第32話 モブ令嬢のわたしは満月の夜に第一王子と再会する
気付くと夜更けだった。
部屋の中は真っ暗で、窓から差し込む月明かりが眩しい。うっかり、ベッドに転がったまま寝てしまっていたようだ。こういうところが胆が据わっているとか言われちゃうんだろうなーとは思うんだけど、改善する方法はない。多分。これはわたしの生来の気質によるものだと思うの。気を付けているつもりでも、どこか気が抜けているのだから手に負えない。自分で言ってれば世話がないか。
前世、ゲームではヒロインはどうしていたんだっけ?
どうにか思い出したくて、ぐるぐると思考を巡らせるけれどいい考えは全然わいてこない。出てこない。
「魔王、かぁ」
同じ顔をして同じ声をしているのに、その体は確かにリオネル殿下のものなのに、まるで違うものになってしまった。わたしのことを聖女と呼ぶ男。聖女じゃないんだよなー。どうして間違えたんだろう?
確かに初めてリオネル殿下に会った時に、ぱちんと何かが弾けたような感覚はあった。でもまさかそれが魔王を封印していたものが緩んだ感覚なんて知るわけないじゃない。
『お前は大地母神様の加護を得て』
お父さまが言ってたことも意味がわからん。この世界、そういえばふくよかな体格をした人は大体大地母神様の加護を得ているとかなんとかいって、ありがたがられる傾向がある気がする。
この世界に来る直前、光輝くそのひと本人っぽい方にお会いしたような気もしなくもないけど。
わたしにはチートな能力はひとつもない。
あるのは前世の中途半端な記憶だけだ。ゲーム、ゲームだったんだよね。今まで見てきたものはわりとゲームの中でも見たものばかりだった。というか、ゲームの知識なんてずーっと覚えているなんて不可能に近いと思うんだわ。無理だわ。日々のいろんなことに塗り替えられて忘れてしまうのだもの。どんなに好きなものでも、意外とあっけないというか。
ゲームがここにあって攻略ガイドとかも手元にあって、そうであったなら忘れなかったかもしれないけど、十六年も違う人生歩んできちゃったんだから、そりゃ上書きされるってもんだわ。
「……帰りたいな」
そう思って思い浮かべる場所は、もう前世の実家ではなかった。ブルゴーの屋敷に戻りたい。セリアの淡い恋の話を聞いたり、侍従長に叱られたり、お父さまとお母さまの惚気合いを見ながら苦笑いしていたい。
わたしは、ニナでいたい。
「しかし、今日は外が明るいなぁ」
ランプも灯していない室内は真っ暗なのに、外からの光は冷たいけれどはっきりとしている。外を覗けば満月だった。そう、満月。
「あ!」
ひとつだけ、ゲームの情報を思い出した。そうだ。この魔王の城で、ヒロインは魔王と夜に語らうのだ。満月の夜に。そういうスチルがあったはず。
まだごろごろと寝転がっていた体を無理やり起こし、そして扉に手をかけてみた。思いのほか、あっさりと扉は開いたので拍子抜けする。
(マルティーヌ、意外とうっかりなのかな?)
ここから逃げ出せないと分かっているからなのかもしれない。この部屋に戻るまでの道を思い出しながら、暗闇の廊下を歩いて中庭へと至る。
そこには、薔薇が咲いていた。夜だというのに。その中に佇んでいたのは――
「リオネル殿下?!」
思わず変な声を出した。裏返ってしまったものは仕方ないし、あと思ったよりも声が大きくなってしまったのもご容赦いただきたい。だって、そこにいたのは会えるとは思っていなかった人で。
「ニナ!」
そしてリオネル殿下は走り寄ってきて、わたしを抱きしめた。その手のぬくもりは間違いなく彼のもので、これが幻でもわたしはかまわないと思った。だって、会えただけで嬉しかったんだもの。
「体の自由がきかなくて、でも見ていたから全部知っている。ごめん。巻き込んだね」
「いいえ。わたしは……」
「本当にすまない」
「わたしは、望んで巻き込まれたんです。だから、リオネル殿下が謝る必要なんてないですよ」
泣きそうになったのを堪えて笑ってみせたので、ちょっと顔がゆがんだかもしれなかった。
「ニナ、君は――いや、今は言うべきじゃないな。これを君に託したい」
そう言って一旦体を離したリオネル殿下は懐から、一本の短剣を取り出した。
「これは?」
「王家に伝わる懐剣だ。もし、子々孫々尽きる前に魔王が血族の中に蘇ったら、これで魔王を討ち果たすようにと」
「そんな!」
「魔王は魔王と呼ばれるだけあって恐るべき力を秘めている。それを滅ぼすには呪いが必要だった。この剣には、魔王が愛する者がそれを振るった時にこそ力が発動して魔王を滅ぼすことが出来るようになっているんだ」
何度も、何度もまばたきをして、言っている意味を理解する。理解したくないけど、そうしないといけない。わたしは確かに、
リオネル殿下はわたしの表情に気付いたのか、少し悲しそうな悔しそうな顔をした。
「俺は、こうなることを知っていた。女系しかほとんど生まれないはずの王家で、第一王子として生まれたものは例外なく魔王の依り代になる」
語られるのは、ゲームでは出てこなかった話だ。
「だから、皆俺からは一歩引いていた。畏怖の対象でありながら、王族としての立場を維持しなくてはならないのは辛かった。生まれた時からそうだったんだ。そんな中で、ニナに出会った」
「あの、お茶会で」
「そうだ。魔王が目覚め始めたのは気付いていたけど、俺はそんなことはどうでもよかった。君に、出会えたから」
涙がこぼれそうになる。こんなの、いやだ。
「俺は君に会いたかった。この気持ちは魔王とは関係ない。君を抱きしめる時だけ、俺は俺でいられた。第一王子とか魔王の依り代とか、そんなのはどうでもいいと思えた。ニナといっしょに居られたら、それだけで十分だった」
やめてやめて、と心の中でわたしがわめく。それ以上、彼に語らせないでと叫ぶ。
でもわたしはこの彼の独白を遮ることが出来ない。聞いていることしか、出来ない。
「魔王が滅びれば、この体も持たないだろう。今夜、ニナにさいごに会えてよかった」
さいご、は、最後じゃなくて最期と聞こえた気がした。
わたしに何かを語ることを禁じている何かを、その時、確かに感じた。わたしは、こんなのは望まない。もし、本当にわたしに大地母神様の加護があるというのなら、どうか、力を貸してほしい。
こんなのは絶対にいや!
「……い、や、ですっ!」
ぱち、と何かが小さく砕けたような音がした。わたしが声を振り絞ったその時に。
「ぜったい! いや、ですっ!」
「ニナ?」
「そんなの、絶対、認めません! わたし、わたしだって、リオネル殿下が大事なんです! 全部ひとりで決めちゃうなんて、そんなのあんまりです」
ぎゅむーっと抱きついて、顔は見られないようにその胸にうずめる。はしたない。はしたないけど、それよりわたしは伝えたいことがある。
「わたしはリオネル殿下が好きなんです! 今夜がさいごだなんて、言わないでください……」
「……ニナ」
やさしい手がわたしの髪をゆっくり撫でる。勢いに任せて告白をしてしまったのだけど、これはちゃんとカウントされるんだろうか。ノーカンなのか? まぁ、でもわたしは往生際が悪いんだから、絶対にあきらめてなんてやらない。
「ありがとう」
あんまりその声がやさしくて、すごく怖くなった。どうしたらいいのか、まったく分からないのに、急に意識が遠のいてわたしの体はものすごく重たくなっていく。
「ごめん」
謝らないで、と言ったのにまた謝っていると思いながら、わたしはそして意識を手放したのだった。
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