27話 マシュマロちゃんは芸達者



鬼島が行方不明になってから3週間、4課は懸命に捜索を続けているようだが大した進展はないようだ。俺も裏社会の伝手をあたるだけあたってみたが、4課課長補佐の行方は杳としてしれない。調べ事のプロで、頼みの綱である権藤も手掛かりを掴めないぐらいだ。今のところ、先行きは暗いとしか言えない。


「灰児、俺達はとんだ見当違いをしていたのかもしれんぞ?」


無頼のジャーナリストの気遣わしげな声、電話の向こうの権藤は、おそらく思案顔をしているのだろう。


「どういう事だ?」


「鬼島の拉致は裏社会の人間の仕業だって決めつけていた。だが俺もおまえも知ってるはずだ。表社会にだって悪もいるし、ド汚い陰謀だって張り巡らされてる。表社会のそれは裏よりも巧妙で、闇が深いもんだ。」


「鬼島は表社会と裏社会の狭間にいる人間だ。裏どっぷりの俺達と違って表社会との接点も多い。……確かに盲点だったな。澪から霧島に伝えてもらおう。最近の鬼島が表社会のなにかを捜査していなかったか、な。」


「それがいい。鬼島の行方はわからなかったが、略歴は調べがついた。鬼島㐂十郎は元は警視庁の刑事だった。所属は組織犯罪対策部、俗にいうマル暴ってヤツさ。マル暴では敏腕刑事として評価が高かったようだ。」


「マル暴上がりだったか。なるほど、確かにそんな感じの男ではあったな。」


「鬼島は知勇兼備で文武両道、鬼の副長ならぬ鬼の課長補佐だ。地方大だが名門の大学を優秀な成績で卒業してて、警視庁にいた頃には全国剣道選手権を三連覇した事もある。剣道は警視庁に入ってから始めたってのにだぞ? しかも四連覇出来なかったのは負けたからじゃない。大会にからだ。」


「おおかた、"勝負出来る相手がいないから"とかいう理由なんだろ?」


「そうだ。よくわかったな。」


わかるさ。個人的な付き合いはないが、澪の話と何度か会った印象の双方が、"鬼島は名誉欲や出世欲とは無縁"と言ってるからな。


「権藤の事だから身辺には十分気を払っているだろうが、ヤバいと思えばすぐにガラを躱せよ?」


「ああ。灰児、今話した通り、鬼島は危険な宿主だ。襲撃されたら俺ならアウトだな。」


「その鬼島を拉致した傀儡の王はもっと危険だ。権藤はもう手を引いた方がいいのかもしれん。」


「それは断る。今まで一度足を突っ込んだヤマをほっぽり出した事はないし、社会の深淵からの逃亡は、人生エンジョイ原理主義者としての沽券にかかわるんでな。」


「有り難い話だが、エンターテイメントで死んだら笑えんぞ?」


「あいにく俺は洒落に人生を賭けてるんでね。おまえさんが気にする事じゃないさ。だいたいこの件が片付いたら二人で渡米し、イーグルサムに喧嘩を売る予定だろうが。傀儡の王がナンボのモンか知らんが米政府よりはマシだろうよ。」


さすが"個人的趣味"で内閣をぶっ潰した男の言う事は違う。筋金入りの反骨精神だ。


「渡米はするがイーグルサムに喧嘩を売るつもりはない。向こうから仕掛けてくるなら話は別だが。」


「おまえさん、裏社会の人間の割りには分別があるな?」


「アンタがなさすぎなんだ。いい加減落ち着け、不良中年。」


「不良中年はお互い様だ。それじゃあなにか掴めたら連絡する。」


洒落で命を賭けてしまうアウトロー記者との電話を済ませた俺は、堅気の正義少女と元ヤン娘の待つダンスホールに向かった。


──────────────────────


若木の成長は早く、少女は急速に大人になる。だからと言って、もうじき中年男がやってくるとわかっているなら、ブラのサイズを話題にするのは遠慮して欲しかった。


「あ!灰児さん、来てたんだ!」


AカップからBカップにブラのサイズを変えたばかりの晶が警察式の敬礼で出迎えてくれた。いつも通り、無駄に元気だ。


「とっくに来てたんだが、入りあぐねていた。ガールズトークはおっさんのいない場所でやってくれ。」


「……こんにちは、灰児さん。」


少し顔を赤らめた元ヤン娘、そのブラのサイズはD……着痩せするタイプだったか。


気まずい空気に耐えられなくなった俺は煙草に火を点け、唯一の持ち芸である輪っかの中に輪っかを通す、をやってみる。


「わっ!灰児さん、器用なんだね!」 「すごいです!」


よかった、ウケたみたいだ。唯一の持ち芸が不発に終わったら、もう俺に打つ手はない。


「ポワワ♪ ポワワ♪」


マシュマロが俺の真似をして口から白い輪っかを吐き出した。……俺より輪っかの数が多い。マシュマロは芸達者な生き物だったようだ。


!?……大きい輪っかをくぐった輪っかが消えた? そして違う輪っかの中から出現しだだと!?


まさかマシュマロは……


「マシュマロ、もう一回やってみてくれ。」


「キュイ?」


「マシュマロ、輪っかに輪っかを通す芸だよ。灰児さんはもっと見たいんだって。」


翠が指で輪っかを作って見せると、得意げにプルプル身を揺らしながらマシュマロは芸を見せてくれた。


「あれ!? 輪っかの中に消えた輪っかが、別の輪っかから出てきたよ!」


「マシュマロ殿は多芸ですな。レモンスカッシュに入っていたチェリーの枝を口に含んで、蝶々結びにしてみせましたし。」


ポワポワ白い輪っかを吐き出すマシュマロの芸達者振りに、晶とセバスチャンが感心してみせた。


俺の見間違いではなかったようだが、セバスチャン、サクランボ結びとこの芸を一緒にするな。言葉通りに"次元が違う"のだからな。


「灰児さん、これってどういう事なんですか?」


可愛い生き物の宿主からそう聞かれたので、マシュマロの特能を解説しておく。


「マシュマロは"時空系"の特能を持ったソンブラだったって事だ。」


「人間でいうところの理系とか文系みたいなもの?」


晶は結構天然だな。まあ、間違っている訳ではないが。


「特能には"強化系"、"精神系"、"時空系"、"特異系"の4種があるが、一番多いのが強化系で、一番希少なのが時空系だ。記憶が読める能力を持つセバスチャンは精神系に分類される。」


「なるほど。男性を操る能力を持っていたという肉倉礼子もお嬢様と同じ精神系、という訳ですな。」


得心した顔で答えるセバスチャン。下唇に人差し指をあてた晶は首を傾げながら呟いた。


「灰児さんは"特異系"になるのかな?」


「ああ。系統立て出来ない特能は十把一絡げにして特異系と呼ばれている。話をマシュマロに戻すが、マシュマロはワープゲートを作り出す能力があるようだ。」


「ドラえもんのどこでもドアみたいな能力ですね!スゴいよ、マシュマロ!」


「キュキュキュ!」


翠に抱き締められて頭を撫でられたマシュマロの鼻息は荒い。これがマシュマロのドヤ顔なのだろう。


「翠、これは本当に凄い能力なんだ。とにかく射程距離と拡大範囲を把握しよう。」


「そうですね!この能力を使えば、いきなり背後からキックが飛んでくる、とかいった戦法が可能ですもんね!」


「それもあるが、これほど逃亡に向いた能力はない。逃げながら死角にワープゲートを作っておいて、追い詰められたら飛び込めばいい。射程距離がどの程度かにもよるが、まず逃亡には成功するだろう。」


「確かにそうです!」


「マシュマロちゃんは成長早いな~って思っていたけど、便利な特能まで持っていたのねえ。お姉さん、ビックリだわ。トレーニングで広がった領域に力を充填してただけなんだけどね~。」


知らず知らずのうちに怪物を作っていたノーラが、しれっと舌を出した。


「ありがとうございます、ノーラさん!」


頭を下げる翠に向かってノーラは両手を広げてやれやれポーズを取った。


「いいのよ、お礼なんて。暇つぶしにやってただけだから。灰児のプチプチ潰しみたいなものね。」


「俺の趣味と一緒にするな。プチプチ潰しはなんの生産性もないのがいいんだ。ノーラのマシュマロ育成は実用性が高いだろう。」



無意味かつ生産性ゼロ、それがプチプチ潰しの素敵なところだ。


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