22話 ランバージャックデスマッチ



俺の住んでいる古びた雑居ビルの屋上にはペントハウスがある。住まいに適しているのは地下室よりもペントハウスなのだが、俺は地下室を選んだ。別に高所恐怖症ではない。罠は幾重にも張っておくのが俺の主義だからだ。


訓練を終えた俺に翠がなにかお礼をしたいと言いだしたので、遠慮なく受け取る事にした。久しぶりにエビフライパーティーを開きたくなったのだ。


ペントハウスで開催されたエビフライパーティーの出席者は人間6人とそのソンブラ。つまり俺と冥、捜査帰りで翠を迎えに来た澪と町田、そして晶と翠だ。この人数でもペントハウスのリビングには余裕がある。雑居ビル同様、古びてはいるが大きさだけはあるからだ。


翠特製の至高のエビフライをツマミに缶ビールを飲む成人トリオ。ツマミがいいので酒もすすむ。


「町田のソンブラを見るのは初めてだな。」


「そうッスね。顔の真ん中に傷みたいな縦線があるんでスカーフェイスって名付けました。俺の好きな映画のタイトルでもあるんで。」


ああ、スカーフェイスはいい映画だな。数あるアル・パチーノの出演作でも傑作と言える。


「スカーフェイスは無口だから会話には加わらないわ。必要な事しか喋らないの、無駄な能書きばっかり言ってる町田とは正反対ね。」


「主任、俺は無駄な能書きばっかり言ってる訳じゃないッス!出来の悪いジョークも言ってますよ!」


町田の弁明を聞いた女子高生二人はクスクス笑う。この三枚目が板に付いた捜査官は、自分をフォローする気はないらしい。


「ねえ翠ちゃん。どうせお料理業界で働くつもりなら、高校を出たらウチの店員にならない? 明日からでも引っ越ししてきてオーケーよ。ウチには晶ちゃんもいるんだし、どう?」


「そうしろ、翠。真面目な話、せっかく掴んだ常連客を逃がしたくない。」


同じ先物買いの台詞でも、冥はお気楽、アルは深刻だ。ソンブラの方が真剣に店の行く末を案じてるとか、世も末だな。


「私がいないと澪さんの生活が心配です。なんて言えばいいのかなぁ、澪さんは…」


「あ~、なんとなく想像がつくッスよ。女子力ゼロの主任はお汚屋に住んでるっぽいですからね~。」


町田の言動の主成分は無駄な能書きに出来の悪いジョークだけじゃないらしい。要らん事言いも特技なのか。典型的な"一言多い病"の患者だな。


「捜査に忙しくて家事をやる暇がないだけよ!やろうと思えばやれるんだから!」


町田を肘打ちで悶絶させながら澪は強弁したが、この場にいる誰もがその言葉を信じてはいないようだった。


「澪、俺は"やろうと思えばやれる"と言った人間が"実際にやってみせた"事例を見た事がない。」


「灰児の言う通りね。晶ちゃん、翠ちゃん、間違っても墓場田みたいになっちゃダメよ?」


経営する喫茶店をソンブラのアルとバイトの翠で賄っている冥は、自分を高い高い棚に上げてそうのたまった。


「まさに女としての墓場、だな。墓場田とはよく言ったものだ。」


アメリカンドラマの俳優じみた小憎らしいポーズを決めながら、アルが追い打ちをかける。典型的な忠誠型ソンブラのセバスチャンとカタチは違えど、アルも徹頭徹尾、冥の味方だ。


「おまえの名は……アル、だっけな? 澪への侮辱は俺が許さん!」


宿主の名誉の為に、文字通り、床の影から立ち上がったのは義元だった。


「アルジャーノンだ。許さなきゃどうする? 公権力の犬の影の分際で、裏社会最強の殺し屋だった冥の影であるこの俺とやる気か?」


「無法者だった過去がご自慢か? 犯罪組織の用事棒の影らしい台詞だな。そもそもその認識も間違ってる。裏社会最強は灰児だろう。」


「確か義元とか言ったな? おまえに負けた覚えはないぞ。史実通り、桶狭間で頓死させてやろうか?」


「チンピラソンブラが信長気取りとはな。大言壮語もほどほどにしておけ!」


拳を固めたソンブラ二人は、リビングをリングに殴り合いを始めた。


エビフライをツマミに缶ビールを飲むノーラは、よろめきながらテーブルに向かってくる義元の背中を片手で弾いてリングの中央に押し戻す。執事服姿で晶の給仕をやっていたセバスチャンは衣装を白シャツ、胸元に蝶ネクタイという出で立ちに形成し直し、レフェリーを務め始めた。


拳の重さでは勝てないと踏んだ義元は矢のようなジャブを繰り出し、その連打をくらったアルもテーブル方面にたたらを踏みながら後退してきた。今度はスカーフェイスがその背中を押し戻す。


「なかなかいい勝負だ。……ランバージャックデスマッチさながらだがな。」


ソンブラ同士のボクシングとは、いい余興だな。実力もまあまあ拮抗している。どちらかと言えばトータルバランスのいいアルが優勢ではあるが……


「灰児さん、ランバージャックデスマッチってなに?」


晶はランバージャックデスマッチを知らないらしい。プロレスファンでもなければ、女子高生が知る訳もないか。


「決闘する二人の周囲を皆で取り囲み、今みたいに押し戻すのがランバージャックだ。カナダの木こり同士で行われていた決闘法が起源らしい。後にプロレスに取り入れられ、リング外に逃れたレスラーを無理矢理リングの押し上げるランバージャックデスマッチに派生した。リング外に出た場合、殴る蹴るの暴行を受けた後にリングに戻されるケースも多く、プロレスのランバージャックデスマッチの場合は、いかにリング外へ相手を落とすかが勝敗の鍵を握る。」


「へ~、灰児さんは物知りなんだね!」


「……あ、あの。灰児さん、止めなくていいんですか?」


絶品エビフライをマシュマロに食べさせてやりながら、翠が良識派の意見を述べたが、もう少しやらせておいた方がいい。セバスチャンは形成する中年人型に相応しい落ち着きを持っているが、アルと義元は若者らしく血気盛んだ。一昔前の熱血ドラマみたいに殴り合って親睦を深めてもらおう。今は食べる手を止めたくない。揚げ物は冷めると味が格段に落ちちまうし。


いくら絶品でもエビフライだけでは口飽きするが、気の利く翠はコロッケや揚げギョーザ、ポテトフライなどをいいタイミングで大皿に補給してくれる。なんでこんな気立てのいい娘が不良少女をやってたのか不思議でしょうがないな。おそらく今の姿が地で、アル中の母親の影響でやさぐれてただけだったのだろう。堕ちるところまで堕ちる前にすくい上げられてよかった。……いや、翠を救ったのは晶で俺ではない。封鎖区で出会った時、俺は翠を見捨てようとしたのだ。


「マシュマロ、揚げギョーザ食べるか?」


「キュイ!」


鳴き声を上げたマシュマロは体を震わせた。揚げギョーザは好みではないのか……


「じゃあポテトフライはどうだ?」


「キュキュキュ♪」


お、嬉しそうにバウンドしたな。ポテトフライは好きなようだ。


「マシュマロ!喋れるの!?」


マシュマロの鳴き声を聞いた翠はビックリしたようだ。この可愛い生き物が鳴き声を上げるのは初めてだったらしい。そうか、ノーラが……


「ノーラの仕事だな?」


「ええ。ほんのちょっぴりだけど、マシュマロの潜在能力を引き揚げてみたわ。さっきの訓練でマシュマロちゃんの器が広がった分だけ、ね。このコ、成長は早そうよ?」


「ノーラさん、ありがとうございます!これでマシュマロとお話が出来ます!」 「キュキュ♪」


頭を下げる翠と、コロコロとテーブルの上で転がるマシュマロに、ノーラは鷹揚に手を振った。


「いいのよ、灰児と同じで私もお節介だから。」


真っ白くてフワフワした可愛い生き物は、殺伐とした世界に生きる捜査官のハートをがっちりキャッチしたらしい。


「可愛いッスねえ。ポテトフライは俺が食べさせ…」 「待ちなさい、町田!私が…」


争うようにポテトフライを箸で掴む捜査官二人。さらに女子高生二人も参戦する。


「かっわいい~♪私が食べさせてあげるね!」 「マシュマロは私のソンブラです!」


ソンブラ二人の拳が風切り音を上げ、熱戦が繰り広げられるペントハウス内特設リング。そのリングサイドでいきなり始まった可愛い生き物争奪戦。そしてマシュマロが選んだのは、やっぱり宿主である翠だった。


翠に抱っこされてポテトフライを嬉しそうにハミハミするマシュマロの姿に打ちひしがれる敗北者三人。シュールな図だな。この結末を予想し、参戦しなかった俺と冥は賢者だったと言える。


「ま、こうなるだろうな。」


「そうよね。ソンブラにとって一番なのはやっぱり宿主だもの。」


性格的にも翠が一番まっとうでもあるしな。当然の帰結ではある。




可哀想なのは拳を応酬したソンブラ二人か。決着が着いたのに、誰も見向きもしていない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る