1話 特対4課主任、袴田澪



廃ビルの外には黒塗りのSUVが停まっていた。拘束袋を担いだ俺が車に近付くと、後部座席の窓ガラスが静かに下りて若い女が顔を見せた。


「ご苦労様、灰児。収穫があったみたいね?」


「ああ。中級ソンブラを一匹、拘束した。自称幹部で氏族の一員らしい。」


女は満足げに笑って運転席に座る男に命令した。


「そう。町田、トランクを開けて。」


トランクが開いたので俺は拘束袋を放り込んだ。それから後部ドアの前に立って女に手を出す。


「なによ、この手は?」


「労働の対価を請求している。」


「灰児、銀行振り込みって言葉を知ってる?」


「辞書で見たな。だが俺は労働の対価は現物で受け取る主義だ。」


「サラリーマン時代もそうだったとか言わないでよ? 今時、給料袋で払う会社なんてある訳ないんだから。」


「組織に属すれば組織のルールに従う。だが今は無職、だから俺がルールだ。」


「……ふう。乗んなさいよ。近くまで送って行くから。」


「タダか?」


「ええ、サービスよ。」


俺は反対側のドアからSUVの後部座席に乗り込み、金の入った封筒を受け取った。


真ん中の席に座った俺は、自分の影に呼びかける。


「ノーラ、数えてくれ。」


「わかったわ。」


窓際の席に実体化したノーラは金の入った封筒を開き、指で札を弾きながら数え始めた。


「使用済みの旧札で現金払い、面倒ったらありゃしない。灰児、いい加減ルールを変えてくれない?」


みお、面倒でも、手間を惜しんで旨い飯は作れない。」


「灰児の食生活なんて貧相そのものな感じしかしないんだけど? 町田、出して。」


「はい、袴田主任。」


SUVが走り出し、殺風景な景色が流れ始めた。運転手は初めて見る顔だ。新人のようだな。


「俺が貧相なのは見た目だけだ。食にはこだわれる範囲でこだわってる。」


右側に座る生身の美女にそう答えると、左側の生身のない美女がフォローしてくれた。


「灰児は見る人によってはハンサムって評価をしてもらえるかもしれない程度のルックスは持ってるんじゃない? 泡沫政党並みの低支持率ではありそうだけど。」


フォローのようでも、フォローになってなかった。そもそも異次元生命体のノーラに人間の美醜が分かるのだろうか?


「金は?」


「紙幣はピッタリ50枚。全部で10人いたから、アイツらの命は一人頭5万円ね。」


「妥当な額だったな。」


「妥当かどうかは別にして、そんなに私が信用出来ない?」


不満顔の澪に当たり前の指摘を返しておく。


「現金で受け取る以上、確認するのは当然だ。そして特殊犯罪対策課を信用するほど俺は世間知らずでもない。」


ソンブラに寄生された犯罪者に対応する為に警視庁に設立された特殊犯罪対策課、そしてこの女、袴田澪は特殊犯罪対策課でも悪名高い4課の人間だ。人に棲まう影より濃い闇、特対4課の主任様である。


「灰児に限らず特対課って嫌われてるのよね。愚民達に私達の仕事を理解してもらおうとは思わないけど。」


一般庶民を愚民呼ばわりするから嫌われるんだと、いい加減気付け。この女は皮肉屋だから本気で言ってはいないのだろうが。しかし澪の同僚には本気でそう思っている輩がいる。


「市民の理解が欲しいなら、特対課も広報宣伝に力を入れろ。職務遂行上の都合があるにせよ、秘密主義の度が過ぎる。」


「税金の無駄遣いね、それは。」


「消費税以外を納税してない俺は、税金の無駄遣いには寛容だ。」


「無職の強みね。ところで灰児、拘束した中級ソンブラってどんな奴?」


「俺より高いスーツを着てる。だが趣味は悪い。一昔前に歌舞伎町にいたホストみたいだった。」


俺のスーツは税込み29500円。三万円以上のスーツは買わない主義を今も堅守している。これは作業着みたいなものだからな。それに俺が高級スーツを着たところで、安物にしか見えない。


「そういう事を聞きたいんじゃなくて、どんな能力を持ってたのか、どんな氏族に属してるのかが聞きたいのよ!」


「名前は省司とか言ってたな。」


「灰児、省司ではなく省吾よ。」


車の窓から夜景を眺めていたノーラに訂正された。サラリーマンを辞めてから、顔と名前を覚えるのが苦手になっているようだ。


「そうだった。名前は省吾、能力は知らん。所属する氏族や目的を調べるのは澪の仕事、以上。」


「能力を知らない? 相手は中級ソンブラなんでしょ!何かしらの特能を持っていたはずよ!」


「……何かやっていたような気もするが……ノーラ、分かるか?」


「さあ? 特に気にするような能力じゃなかったのは確かね。」


運転していた町田とかいう青年が質問してきた。


「あの~……灰児さん、でしたね? 中級ソンブラを相手に、何もさせなかったんですか?」


「町田さん、中級ソンブラだったってのも、倒してから気付いたんだ。」


「倒してから気付いた!? お、俺の事は町田でいいです!袴田主任、灰児さんって何者なんです!?」


「バックミラーで見えるでしょ? どこにでもいそうな無職の中年よ。でも私の知る限りじゃ最強の魔剣士でもある。どこにでもいそうな中年男がどこを探してもいない程の強さを持つ魔剣士だなんて、神様も洒落がキツいわ。」


「日曜の礼拝の時に聖書ではなくポケットジョーク集を読んでみる。少しは洒落が柔らかくなるかもしれん。」


「あら、灰児。アンタ教会なんかに通ってるの? クリスチャンには見えなかったけれど?」


教会とか言うな。おまえが無神論者なのは知ってるが。


「敬虔なクリスチャンさ。だからクリスマスにはケーキを食う。イブが終われば叩き売りしてるからな。」


「……灰児、暇潰しに宇宙人ゲームでもやりましょうか?」


「宇宙人ゲーム?」


「始めるわよ。私はUFOに乗ってやってきた宇宙人です。」


いきなり何を言い出すのか、泣く子も黙る特対4課の主任さんが……


だいたい俺は宇宙人ゲームとやらに付き合うなんて言ってないぞ。


「知ってる。地球の女は澪ほど性格が悪くない。」


「違う!宇宙人ゲームっていうのは、初めて地球に来た宇宙人に、人間がどんな生き物か説明するゲームなの!灰児、人間にあって動物にない特徴を二つ、言ってみて?」


「自殺する生き物である。俺の知る限り、人間以外に自ら死を選ぶ事のある動物はいない。」


「もう一つは?」


「神を信じる生き物である。クリスチャンのチンパンジーや回教徒のライオンに会った事がないんでな。もっとも、澪みたいな無神論者もいるがね。」


「町田はどう?」


「言葉を話す、火を恐れない、ですかね。」


「町田は常識人ね。灰児は……捻くれ者の変人だわ。信仰心を持つのも、自殺する者がいるのも人間の特徴ではある。でも普通はは思いつかないか、後回しにする。灰児は後回しを先に持ってくるタイプよ。……きっとなにも生み出さない人種なのね……」


灰の中から生まれた奴が、なにかを生み出したら変だろう。俺の生き方は後ろ向きでいい。




……宇宙人ゲームねえ。ま、退屈しのぎにはなったよ。確かに人間の傾向が出るゲームだ。



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