第33話 モブ令嬢のわたしは魔王と勇者と相対する

 目が覚めると、ものすごく体が重かった。

 あの感覚はなんていうか、画面だけのものだけどパソコンが強制終了した時によく似ていた感じがする。ブラックアウトした意識も、そう思えばなんとなく納得がいく。処理落ちってやつだ。この世界に来る直前、わたしを導いた輝くひとが言っていたあの子とやらの妨害なのかな。これは。

 謝らせたいわけではなかったのに、結局謝らせてしまった。わたしが何を出来るのか、考えるつもりだったけど何も思い浮かばない。

 ふと、視界の端に見慣れぬものが映った気がして体を起こすと、あの時渡された懐剣がそこには置いてあった。


「……聖女の懐剣」


 乙女ゲームの中では、そういう名前だったはずだ。ここでも聖女。聖女じゃないっていうのに、この名前ばかりがわたしに付きまとってくる。なんとなく苛立たしささえ感じてくるね、こうなってくると。

 ヒロインたちも、そういう気持ちだったんだろうか。

 聖女だなんだと祭り上げられて、浮かれるようなお調子者だったら気にはならないんだろうけど、わたしの知っている限り三人娘それぞれがそういう考えは受け入れないだろう。きっと怒るんだろう。なんとなく、だけど。

 乙女ゲームをやっている中で、王子のルートは本当に面倒でいろいろ手順を踏まないといけなくて、しかも一年目のこのイベントを逃してしまえば攻略は不可能。なんて鬼畜難易度だ、と愚痴をこぼした覚えがある。聖女について愚痴をこぼしていたら何やらぼんやり思い出してきたぞ? 仮に今のわたしがヒロインの立ち位置だとするのなら、昨夜リオネル殿下とのイベントが起きたということは次のイベントはもうすぐだ。

 魔王の考えとか、そういうのはもう聞かなくてもいいかな。という気にはなっている。だって結局、あのひとはわたしを見ていなくて、聖女を見ているんだもの。わたしはわたしを選んでくれるひとの傍に居たい。

 せっかく生まれ変わったんだし、モブのまま生きるのも気楽でいいわーなんて思っていたけど、どうせなら好きなひとと一緒に生涯を終えることが出来るなら、この上ないハッピーエンドだと思うんだよね。

 結婚相手を選ぶ時は、その人と一生を過ごすことについてどれだけ幸せになれるかも大事だとは思うけど、どれだけ一緒に不幸を乗り越えたいと思えるかだ、なんて言ってた先人もいたけど、まさにその通り。

 わたしは、リオネル殿下とだったら、いっしょに苦労してもいいと思ってるんだもの。

 この剣は絶対に使いたくない。





 で、だ。

 部屋に誰も来ないから、昨日通った道を思い出しながら、魔王に会った部屋に行ってみたが、なんでこんな状況になっているのかしら。


「ニナ!」「ニナ様!」「ニナ!」


 トレイシーとカーリーとチェルシーの声が唱和した。絶妙なハーモニーだと思う。そうなんだよね。声も全然違う。性格が違うからなのか、元々なのかは分からない。と、そんなことを考えている場合ではなかった。


「なんで皆ここに?!」


「……あ! あー、えーと、なんとなくぅ~?」


 しどろもどろな感じでチェルシーが答える。ああ、そうだった。忘れてた。君らも前世の記憶があるんでしたね。しかも情報共有してないから、どこまで知っているのか知らないんだった。わたしはほとんど忘れてるから戦力外なのは目に見えているけど、彼女らは違う。聖魔法も使えたし、何ならその外にもヒロイン特有のチート能力が開花しているのかもしれない。

 ……チート能力。あ、そっか。ヒロインたちには、誰がどこにいるのかが見えているのか! ゲームの画面でもどこに行けば誰がいるのか一目瞭然だったもんね。……それにしたってチートすぎるでしょう。これ。


「俺もいるぞ!」


 聞きなじみのある声は、クレバーだった。ていうか、ほんとに何でいるの?


「クレバー……何でいるの」


「何でいるとか酷いだろう、普通に。俺が当世の勇者に選ばれたからだ」


 ですよねー。夏休みに言ってたのはここに繋がっていたのか。ヒロインたちと一番好感度が高い人が自動的に勇者におさまるシステムではあるはずなんだけど。

 意外と仲良くしてたもんね、三人娘たちと。はっ! ということはリーリヤ姫殿下との仲良し度はそこまで高くないということなのでは……。うん。このシステムは思い出さなかったことにしよう。


「この聖剣の力によって、魔王を討ち果たすために!」


 なんか輝く剣とか持ち出したんだけどー。勇者っぽい台詞とか言い出したんだけど、なーんか芝居がかっている気がするなぁ。何でだろう?

 眉間に皺を寄せてむむむ、と唸っていたら、駆け寄ってきたカーリーに耳打ちされた。


「クレバーさんは今夢を見ているとお思いなのです。だから今は何も言わないであげてくださいまし」


 あ、そゆこと? いや、どういうことだよ。君ら、本当に何をどこまで分かっているんだ。


「今回はさらに特別ゲストだよ! イェレミアス様ー!」


 チェルシーの声に思わず振り返ると、渋々といった体のイェレミアス様がそこにいた。多分、すごく不本意でいらっしゃる。そしてどうやら彼はお芝居だとは思っていないらしい。


「マルティーヌ嬢、いやマルティーヌ。君は第一王子に近づくために、私に近づいてきたんだな」


 眉間の皺が深い。どうやらマルティーヌは彼にも粉をかけていたようだ。


「ええ、そうですわよ。魔王様の封印の綻びを感じて、それを決定的なものにするために近づこうと思ったんですわ。最後の最後で、聖女候補が貴方に近づいたがためにそれは叶いませんでしたが、別の方法で魔王様の復活は叶いましたから問題なしですわね」


 悪女! 悪女やないか、マルティーヌ! とわたしの心の中の大阪人が叫んでいた。ていうか、この時代劇や二時間ドラマも真っ青な、物語終盤になると悪役が何もかも洗いざらい白状してしまう現象に名前が欲しい。あるのかな? スマホがないのが残念だわ。

 ふたりがバチバチと火花を散らし対峙しているところで、チェルシーが駆け寄ってきてぎゅむっと抱きついた。久しぶりの感覚だ。


「ニナ、ニナは王子様を助けたい?」


「え?」


 上目遣いでサファイア色の瞳が問いかけてくる。そんな質問を何故彼女がするのかは、分からない。でも、迷いはない。


「もちろん!」


「おっけー! なら、ちゃちゃっと片づけちゃいますか!」


 先ほどまでの真剣な表情は嘘のようにへらっと笑ったチェルシーはわたしから体を離すと正面に向き直った。そこには酷く不機嫌そうな顔をしている魔王が鎮座している。


「お前たちは一体、何なのだ」


「私たちー? 私たちはニナの友だちよ!」


 威圧されて体が重く感じることなど嘘のように、トレイシーがはきはきと答えた。


「いつか一番の親友になるんだもんね!」


 そう言ってチェルシーはわたしを魔王の視線から逸らすように、目の前に立ってくれる。


「私の大事な友だちのお願いなら、叶えなくてはなりませんから」


 メガネがきらっと光って、カーリーが不穏な笑みを浮かべた。


「ニナを攫われたことには後手に回ったが、今度は俺たちの番だ!」


 そう言ってクレバーが聖剣という名のびかびかした剣を振りかざした。わたし、あれを知っている。あの剣そのものには力はないんだ。それに力を与えるのは聖女の祈り。

 でも、ここに聖女はいない。

 剣を振るクレバーと魔王の闘いが始まった。両者の実力は五分。五分? クレバー強かったんだな。農作業で培った筋肉が良い具合に使われているのだろうか。魔王はすこし押されている。マルティーヌはそんな魔王の助太刀をしたい素振りをしているけれど、対峙しているイェレミアス様がそれをさせない。

 わたしはその戦いを固唾を飲んで見守るしか出来なかった。何も出来ない。何も? 本当に? ヒロインはどうしていたの? ぼんやり思い出してきたこの後の展開は、どう考えてもモブで生きてきたわたしにはハードルが高すぎるけど、こうなったら腹をくくって頑張るしかない。

 三人娘がそれぞれにクレバーの補佐をして戦いは進む。わたしはただひたすら、誰も傷つかなくてすむようにと祈ることしか出来なかった。

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