に行ったところで調査が進む訳はないが、権藤はプロだ。幸い、権藤の活力源である好奇心は満たされてる。あの男は趣味で記者をやってると広言してるからな。好奇心が満たされれば、驚くほど精力的に活動する。


刺客がアメリカまで追ってくる可能性が問題だが、権藤&アイリは強力なコンビ、白河レベルの相手でも問題はないはず……マズいのはアメリカ当局と刺客がバッティングした場合か。どんな機会でも利用し、物量で押すのもイーグルサムの得意技だしな。


「待てよ、傀儡化した奴をどうやって飛行機に乗せる? あの夜、白河の傍には監視役とおぼしきノミ野郎がいた。アメリカまで刺客を送るなら当然、監視役兼世話役が必要なはずだ。」


呟く俺にノーラがアドバイスしてくれる。


「澪に頼んで行方不明の敵対的宿主をリストアップしてみたら? 整形させてる可能性もあるけど、空港で引っ掛かるかもしれないわ。少なくとも大量の刺客を渡米させる事は無理なんじゃない?」


ノーラの言う通りだ。北米までの距離を考えれば現実的には空路以外のルートはなきに等しい。大富豪でもあるまいし、プライベートジェットで刺客の大量輸送は出来まい。例えそれが可能でも、空港を経由するなら黒幕の正体を4課が掴んでくれるかもしれない。


これは渡米を本気で考えてもいいかもしれん。良子を探し出して安全な場所に匿い、帰国してから元町支店の同僚達の仇、「無影の王」を探す、か。まだ渡米すると決めた訳ではないが、冥と晶を婆さんの元へ送る算段はつけておこう。


「ところでノーラ、いつまで俺の肩に顎をのっけてるつもりなんだ?」


「灰児の考え事が終わるまでよ。もう終わった?」


「……まだだ。」


なぜそんな嘘をついたのか自分でもわからない。とにかくもう少しだけ、こうしていたかった。




もしソンブラと宿主を別つ技術が開発されても、俺は拒否するだろう。ノーラはもう俺の一部だ、決して切り離せない、大切な一部。……良子を取り戻したとしても、それは変わらない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る