4話 フリージャーナリスト、権藤杉男



コインパーキングに停めた軽ワゴンに背中を預け、煙草を吹かす権藤。いつも通り、くたびれたコートにボサボサの髪。他人様に自慢出来る容姿ではない俺だが、一重まぶたでだんご鼻、タラコ唇の権藤よりはハンサムだ。もっともこのフリージャーナリストの価値は外面ではなく、タフな精神に支えられたあくなき探究心、そして短い足で稼ぐ行動力にある。


「来たか、灰児。」


俺が頷く前に、ニュッと権藤の影からワンピース姿の可愛らしい少女が現れ、俺に手を振ってくれる。


「灰児、久しぶり!」


「アイリも元気そうだな。」


「こら!勝手に影から出るな!誰かに見られたらどうする!」


宿主に窘められた少女はペロリと舌を出し、俺には手を差し出してきた。俺はスーツのポケットからキャンディを取り出し、少女ソンブラの手に握らせる。


「灰児、あんまりアイリを甘やかすなよ。俺が後から苦労するんだぞ?」


「淑女の前では紳士でいたい。紳士であってもな。」


上手い事を言ったつもりだったが全員、ノーリアクションだった。


「お二人さん、サッサと車に乗ったらどう? 貴方達、どう見ても嬰児誘拐の犯人にしか見えないわよ?」


ノーラの辛辣かつ、ぐうの音も出ない正論に従い、俺と権藤は軽ワゴンに乗り込んだ。


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ハンドルを握る権藤、助手席に座る俺。中年二人のソンブラは後部座席で談笑している。


「ノーラとアイリは母子みたいだな。」


権藤の台詞にノーラは不機嫌顔になった。


「権藤さん、姉妹って言ってくれない?」 


「そりゃ失礼。そういや灰児、なんでノーラって名前にしたんだ?」


「野良だからさ。」


「安直だな。そんなトコだろうと思っていたが。」


「俺が名付けたんじゃない。ノーラが自分で決めたんだ。権藤は名付けたのか?」


「ああ。遠くに移住した友達の娘の名前をもらった。親父同様、賢い娘だったよ。なのにこっちのアイリときたら……」


「アイリは賢いもん!ゴンドーの意地悪!」


座席の間に体を突っ込んできたアイリは頬を膨らませて権藤に抗議する。


「こう仰ってるが?」


「分かった分かった。アイリも賢いよ。」


権藤は少女ソンブラに手を焼いてるようだ。大人の美女ソンブラに取り憑かれた俺は幸運だったのかもしれない。


「権藤、封鎖区に着くまで寝てていいか?」


「おまえさんは夜行性だったな。イビキをかかないなら寝てていいぜ。」


眠った後の事まで責任は持てないが、お言葉に甘えて少し眠ろう。


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いつものように外回りを終えた俺は、元町の中華街のすぐ傍にある雑居ビルに戻る。


いつもと違っていたのは雑居ビルから火の手が上がっていた事だった。


俺は雑居ビルに向かって駆け出し、同居人に確認する。


「ノーラ、武装化とやらは炎も防げる、そう言ったな!」


「ええ。でも武装化なんかしないとか言ってなかった?」


サラリーマンが武装化したってなんの意味もないからだ!だが今は違う!


「前言撤回だ!合図したら頼む!」


ビルの非常階段を5階分駆け上がり、緑のドアを開けようとしたが開かない!


「武装化だ!」


「了解。」


影を鎧として纏うと力が漲ってくる。俺がドアノブを引き千切って非常ドアを開けると、黒煙が外へ噴き出してきた。


社が借りているオフィスへ向かって風のように走る。ドアの前に誰かが仰向けに倒れてる……経理の真野ちゃんだ!俺は頭部の武装化を解いて真野ちゃんの上体を抱き上げた。


「真野ちゃん!しっかりしろ!」


「……あ……太刀村さん……ふふっ……コスプレして……営業してたん……ですか……」


酷い出血だ!ハンカチがスーツのポケットに…邪魔だよ、この鎧!


「……山嵐のコンサート……行きたかった……な…………」


「真野ちゃん!おい!返事をしてくれ!」


「……………」


返事の代わりに唇の端から血が流れた。今朝乗り合わせたエレベーターの中で、人気アイドルグループのプレミアチケットが取れたってあんなに喜んでいたのに……


「……太刀村君か……は、早く逃げろ……化け物が……」


細山田部長の声!まだオフィスにいるのか!


真野ちゃんを廊下に寝かせ、オフィスに飛び込んだ俺の目に映ったのは血の池地獄……


三人の亡骸に六つの肉片。同僚と後輩二人は体を真っ二つにされていた。佐山、田村君、新人の加納君もか!


「細山田部長、どこですか!」


「……ここだ……」


オフィス机の影から見えるバーコードヘア!慌てて駆け寄った俺は絶句した。細山田部長は太股から下の足がない。


部長のネクタイを外して右足を縛る。左足は自分のネクタイを使えばいい。


「…太刀村君は宿主……だったのか……」


「すいません、半年前からそうでした。報告義務違反のお叱りは後で受けます。すぐに病院へ連れて行きますから気をしっかり持ってください!」


細山田部長は首を振って答えた。


「……もう間に合わんよ。」


「難しい案件でも諦めるなって言ったのは部長でしょう!言った事は実行してもらいますからね!」


俺は細山田部長の体を抱き上げた。


「……そんな事も言ったな。……太刀村君、キミは強力な宿主なのかね?」


「部長さん、私は最強のソンブラよ。」


腰の魔剣が勝手に質問に答えた。


「ノーラは黙ってろ!部長ももう喋らないで!」


「……そうか……太刀村君、最後の業務命令だ……仇を……とって……く……れ………」


「部長?……部長ーー!!」


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「部長!真野ちゃん!」


エビみたいに跳ね起きた俺に権藤が煙草を差し出してくれた。スカルストライク、権藤と俺は同じ銘柄を愛好している。黙って受け取り、火を点ける。紫煙を吐き出すと少し落ち着いた。


「ずいぶんうなされていたな。昔の夢でも見ていたか?」


「ああ。」


あれからもう6年も経ったのか。良子との思い出は風化していくような気がするのに、なんでこの悪夢は風化してくれないんだ……


「恋人の事だけじゃなく、仇の事も調べてやろうか?」


「いい。仇は片っ端からソンブラを駆除していけばそのうち行き当たる。ソンブラ界の大物だからな。」


ソンブラ絡みの事件を追っている時に、権藤と知り合えたのは幸運だった。この敏腕ジャーナリストは良子がアメリカに行った事を調べ上げ、その先の行方も調べてくれている。もう結婚していて子供もいる、そんな報告がそのうち俺にもたらされるだろう……


「壁が見えてきた。灰児、出番だぜ。」


「ああ、行ってくる。」


停まった車から降りた俺は、ゲートを管理している詰め所に近付く。




大事な仕事は人任せにせず、自分で責任を持て。新入社員だった俺に細山田部長が言った言葉だ。今日の業務は婆さんの無鉄砲な孫の救出だな。……細山田部長の最後の業務命令を果たせるのは、いつの日なんだろう?


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