2話 住所不定無職、太刀村灰児



アジトの近くまでSUVで送ってもらい、俺は丑三つ時の街を歩く。


打ち捨てられた市街地、都民の言うところの死街地を離れたのでノーラは俺の影の中に引っ込んでいる。


なのでパッと見には深夜の街を徘徊する、くたびれたスーツの中年がいるだけだ。


二車線道路を挟んで、競うように輝く篝火かかりび、深夜徘徊のオアシス、コンビニ様だ。


さて、いよいよ選択の時だな。ヘブンイレブンか、ドーソンか、なかなかに難しい選択だ。


俺のアルバイトは深夜に行われる事が多い。必然的にコンビニには詳しくなる。


現在のアジトの近くにあるコンビニはこの2件、どちらかを選ばねばならない。


(当ててみましょうか? 灰児は今日、ドーソンに寄るわね。)


影の中に潜んでいようと、いる事に変わりはない。そして宿主とソンブラは意識の一部を共有もしている。意識の共有、それは心の中で会話も可能、という事だ。


内緒話にはこの上なく便利だが、時には非常にうっとおしい。


「やはり、ヘブンイレブンだな。」


(あら、外しちゃったわね。灰児、天の邪鬼を起こしたでしょう?)


当たりだ。ノーラがドーソンと言ったからヘブンイレブンにした。切ろうにも切れない関係の俺達だが、思惑ぐらいは外してやりたい。……実際、ノーラが何を考えているのかを俺は知らない。


人の目から見て、ソンブラには3種類が存在する。敵対的ソンブラ、友好的ソンブラ、中立的ソンブラだ。


敵対的ソンブラは言うまでもなく人類の敵だ。正確には宿主と組んで我欲に忠実に動くタイプ。無秩序上等、力こそ全て、彼らは混沌を好み、その手段として闘争を仕掛けてくる。


友好的ソンブラは敵対的ソンブラと戦う正義の味方とされている。だが、俺はそう思っていない。彼らは人間の形成する秩序に理解を示し、その上で自らの氏族の拡大を図ろうとしているタイプだ。早い話、力のベクトルが違うだけで本質は変わらない。


敵対的ソンブラ、友好的ソンブラではなく、無秩序型ソンブラ、秩序型ソンブラと分類すべきだと思うが、世の中には建前や大義名分なんて面倒なものがあるからな。ま、秩序型ソンブラの存在がなければ無法が法になっていたのだ。正義の味方でいいのかもしれない。特対4課や澪のおかげで、せっかくの正義が陰って見えるのは仕方ないがな。


そしてノーラは敵対的でも友好的でもない中立的ソンブラだ。俺がとある王を追っているのに協力しているだけで、人類の行く末に興味はない。一般的に中立的ソンブラは大した力を持たないが、ノーラは例外だ。高位ソンブラすら歯牙にもかけない力を持っている。力のあるソンブラは氏族を率い、勢力拡大の為に友好的ソンブラか敵対的ソンブラになるのが普通だってのに……


(そんなに不思議かしら?)


しまったな。共有している意識の方で考え事をしていたようだ。プライバシーを守る為に心に鍵をかける、宿主の基礎の基礎を怠った。


「ああ、不思議だね。」


(ふふっ、帰ったら答えを教えてあげる。引き換えに…)


「プリンを買えばいいんだろ。わかってるよ。」


コンビニの自動ドアが開く前に返事をして、俺は深夜のオアシスに足を踏み入れた。


──────────────────────────────


ノーラはプリンが好きだ。ソンブラはカロリーを必要とせず、味も分からないとされているが、ノーラは味は分かるそうだ。色んな意味でイレギュラーなソンブラなのかもしれない。幸い、プリンはスイーツ棚に残っていた。


(これこれ、このプリンってヘブンイレブン限定なのよねえ。)


影から湧き出た手がちょっとお高いコンビニスイーツを掴み、オレンジ籠に放り込んだ。


こら、店員からは死角、防犯カメラは俺の体が壁になって見えないからって勝手な真似をするな。宿主だと知られれば面倒な事になる。


(♪♪♪)


楽しそうだな。……やれやれ、どうやら俺はノーラに一杯喰わされたらしい。コイツ、限定スイーツ狙いでヘブンイレブンに寄りたかったんだ。ドーソンと予想すれば俺がヘブンイレブンに寄ると見越してやがった。


まあいい。ヘブンイレブンでもドーソンでも買う物は変わらないのだ。


買い物はミルクと焼き肉弁当、それに剃刀の替え刃、と。シャンプーはまだあったよな……


オレンジ籠を持ってレジに行き、少し眠そうな店員に会計してもらう。


「……2450円になります。」


(灰児、煙草はいいの? 買い置きはもうないわよ。)


ありがとよ。忘れるところだった。


「それと147番をを二つ。」


買い物を済ませた俺は、誰もいない地下室への帰路を辿る。


──────────────────────────────────


高田馬場にある古ぼけた雑居ビルの地下室、それが現在の俺のアジトだ。ここに住み始めてもう三年になるのか……


煤けた階段を降りていく途中で、段上にいたドブネズミと目が合った。ギラついた目だ。このドブネズミさん、ネズミ界で出世を目指してるのかね?


「こんばんは。月の綺麗ないい夜だな。」


挨拶をしてみたが、ネズミ界の野心家は人間には用がないらしく、さっさと壁の亀裂の中へ帰っていった。


「愛想のないネズミね。」


いつの間にか実体化していたノーラが俺の隣で肩を竦めた。


「媚びを売っても仕方ない相手と見做したんだろう。コンビニでチーズを買ってくるべきだった。」


「あら、灰児って意外と動物好きだったりする?」


「特に好きでもない。だが愛らしいハムスターは可愛がられ、ドブネズミは排斥される。同じネズミで不公平ではあるな。」


「私、砂ネズミが好きなのよね。飼ってみない?」


動物好きのソンブラか。本当に変わっている。


「ダメだ。俺がくたばったら誰が世話をする。……俺が道連れにしていいのはおまえだけだ。」


「はいはい、わかってるわよ。」


影に戻ったノーラは、ドア下の隙間から頭だけ侵入し、地面に映った影の手でOKサインを出した。


「わかった。外してくれ。」


俺の部屋にはダイアルキーを掛け、ピアノ線を通してある。


世の中にはアポなしで侵入してくる不心得者がいるからな。用心に越した事はない。


───────────────────────────────────


安全を確認した部屋に入り、スーツを脱ぎ捨てジャージに着替える。


そして居間の隣にあるトレーニングルームで腕立て腹筋スクワット、ノルマをこなしてサプリメントを飲む。


筋トレを続けるコツは生活の一部だと思う事だ。起きて歯を磨き、髭を剃るように、トレーニングを生活のルーティンに組み込み、意識しない。特別な事を頑張ってると思うから、頑張れなくなるのだ。芋を食ったら屁を垂れる、それが普通で疑わない。筋トレも同じにしてしまうのがいい。


「ご苦労様、タオルは要る?」


筋トレやダイエットとは無縁のノーラが少し羨ましい。いかんいかん、トレーニングだと意識するとしんどくなる。


「いや、すぐにシャワーを浴びるから。」


「背中を流してあげましょうか?」


「ノーラ、何度も言ってるが…」


「シャワーとトイレの時は石になれ、でしょ? 灰児は恥ずかしがり屋さんね。いい体してるのに。」


「おまえはおっさんか。……俺がおっさんだったな。ま、体が出来てるのは当然だろう。我が社の商品とサプリメントで作った体だぞ?」


トレーニングルームに置いてある器具やサプリメントは全てスマイルヘルスケアの製品だ。俺は歩く商品見本……。過去形で言わなきゃならないのが残念だよ。


シャワーを浴びてからシャツとパンツだけを着る。パジャマは着ない。洗濯が面倒だから。


時間的に晩飯か朝飯か微妙なラインだが、ノーラと違って生身の俺は飯を食わねば生きていけない。コンロに鍋を載せ、湯煎の準備をする。


「あら、焼き肉弁当じゃなかったの?」


「カルビカレーにするのさ。」


キッチンの下棚からレトルトカレーを取り出し、箱を破って鍋に入れる。


「レンジを使えるレトルトカレーよ。湯煎より早くない?」


「レンジは弁当を温めるのに使う。それにレトルトカレーは湯煎しないと気分が出ない。」


「相変わらずヘンなこだわりね。」


ノーラはキッチンからスプーンを持ち出して、年中出しっぱなしの炬燵の上に置いたヘブンイレブン限定、濃厚プリンパフェを食べ始めた。好物を食べてる時は本当に幸せそうでなによりだよ。


「思い出した。ノーラ、プリンと引き換えに教えてくれるって言ったよな?」


「力があるのに氏族を率いない理由? 面倒だからよ。」


「だと思ったよ。怠惰なノーラは人類の敵でも味方でもないソンブラって事だな?」


「ええ、私は人類の敵でも味方でもない。……灰児の味方よ、それだけ。」


俺の味方、ね。まあソンブラは宿主を守るのが普通なのだが。……俺が死んだらノーラはどうなるのだろう?




そんな事はどうでもいいか。今はカルビカレーを旨くする工夫を考えないと。ドブネズミへの賄賂を兼ねてチーズを買ってくるんだったな。カルビチーズカレーは今度作るとして……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます